第140局「決心」。ヒカルの目から止めどなく涙が溢れてきた。どこにもいなかった佐為が、自分の碁の中にこっそり隠れてた。碁を打つことは、佐為に会うためのたったひとつの方法だったのだ。「佐為、オレ― 打ってもいいのかな」
これから、打ち続ける決心を告げたヒカルに、伊角は立ち入ったことは聞かずに「ああ オレも同じ道を歩きたい」とだけ答えた。涙をぬぐったヒカルの目に強い光が蘇る。そして、ヒカルと伊角の対局は続けられた。
その日の夜。ヒカルは日本棋院に急いだ。玄関でヒカルをみつけた事務員の坂巻は、今まで無断欠席をしていたヒカルを叱咤しようとしたが、一緒にいた桑原本因坊は「もう いいんじゃ」と止め、「おまえのライバルなら5階におるぞ」とヒカルを促した。目をみてヒカルが完全に立ち直ったことを知ったのだ。
ヒカルは全速力で駆けのぼっていった。5階を目指して。アキラに決意を告げるために。
一方、荻原雅彦九段とアキラの本因坊戦三次予選決勝は、アキラが勝利をおさめ、中学生にしてリーグ入りという快挙を成し遂げた。「さすが塔矢先生の息子ですね」とアキラをほめる関係者を荻原がそれは失礼だと咎める。すごいのは塔矢アキラ自体であって、塔矢名人とは関係ない…と。そんな荻原に頭を下げるアキラだった。荻原たちがエレベーターで降りていった直後、アキラは息を荒げたヒカルを見つけた。ヒカルはまっすぐな目でアキラを見据えた。天野が持っていた棋譜をみつけ、奪い取ったヒカルはアキラが勝ったことを知った。戸惑いながら「何しにきた?」と尋ねるアキラに、碁をやめないことを宣言する。アキラも、自分を射抜くかのようなヒカルの強い瞳をみて答えがわかったのか、「追ってこい」とだけ告げた。
桑原はいぶかしがる坂巻に諭すように言う。碁はひとりでは打てない。二人いる。才能が等しくたけた二人でいてはじめて、神の一手に近づくことができるのだ… 若い二人を微笑ましく思いつつも、桑原はまだまだ一線を退くつもりはなかった。
大手合の日。村上二段は友人と談笑していた。今回の一局は三段への昇進をかけたもだが、相手は不敗負を続けているヒカル。楽々昇段だ、と。そこにヒカルが現れた。久しぶりに対局に現れた気まずさや物怖じを全く感じさせることなく。
ぱん、とはじけた感じ。なんかもう今回は、感想をごちゃごちゃ付け加えるのはヤボのような気が気がします。ずっと低空飛行を続けていて、少しずつ緩やかに上昇したときにこう持ってくるあたりのほったさんの構成のよさもあるけれども、なによりも小畑さんの表現力のすごさ。絵だけでこれだけのものを語ることができるとは。…無理矢理言葉にしても、大切なものがボロボロと零れ落ちちゃいそう。
それにしても名シーンですな、今回のアキラとヒカルのやりとりは。今までの話がすべて今回のためにあったのではないかと思わせるくらい。ジャンプの表紙もシンクロしていますし。そう、ここまですれ違ってきたけれども、やっと思いは交錯したのですから。
ヒカルとアキラの関係は、今までは「追いかけっこ」と「すれ違い」に終始してて、「二人ともプロという同じ土俵に上がってしまった以上、対局を避けることはできないし、今後どうするんだろう」と思ってたんですが… 「すれ違い」は今回で終止符を打たれました。ズレてたものがパチンとはまった感じ。佐為がいなくなって、初めて二人は直接向き合うことができたんだなあ。アキラはこれからはヒカルの「謎」で悩むよりも目の前のヒカルの一手をみるだろうし、ヒカルも「アキラは本当は佐為と対局したいはずだ」というコンプレックスに悩まされることもないでしょう。ふたりの間にあったごちゃごちゃしたものは、互いに正面から見据えることで簡単にふきとんでしまったようで。ここに辿りつくために今までのすれ違いがあったのか、とほったさんの手腕に感心しつつも、あの「すれ違い」の構造が私には面白かったというのもあって、少し残念に思う部分もあります。
ただアキラ自身はもうヒカルがsaiだろうがそうでなかろうが構わなくなったとしても、緒方さんはそうではないでしょうし… 名人はどうかなあ? でも他にもsaiの謎に触れた人はたくさんいますし、sai絡みの伏線をちゃんと生かしてほしいものですが。ほったさんの豪腕に期待してもいいんでしょうか。アキラとヒカルの関係の変化で、物語のバランスが一気に変わった以上、処理が難しくなりそうですし。ほったさんは先の展開を考えずに伏線引いたりしない人ですから(それ以上展開しないエピソードはちゃんと終わりだという印をつけてくれるし)、大丈夫だろう…と思いつつも一抹の不安が。
先週の話でヒカルが逆に悪い袋小路に入り込むのではないかという心配をしてしまいましたが、杞憂でした。ヒカルには全部分かったはず。「友達としての佐為」との永久の決別と、佐為の夢や思いをきちんと自分が引き継いでいることを。全部分かった上で、碁の道を歩くことをヒカルは選んだのです。
あらすじだけ読むと「佐為に会うために碁を続ける」というような後ろ向きの選択ととれなくもないですが、絵がそれを否定しています。あのヒカルの目からすると、全部わかった上でまっすぐ歩いていくことを選んだのではないかと。
佐為を失った傷自体は癒えてはいないだろうけども、でもヒカルならそれを糧にして強くなれる。そう思わせてくれる、いい目をしてました。
さて。…復活したヒカルの久々の対局の相手は… ひょっとして村上二段ですか? 去年の若獅子戦でヒカルと一回戦を戦い勝利した、あの人。…あの人はもう二度とでないキャラだと思ってましたが、こんなところで踏み台として復活するとは。一度負けた相手に圧勝することでヒカルの力の伸びをみせるということなんでしょう。せっかく三段昇進がかかってたのにお気の毒だ…
それにしても桑原先生おいしいすぎます。ヒカルが対局を休み続けていると聞いたことがあるだけで、実際の半死状態のヒカルをみたわけでもないのに、何もかもお見通しのようで。4分の3世紀は生きてそうな御仁ですから、人生におけるヨミも深いということなのかも。若い二人を見守りつつも、食えないジイさんぶりを発揮するあたり、さすがです。いいキャラですなあ…
でもこの役も桑原先生じゃなきゃダメですよね。緒方さんではヒカルを問い詰めちゃいそうだし、倉田さんでもそう。名人だと逆にヒカルがsaiとの対局で何があったかを聞きたくなりそうですから。あとはこの二人に深く関わってくる大人キャラはいないもんなあ。
三巻の「ネームの日々」でほったさんが「桑原先生がネームのときに変なサルになっちゃって、小畑先生がまんま描いてしまって『どーしよう 今後桑原先生』」というようなことを書いてましたが、この段階で桑原先生がこの話でこういう役割をするということをあの時点で構想を持ってたんでしょうか… いやそこまではさすがにないか。基本的に桑原先生がかなりのキーキャラになるとはこの段階で決まってはいたにしても。
小畑先生の絵は、今回どれもよかったんですが、技術的には伊角さんとヒカルが向かい合って座ってる絵での光が差込むところを表現したトーンワークでしょうか。いやもう、見事というしか。ヒカルの泣き顔とか、生きかえったかのように強い目をしているところとか、目の表現でキャラクターの感情がビンビン伝わってくるあたりも見事です。でもすごいなー、これ。生原稿をみてみたい…
来週は一週お休み。いくら原作付き(ネームまであり)とはいえ、これだけのクオリティの原稿を書いて、カラーもあれだけ書いてたら小畑先生はオーバーワークでしょうし。でもちょっと寂しいけどねぇ。