第147局「ボクだけがわかる」。日本棋院出版部。天野が期待できる若手としてヒカルの名前を挙げたのを、他の記者たちは不思議そうに問いかえした。他の人にとっては、ヒカルは「手合いサボってた子」程度の認識だったのだ。天野は、塔矢元名人、桑原本因坊、緒方十段棋聖といったそうそうたる碁打ちがなぜかヒカルを気にかけていたのを知り、不思議に思っていた。その天野の気持ちが確信に変わったのが、自分の目の前でアキラがヒカルをライバルとして認識しているをみてからだったのだ。ヒカルは手合いにでるようになってからは8戦全勝だ。その話を聞いて、他の記者が倉田が今週はアキラとヒカルの対局があるとチェックしていたと言いだした。だからといって古豪が簡単にはのされないだろう、いや緒方や倉田がすでにきり込んでいる、塔矢アキラはもっと期待できる…とガヤガヤと話し出す。アキラやヒカル、彼らに続く若手の大きなうねり。「未来を思うと胸が躍るな」と呟く天野の言葉に、日本の若手棋士たちの世界への巻きかえしを思い浮かべて盛り上がる棋院出版部だった。
アキラとヒカルの対局は、お昼の打ちかけとなった。和谷らは興味深そうにふたりの対局の盤面を覗き込む。進行が早く、盤面は複雑な戦いになっている。しかし、ヒカルもアキラに負けてはいなかった。そのとき、能天気に芦原が冴木をお昼に誘いにきた。アキラは手合いの時にはいつもお昼は食べないのだ。そんな芦原に引きずられるようにみんな出てゆき、対局場にはヒカルとアキラだけが取り残された。ヒカルは盤面の戦いを振り返り今後の戦い方を考えていた。今は少しヒカルが不利ではあるが、まだこれからだ。ヒカルは気持ちを切り替えて、食事にいくことに。ヒカルはアキラに声をかけて食事に誘ったが、アキラが何も言わないので席を立ってでていこうとしたが、「………sai」と呟いたアキラの声に足を止める。「キミと打っててネットのsaiを思い出した」というアキラに「オレはsaiじゃねぇぜ 残念だけどな」とヒカルは軽くかわしたが、アキラはもっと深いことを分かっていたのだった。
「……キミだよ」
「もう一人のキミだ」
「もう一人いるんだ キミが 出会った頃の進藤ヒカル」
「彼がsaiだ」
「碁会所で2度ボクと打った」
「彼がsaiだ」
「キミを一番知ってるボクだからわかる ボクだけがわかる」
「キミの中に ……もう一人いる」
しかし思わず呟いた自分の言葉のおかしさに、つい言葉を濁し、アキラは顔を伏せる。ヒカルは驚愕していた。自分しか知らないはずの佐為をアキラがみつけたのだ。
待ちにまった2週間ぶりの「ヒカルの碁」。…すみません、物語の展開はシリアスでありながらも、アキラさんのあまりのポエマー爆発ぶりに初読は爆笑してしまいました…
何度も書いてきたことですが、「ヒカルの碁」の構造でおもしろいのは「バトルものに恋愛ドラマのような"誤解と思い込みとすれ違い"の構造を持ち込んだこと」ではないかと私は考えています。この物語のライバル関係は基本的には「ヒカルvsアキラ」と「佐為vs名人」となっているんですが、実際の本人たちの意識ではヒカル→アキラ→佐為→名人と完全一方通行でした。ヒカルの成長と佐為の消失によってこの構造は崩れてしまいましたが。アキラにしても最初はヒカルの中の佐為を追っていたかもしれませんが、146局で自分で認めたようにライバルとして現在認識しているのは「今のヒカル」なんですよ。ヒカルとアキラのすれ違いの構造も、141局でふたりが正面から互いを見据えることで「今までのことはどうでもいいから、これから先を」という形で昇華させてしまうんだろう…とてっきり思ってたんですが。そっか、ほったさんはそのあたりもちゃんとカタをつけるつもりだったんですね。
ずいぶん昔の感想で「ヒカルとアキラが正面から向き合うために、アキラがヒカルと佐為を違う存在だと認識して、その上で自分のライバルはヒカルだと認める必要があるのでは?」みたいなことを書いた記憶があります。しかし「ヒカルの碁」の世界観は現実世界でのリアリティとほぼ同じとみていいでしょう。佐為の存在以外は。ヒカルが佐為のことを誰にも言わないのは、「言っても信じてもらえない」と考えているからではないかと思います。(ジャンプ的な世界観だと、主要キャラたちに佐為が見えて、他にも持ち霊がある人がいて、持ち霊同士でバトルしたりしてもおかしくないんですが。阿弥陀丸は(一般人のはずの)まん太とも会話できるし、闇遊戯の存在をライバルも仲間たちもみんな知ってますからね。)
だから、どうやってアキラが真実を知るのだろうと思ってたんですが。…なるほど、実際に対局してみればわかる、と。このためにも今までの二人の対局は避けられてたんだなあ。
というわけで、これから物語上必要なことは、アキラが「最初はヒカルの中の佐為をヒカルだと思い込んで追いかけてたかもしれないけれども、今の自分のライバルはヒカルそのものなのだ」ということを自覚して、さらにそれをヒカルに伝えること。ヒカルは未だにアキラは佐為を追いかけているのではないかと思い、またアキラから佐為を取り上げてしまったことに引け目を感じてるんですから。アキラの独白の後にヒカルが告白して、アキラが「でも今のボクのライバルはキミだ」と告げて…にはならないだろうなあ。物語としては、そういうライバル関係のねじれが正されるのはラストバトル近くの方が盛り上がりそうです。だから今回は告白しようかヒカルが迷っていると他の人が戻ってきてジャマされたりとかで延期されるとか、ヒカルが告白する前にアキラが「もうひとりのキミともう一度対局させてくれ」という風に言ってしまうとかで、ねじれをそのままに残しておくとか…(で、後日アキラは色々と考えた上で「ヒカルこそが自分のライバルだ」と気がついて告白、でねじれを戻すことに)
もし、アキラを打ちのめしたのが「二十歳くらいの囲碁に手馴れた大人」だったら、アキラは「勉強になった」と思いこそすれ、がむしゃらに追いかけていったりはしないはず。アキラがヒカルを追いかけたのは、自分と同じ年頃の、碁打ちとしてはド素人のような挙動をしている少年が素人ではありえないような老練な碁を打つという「不思議」があればこそ、で。
それにしても、これでアキラのヒカルまわりの謎で「この伏線をどう処理するんだろ?」というのがキレイに繋がりました。いやあ、お見事。今から思いかえすと、こう繋げるためにああいう風に手を打ったんだなあとわかります。こういうのって、極上のミステリの解決編を読んだ時のような、意味不明だったパズルのピースがパタパタと埋まって絵の意味がわかった瞬間の快感に似ています。だからこそ、私はある意味「ヒカルの碁」はミステリである、と思っています。
あと佐為関係で片付けなきゃいけないのは、名人と緒方さん周りのsaiの謎にケリを付けることと、ヒカルが佐為が消えた理由や、その時の気持ちをわかること。特に緒方さん関係は、あれだけ色々と伏線があっただけにこのまま終わるとは思えません。いや、緒方ファンとしても、絶対にそういうことはあってほしくないです!!
同じsaiやヒカルの謎でも、和谷くんや越智くんまわりのはエピソードをうまく繋げるための触媒だったからケリはつけなくても問題はないんじゃないかと。
あとはネット上でのsai関係も、もうひとつ何かほしいような気がします。でないと、アマ碁世界大会関係者があれだけ出番があったのにただの観客で終わってはバランスが悪いし。周平さんにしてもね… そのあたりは楊海さんの囲碁ソフトとの絡みで何かあるかも、という気はするんですが。
さて、話を戻して。「キミを一番知ってるボクだからわかる ボクだけがわかる」って、アキラの思い込みの激しさとポエマーぶりが際立ったセリフですなあ。うわ。あまりにもアキラらしくて、素敵といえば素敵なんですけどね。
あと、能天気な芦原さんに引きずられていく冴木さんに萌え。芦原さんってすっかりお笑い担当キャラに… そういえば、アキラの近くにいて事情を全く知らないのは彼だけなんですよね。それも何かのポイントになるのかなあ。
アキラ回想シーンでの小学生・ヒカルのぷにぷにした顔と手がかわいすぎです〜。
出版部の皆様にも天野さんのすり込みで「ヒカルはアキラが認める唯一のライバル」だということが公認になってしまい。この流れからすると、「今日は塔矢くんと進藤くんの対局が」「見に行こう」「おお、すごい棋譜だ」「週刊碁で紹介、特集記事をっ」ってことになったりする可能性もあるかも。
お昼休憩に入った直後のコマ、アキラとヒカルはずいぶん息を切らしていますが、囲碁は座りっぱなしであっても、プロ棋士同士の場合は頭をフル回転させているせいでかなり体力を消耗するそうです。タイトル戦などの二日がかりの対局で体重が3キロも減ることがあるとか。こういう「神の一手」を目指すためのプロ棋士たちの壮絶な戦いのエピソードは、「入神」竹本健治(南雲堂 905円 ISBN4-523-51402-X)に色々とでています。この「入神」はプロのミステリ作家の方が書かれた囲碁マンガで、絵は下手ですが話は深く、おもしろいです。「ヒカルの碁」ファンならオススメ。ただ発売されたのが2年以上前なので書店で手に入れるのは難しいですが、アマゾンやbk1などのオンライン書店だと簡単に購入できると思います。
「アキラとの対局の後にヒカルの前に現れたのは…!?」なんとセンターカラーで25ページ!! ってことで、問題は誰がくるか。順当だと天野さんが取材or倉田さん/桑原先生/緒方さんあたりが様子見にあたりかな。個人的には緒方さんを熱烈希望!!
あ、その前にふたりの勝負の行方が。僅差でヒカル勝利ではないかと思っています。その方が、棋院出版部でのヒカルへの期待度上昇の流れにうまく結びつくし、そのまま日中韓Jr.大会へのヒカル参加もスムーズになるだろうし。アキラとヒカルはこれから勝ったり負けたりを繰りかえしながら神の一手を目指すまで続くのではないかと思うので、ヒカルが勝ったら即終了にはならないでしょう。
来週が待ち遠しいです。
たんなるたわごとですが…144局にあかりちゃんとヒカルの「ちょっといい雰囲気」になるエピソードを入れたのは、そのあとの展開がコレだったので、「アキラがとんでもないセリフ吐くけど、ホモじゃないのよ〜」と主張したいための言い訳だったんだろうか?とふと思ったり。(そんなことはないでしょうが…)
さて、今号から去年のジャンプフェスタのビデオの全員プレゼントが始まります。「ヒカルの碁」のオリジナルアニメも収録。話としては格別面白いとは思わなかったんですが、加賀くんのファンなら絶対にみるべきかもしれません。このビデオは一般発売はないか、あってもかなり先ではないかと思います。今週号(8号)から次週、その次の「ジャンプ」のどれかを購入し、600円+80円の切手で申し込みすれば手に入れることができます。締めきりは3月5日。
また、1/23よりMekke!(http://mekke.shueisha.co.jp/)という集英社作品のグッズを販売するサイトの会員登録が始まります。その中でジャンプフェスタで販売されたオフセット・リトグラフの販売も(2月以降に?)行なうそうです。小畑先生のもあって、「ヒカルの碁」35000円。ジャンプ作家の中では一番高いんですが、どの絵を使っているんでしょうか? モノによって申し込みしちゃうかも…