今週のダイジェスト。
・碁盤の染みが消えかかっていることにさほど不審を覚えなかったヒカル。一方、佐為は一層不安を募らせる。
・蔵から出ていくヒカルに、佐為は叫んだ。もうすぐ自分は消えるのだ、と。しかしヒカルは佐為のワガママだと受け取って、本気にはしない。傷つく佐為。
・2001年5月4日。ヒカルは仕事で、観光ホテルで開かれた一泊二日の「囲碁ゼミナール」に参加した。緒方十段も参加することを知ったヒカルは、saiのことを詮索されたくないために緒方を避けようと思った。
・イベントでは緒方の公開対局などが行われていた。そして夜、ヒカルがオジさんたち相手に指導碁をしていると、酔っ払った緒方がやってきて、saiと打たせろと迫った。
・saiなんて知らないとごまかそうとしたヒカルだったが、佐為は病院で緒方が見せた情熱にこたえるために打ちたいという。緒方の酔いのひどさから、対局してもざれごとにしかならない、と。
・ヒカルは緒方に対局してほしいといい、緒方の部屋で打つことに。佐為は前を進むヒカルの背中を見ながら、未来のあるヒカルへの嫉妬が押さえきれなかった。しかしそれと同時に、ヒカルとの別れが佐為には辛いことだった。虎次郎が亡くなる前に自分に「すまない」と謝っていたことを思いだしながら、佐為はヒカルに詫びていた。「ごめんね ヒカル もうじき私はいく」
・緒方の部屋で、寝入ってる同室の芦原を起こさないよう、明かりを消して窓際で緒方とヒカルは盤面を挟んで座った。さらにビールを飲みながら、緒方はヒカルのことを高く評価していることを話す。酔ってるせいか、妙に素直で饒舌な緒方。十段になった嬉しさや今後の野望を話し続けた。
・そして、かすかな月明かりの下での緒方と「佐為」の対局。やがて緒方は顔面蒼白となる。対局はヒカル(佐為)勝ち。緒方が負けたのは単純ミスでもあるが、ヒカルの練達な打ち方にsaiの影を緒方はみたのだった。でも酔いのためか、確信はもてなかった。
・翌朝、2001年5月5日。緒方が起きる前に新幹線でヒカルは帰路についていた。座席で寝続けるヒカルの横で、佐為はじっと考え事をしていた。
・部屋に戻ったヒカルに、佐為は一局打とうと言った。夢うつつに打つヒカルを眺めながら、佐為は自らの運命を静かに受け止めていた。
・虎次郎が自分のためにいたのであれば、自分はヒカルのために存在した。そしてヒカルも別の誰かのために…「神の一手」にたどり着く遠い道は、多くの棋士たちがたすきを渡しながら続いているのだ。
・「私の役目は終わった」そう悟った佐為は最後にヒカルに「楽しかった」と告げようとしたが、もう佐為の声はヒカルに届いていなかった。
・佐為がなかなか手を打たないのに焦れて顔をあげたヒカルの前には…ただ、風が吹き込んでいるだけ。
「佐為?」と不思議そうな顔をするヒカル。
ついに、この日がやってきました。さようなら、佐為。…寂しい。
この話は、連載時にジャンプで読んだときに泣いて、コミックスが出たときも泣いたけれども、アニメでの別れはもっと辛かったです。号泣しました。心にぽっかり穴があいたような。
作画もきれいだし、押さえ気味の演出や、きれいな音楽、そして何より佐為役の千葉さんの演技が見事でした。「もうじき消えてしまうんです」という叫び、「ヒカルなんか」という呟き、そして「別れたくない」の切なさ。最後の「神の一手」への道の話… 伝えられなかった、別れの言葉「楽しか―」
佐為の苦しみ、寂しさ、そして最後の暖かい気持ち。原作の絵と言葉で表現されるものもすばらしかったですが、うまい役者さんの「声」で伝わる気持ちは、さらにそれを増幅することができるんですね。
声が付くことによる影響といえば、蔵の中でのヒカルの佐為に対する言葉は、原作以上にグサグサきました。なんであれだけ辛そうな佐為の気持ちをわかってやれないんだよー、って。あのキツい言葉は、佐為が消えてしまってからヒカルを苦しめることになることは分かっていても… それは声優さんの演技が「上手かった」からだというのもあるんでしょう。ヒカルの演技はこれからが難しいところですので、川上さんの演技に期待しています。
今回は原作2話分をアニメ1話にしていますが、このときの原作が2回とも大増ページで、実質普段の2割ほどボリュームが大きいのです。そのため、今回は原作シーンからかなりのカットがありました。緒方さんとヒカルのやりとりでカットされた「いかさまジャンケン」は好きなシーンで、緒方ファンとしては残念ではありますが、今回は佐為のための話ですから、それでよかったと思います。
カット割や流れも原作をそのまま生かすような形になっていました。演出をハデにせず、原作と同じように佐為は苦さを噛みしめ、それを昇華して、静かに旅立ってゆきました。佐為が消えるシーン、原作と同じように佐為の視点から描かれていて、佐為の表情はほとんど伺うことはできません。今後の展開からするとその方が効果的なのは確かですが、でも最後に佐為の笑顔が見たかった… ちなみに原作では佐為の笑顔を、このエピソードでの扉絵(カラー)で夕暮れをバックに優しく微笑む佐為を描くことで見せてくれました。その笑顔があまりに穏やかで、逆に切なくなったものでした。
…ヒカルの最後の記憶に残る佐為は笑顔でいてほしかったのに、苦りきった顔の佐為になっちゃっいました。そのことがヒカルを苦しめるんだろうなあ。
今回は音楽もとてもよかったです。佐為が消えるときの優しいピアノ曲は番組中で流れることは初めてですが、このシーンのための書き下ろしでしょうか。佐為が消えて、曲が途切れたときの空虚感といったら…
さて。人間というのは、他者からの視線によって自分の位置を確認しないとやっいけないのかもしれません。口汚くののしられるよりも、無視されたり空気のように扱われる方が堪える場合だってあります。佐為はとりついた本人以外の人とのコミュニケーションはとれません。それでも秀策にとりついていたときには碁を通して対局相手と語り合うことはできましたが、今は自由に対局ができない上に唯一の窓口であるヒカルは自分の気持ちをわかってくれない。…それも仕方のない話ではあるけれども。ヒカルにしてもせっかく佐為を喜ばせようとしたのに嬉しくなさそうな顔をされたり、自分をバカにするような言葉を言われたら機嫌損ねて頑なになるのも仕方がない。それと初期の何かあるとすぐに「対局!!」と言い出したことが今になって跳ね返ってくるわけです。「いつものワガママ」だととられてしまう狼少年状態に。そういうわけで佐為も自業自得といわれてても仕方ないと思うけれども。その上、自らの命を絶つという後ろ向きな選択をして、本来ならばこの世から消滅してたはずなのにそのまま魂だけは残り、秀策の運命を狂わせ、ヒカルやアキラ、名人といった様々な人の運命を変えていったのは佐為なのですから。でも今、佐為にはそれらの反動がすべて跳ね返ってきていますし…佐為はワガママだよなあとは思うけれども、廊下を歩いているときの佐為の静かな慟哭は胸に応えました。ヒカルへの歪んだ嫉妬を自覚し、思いきって告白したのに自分の苦しさをわかってもらえないヒカルに「ヒカルなんか」とつい思ってしまうけれども。でも一番は、好きだから、大切な人だから、離れたくないという思い。…切ないなあ。
秀策が亡くなるときに佐為に「すまない」と謝ったように、佐為も自分が消えることを覚悟した時に、浮かんだ言葉は「ごめんね ヒカル」でした。大切な人において行かれることは辛いことだから。ヒカルにちゃんと取り合ってもらえなくて、一時は「ヒカルなんか」と思ったこともあっても、でも佐為にとってもヒカルは大切な人で。だから謝罪の言葉に… 一番最後の言葉は「楽しかった」でよかった。色々と苦しい思いをしたけれども、最後は前向きな気持ちで。
綿々と続く人の営み。佐為は自ら生を断ち切り、そのために大きな流れからはぐれた形になってたけれども。バトンをきちんとヒカルに渡すことができて、自分は「神の一手」を極めることはできなかったけれども、それでも前に進むことができたと分かって。…佐為がそれで安らぐことがでて、よかったです。
でも、ヒカルは知らないのです。佐為は自分の夢をヒカルに繋いで、最後は「楽しかった」と穏やかな気持ちで消えたことを。佐為の辛さを分かってやれなかったことで、ヒカルは苦しむでしょう。ヒカルは今まで大きな挫折を知らなかったと思うんですよ。多少友人(三谷)と齟齬があったり、なかなか棋力が伸びなくてヘコんだことはあっても、結果としてはプロ試験は一発で通過したし、色んな人に可愛がられているし。そして初めて本当に大切なものを失ってしまって。残ったのは「分かってやれなかった」という苦さだけで。
その上、ヒカルは佐為を失った悲しみを誰とも共有することができないから。自分の中だけにおさめておくにはあまりにも大き過ぎる悲しみを、ヒカルはどうやって乗り越えることができるのでしょうか。
その苦しさがヒカルを大きく成長させる糧になると思います。そういう意味では、これからの物語が本当に「ヒカルの碁」となるのでしょう。
アニメと原作との違い。今回は長さの関係もあって、大幅カットでした。
(1)蔵の中
「運命には抗えないのか」という佐為のセリフは、原作ではヒカルとじいちゃんの会話の間にありましたが、アニメではわりと最初の方に。バランスの問題でしょう。
薄れた碁盤を見て「でもこんなものものだったけかな?オレの勘違いか」とヒカルが心の中で呟くセリフはアニメオリジナルで追加されたものです。
佐為の「ヒカルなんか」の後、原作では「私が突然いなくなってオロオロそればいいんだ」というセリフがありましたがアニメではカットされていました。このセリフがあるからこそ、「ヒカルと別れたくない」というセリフが際立つので、これは少し残念でした。
(2)囲碁ゼミナール
カット部分が多かったです。緒方さんの対局相手の春木良子初段について芦原さんと、もうひとりの盤面解説の女性のセリフがカット。囲碁ゼミナールのイベント部分、緒方さんを避け続けるヒカルのシーンがカット。
ヒカルが夜に指導碁をしているシーンで大幅なカット。中学生でプロのヒカルにオジさんたちは感心し、海外棋戦では日本はパッとしないから頑張ってほしいとヒカルにハッパをかけます。ヒカルは院生時代に韓国の研究生に勝った話をすると、その子もプロになっているんじゃないかとオジさんたちに言われて、秀英のことを思い出す…という一連のシーンがアニメではカット。
そして酔っ払い緒方さんがやってきて、オジさんたちに聞かれて塔矢先生の今の様子(元気で、多くの騎士がやってきて対局をしている)という話をするシーンがカット。
ちなみに原作よりもアニメの方が、緒方先生の酔っ払いぶりが凄かったかも。
その酔っ払いがヒカルに対局を持ちかけたときに、「進藤、グー出してみろ」とグーを出させて自分はパーを出し、「勝ったから言うことを聞け」というイカサマじゃんけんがあったんですが、アニメではその部分をカット。ちなみにヒカルもそのあとに同じようなことをやりかえしますが、アニメではここもカット。
対局が決まったあとに、緒方さんはヒカルは3人部屋だろうから碁盤もある自分の部屋で打とうと持ちかけますが、ここのセリフもカット。緒方さんがヒカルに「お前との初手合いか」というセリフもカット。
とにかくアニメではカットされたシーンが多いですが、これは時間との兼ね合いなんでしょうね。
(3)月明かりの下で
緒方さんの部屋で芦原さんが寝てたんですが、原作ではカラーページで芦原さんの生足がっ!! それと芦原さんは明日の早朝に講座があるので先に寝ますということを半分寝ながら緒方さんに言うんですが、そのセリフの一部がカットされていました。
ビールを飲みながら饒舌になる緒方さん、来年防衛を果たしたら世間も自分を認めてくれる…の後のセリフが大幅にカット。原作では「オレの本当の戦いは〜」の後から、名人戦やら今後の棋戦への意気込みを語るセリフがありました。
対局後、部屋から去る時に、部屋の中の緒方を名残惜しそうに振り返る佐為のシーンがアニメオリジナルとなっています。
(5)翌朝
緒方さんに棋院の職員が二日酔いの薬がありますよ、というシーンがアニメではカット。
帰りの新幹線の中で眠るヒカル、その横でじっと手を見つめる佐為のシーンがアニメオリジナルシーンとして追加されています。佐為がじっと考え続けて、最後のあの気持ちに到達したということをうまく表現したエピソードになったのではないでしょうか。