アキラが小学六年生の頃。名人の経営する碁会所に学校帰りに寄ったアキラは、芦原と対局し、検討をしていた。まだ子供のアキラだが、囲碁の話では芦原にはひけをとらない。碁会所のお客さんに「来年はプロになるんだろう?」と聞かれてアキラは口篭もってしまう。十分にプロに合格するだけの力はあるが、何かがひっかかってためらっている。そんなアキラに芦原は、囲碁界にアキラと同年代のライバルがいないからつまらないんだろ?と聞いてみる。アキラは浮かない顔をしながら、「ボクは別にライバルなんて…」と呟く。いつかは緒方や塔矢名人をライバルだといってみせるようにはなりたいが。ちなみに芦原は「友達」、と。アキラは自分でもよく理由はわからないが、このままプロになっていくんだろうか?という漠然とした不満があった。そんな自分には誰かが必要なんだろうか…
ところかわって、ヤシマ工業株式会社という中小企業で社長が子供と打っていた。社長の取引先の息子の少年は、2000人が参加する「子ども名人戦」で優勝を飾ったつわものだった。しかし少年はその優勝には満足してなかった。授賞式でもっと強い子供―塔矢アキラ―の噂を聞いた。なんでも彼はあまりに強過ぎて他の子供のやる気をなくしてしまうために、大会には出場しなかったらしい。それを聞いて反感を持った少年だったが、塔矢名人経営の碁会所の場所を社長に聞いて、塾をサボってそこにいるはずのアキラに会いに行くのだった。
碁会所でアキラをみつけた少年は、「子ども名人戦」優勝という自分の力を明かして、アキラに対局を挑む。自分の力を認めてもらうためには、アキラに勝たなければならないのだ。「ボクは磯辺秀樹 ボクが勝ったらおまえこれから「磯部秀樹くんに負けた」ってちゃんと人に言えよ」と挑発する。それにアキラは嬉しそうににこやかに応えた。
対局が始まると、アキラの顔は一変して真剣なものとなる。しかし、やがてアキラはがっかりとつまらなそうな表情になった。「たいしたことないな…」
結果は磯辺の中押し負け。アキラとは発想のレベル自体が違いすぎるのだ。芦原が検討に口出しをするが、磯部はあわてて引き上げていった。「誰?あいつ」と聞いた芦原に「えーと誰だっけ 忘れちゃった」とアキラは答えた。アキラはもう少年には一切感心を持ってなかったのだ。
塔矢家、名人との対局後、アキラは名人に碁の内容を誉められた。「つい お前には大きな期待をしてしまうな」と呟く名人に嬉しさが隠しきれないアキラ。父親が自分のことを誉めてくれるのはめったにないことだった。放課後碁会所に行ったアキラは、市河に嬉しそうに報告をする。
「お父さんがボクに期待している 芦原さんだって待っている そうだよ自覚しよう 自分の力を 慢心なんかじゃない ボクは囲碁界の上に立つ お父さんのように そして後に続く者を引っ張ってゆこう 漠然とした不安なんか忘れよう 迷わず歩いていくんだ まっすぐプロの道を―」
そのとき、碁会所に子供がやってきた。アキラは少年を対局に誘う。少年は自己紹介した、「オレは進藤ヒカル 六年生だ」と…
いやもうなんか久しぶりで。待ってる間が辛かった。
「番外編・塔矢アキラ」の個人的な内容予想は完全に外れちゃいました。予告から、プロになれない棋士たちの挫折をみてアキラはプロになる決意をするのでは…と考えて、その対局相手はアマ碁強豪の島野さんではないかと予想したのですが、アキラはそういう次元を超越してたんだなあ、としみじみ。自分の強さを自覚しているアキラにとってプロになるのは当然のことで。予告にあったきっかけは「父親との対局で誉められたこと」とは。…お父さん、本当に好きなんだねぇ、アキラ…
ただ今回はこのページ数にしては内容が薄いかなあという気はします。もちろん描写は丁寧なんですけども、ほったさんならもっとコンパクトにまとめることができたでしょうに。そういう意味での不満は少しあるけれども、エピソードの作り方はいつものことながら丁寧で、絵も美しくて。特に今回はあどけないアキラの表情がかわいくてねぇ…
昔、アキラが「なぜヒカルと出会うまでプロでも院生でもなかったんだろう?」というのをつらつらと考えたことがあります。「アキラが既にプロだと物語上不都合だから」というのはおいといて、一巻でのアキラの描写のされ方から「情熱の行き場がわからないためにプロとして生きていくことに戸惑いを覚えていたんだろうか?」と思ったんですが、今回の話からすると大筋としてはあってたかも。今回の「アキラの漠然とした不満」を読んだときに連想したのが「お金持ちの令嬢で親が決めた婚約者がいて、その婚約者はいい人で自分も好ましく思っているし、結婚すると幸せになれるだろうけども、このまま結婚していいんだろうか…」というシチュエーション。あながち間違ってはいないように思うんですが。
それにしても、アキラってナチュラルに残酷ですね。幼少の頃加賀くんに恨まれたり、和谷くんの反感をかったり、囲碁部であれだけイジメられたのも無理はないかもと思ってしまいました。アキラは人を蔑んだり見下したりはしないけれども、単に自分とレベルが違い過ぎるから関心が持てないだけなんですよね。神様が下界のことに興味を持てないのと同じで。それを隠すだけの演技力はアキラにはないから(隠そうという発想自体がないかも?)自分をアキラの視野に入れてもらえない人はカリカリしちゃうんでしょう。
「忘れちゃった」はキツいセリフですが、あまりにもアキラらしい。
アキラはこの後すぐに淡々と過ぎてた日々が終わり、深い絶望を知り激しい情熱を覚え、気持ちがジェットコースター状態になるけれども、でもきっとアキラにとっては「幸せ」なことなんでしょうねぇ…
名人が大会に出したり院生にさせなかった理由が今回でよくわかりました。なまじ自分に自信のある子だったら、ここまで力が違うとプライドを打ち砕かれてやる気なくしてしまう恐れがありますし。ヒカルもアキラとの力の差に打ちのめされても、それでもよく追いかけていこうと思えたものです。ただあの囲碁部のときはヒカルがまだ弱く成長過程であったために、自分の到達限界予想点とアキラとの力の差を比べることができなかったかもしれません。
主人公のライバルがサラブレッドでしかも本人にも才能がある…という設定の話はいくらでもありますが、その場合はライバルのサブエピソードとして「父親(母親)越え」というのが加わることが多いです。あまりにも偉大過ぎる父親ゆえに周りの人は「さすが●●の息子」という誉め方をして、自分の力を認めてくれない。自分に皆が父親の影をみる。そこからどうやってアイデンティティの確立をするか…という風に。(庇護者(or指導者)との葛藤は、逆にヒカルの佐為へのコンプレックスという形で描かれてましたね。)
アキラの場合、小学生の段階では父親べったりです。偉大な父親がすべてのモノサシになっているわけで。このまま成長すれば、中学から高校くらいのときに父親との葛藤になるんだろうけども、でもsaiと父親との対局のことを問い詰めたりしないことからもわかるように、アキラはいつの間にか父親から精神的に独立を果たしています。父親は父親、自分は自分、と。140局で描かれた本因坊リーグへの最終予選の対局後で、対局後に記録係が「さすが塔矢名人の息子ですね」という誉め方をしたのをほめるべきなのは塔矢アキラそのものだと諌めるシーンに少しそれは垣間見られますが、でもアキラにとっては「名人の息子」と呼ばれてもかまわなかったんじゃないかという気がします。アキラにとっておそらくそれはどうでもいいことだったんでしょう。だってアキラの心を占めているのは、ヒカルのことだけなんですから。
人当たりがよくて穏やかに見えるアキラの心の奥底にたまっていたマグマが、初めての挫折を味わい、眠っていた情熱がヒカルに一点集中で向かってしまいました。それは父親と比べて自分は…という考えが浮かぶ余裕すらないもので。ヒカルの謎を追いつづけることでアキラは自分の立ち位置を考えざるをえなくなり、それによって自然に自立できたのではないでしょうか。
でもいつか、本当の意味での「父親越え」…名人とアキラの真剣勝負をみたみたいものです。
来週は加賀くんで「久々に葉瀬中を訪れた加賀だが!?」で31ページ。こんなページ数が続いて小畑先生大丈夫なんでしょうか? でも「久々に」ということは加賀くんは高校生になってるわけですね。筒井くんもでてくるのかなあ。久々に本編に登場する加賀くんが今から楽しみです。
コミックス16巻は3月4日発売。そしてイラスト集は発売延期で5月1日予定。「彩-sai-」で「佐為編」のカラーイラストをすべて収録、B4で164ページ、3800円。大きさやページ数からすると妥当な値段ですがいい紙を使ってほしいものです。また、小畑さんの平安時代の佐為のイラストが書き下ろしでたくさん入るそうですが、ページ数がいつもの1.5倍の読みきりとの並行、体力は大丈夫でしょうか? イラスト集の発売延期は、佐為編終了(148局まで)が収録される17巻の発売と同時発売をするんじゃないかな?という気がします。
あとはPS2ソフトの紹介もありましたが…緒方さんでてくるみたいなんですが、丸めがねなんですよ。ヘン…あー、でも緒方さんがでるなら買わなきゃ…