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【無形の価値】 01/05/14

今週の「ヒカルの碁」感想は別ページに。今回は長くなってしまいました。でもあれでもまだ全然書き足りない感じ。絵であれだけの表現っていうのができるものなんですよねぇ…すごいなあ、小畑先生。
そういえば今週のジャンプにも「21世紀のコミック作家の著作権を考える会」による「私たちは新古書店でのコミックスの売買に反対します」という緊急アピールが載ってました。戦いは始まったばかり。現著作権では本やマンガの一次流通には制限がかけられても二次流通には制限をかけることができませんから、法改正の方向を目指すのか、それともビデオやレコードレンタルのときのように、業界団体とガイドラインを作る方向でいくのでしょうか。

私の考えは、マンガ喫茶やBOOKOFFは利用者にとってはありがたい存在ですから続けていけるようになってほしいですが、著作権者に利益の一部を還元するような仕組みになってほしいと思います。ビデオやCDレンタルみたいに、一定期間は料金が高くなって、その分が還元されるような形とか。もしくはカラオケボックスのように一律に払って、著作権管理団体が利益を配分とか。…でも本だと管理が難しいかなあ。
私はなるべく本やマンガは新品で買うようにしています。物語や絵で楽しませてもらった分、わずかであっても作者にその気持ちを還元したいから。あと、結局そうした方が自分にとっても長い目でみれば自分にとっても利益になりますから。例えばあんまり売れてない作家の場合は、売れないと「次の本が出せなくなってしまう」可能性もあるので。たかが一冊かもしれせんが、その「一冊」が積もり積もればかなりかわるはず。シリーズの続きがでなくなったときに、「あの時に購入しておけば続きもでたのかなあ」と後悔したくないから、というのもあります。ただでさえ本が売れなくなってきてるのに、これ以上売れなくなって、「作家だけでは生活していけなくなる」人が続出したら、作品の質だって落ちてゆくかもしれません。だから、私がおもしろい本を読みつづけるためには「新刊で買うしかない」と思っています。
かといって古本屋もないと困るのはたしか。最近はすっかり本は「生モノ」で、一か月もすれば店頭から姿を消してしまう本がどれだけ あることか。廃版になった古い本を手に入れるためには、古本屋がないとダメですもんね。
小説やマンガが「本」という形であるかぎり、この問題の解決はつかないと思います。小説やマンガの価値は、「本」という物質に存在してるのではなく、その中に描かれた物語…「表現」という無形物に存在するために、従来法では現実に起こっている問題を解決できないんでしょう。ネットが当たり前となった今、無形の「表現」の価値を保証する方向での立法が必要になるかもしれません。

こういう問題も、小説やマンガが「本」という形ではなく、オンラインでデータという情報で売られるようになったら解決できるようになるかも。デジタルデータは簡単にコピーできる危険性はありますが、現在行われているシェアウェアでの使用制限のようにパソコンのOSの固有番号と組み合わせてPASSWORDを発行するやり方を選べば、今の本での形態よりも二次流通をコントロールできるでしょうし。実際にオンライン出版は細々と行われてはいますが、今のディスプレイの解析度では長文を読むのは相当に疲れますから、それが解決しない限りムーブメントにはならないでしょうけどね。

小説にしてもマンガにしても、業界自体が構造的な問題を抱えているのも確かでしょうが、本当に素晴らしい様々なタイプのお話が本屋の棚を賑わして、誰でも容易に手に入れることができるような時代が長続きしてほしいものです。売れセンの本しか出版できなくなったり、大都会にしか並ばなくなったら寂しすぎる。


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