エッセイと言うか、作文と言うのか、思いついた時に。


2004/08/10(Tue)  ひと口に献体と言うけれど・・・・。
蝉の声を聞きながら、厚木斎場に行く。
献体をしたため、亡くなってから2年10ヶ月ぶりに戻される母の亡き骸。
母の遺体を収めた棺を見て
『ご苦労さまでした』
と、心の中で大きくつぶやいていた。

”大きく呟く”って云う言い回しは可笑しいが、本音だった。
それは、偽りのない正直な気持ち。
兄も、弟も、こころのなかで、同じようにつぶやいてたという。

そもそも母が『献体』をする事になったのはわたしのひと言が原因。
子どものいないわたしはある時ふと、母に
「母さんが死んで、泣く人が居なくなったら献体の手続きをするつもりなの」
と言った。
そう言ったわたしは、今もって書類を取り寄せてもいないので情けないのだが・・・。

しかし、その時すでに80歳に近かった母は
自分の手で、書類を取り寄せ、書き込みをして
三人の子どもに承諾の判を求め
「医学の発展のためには役立つかもしれないけど、ぼくは賛成したくないよ」
と判を押し渋る弟をキチンと説得して申し込みも、ひとりで済ませた。

母はわたしを引き連れては、しらゆり会という献体希望者の集まりにも参加し
そのお仲間との交流の様子なども、つぶさに見せられていた。
また、自分の言い出したことから始まったことでもあるし
長く病院で働いていた母に献体は似合うのかもしれないとも思っていた。

だが、献体に対する認識は甘かった。
色々な事情によるらしい期間は不定期という事情も、現在は納得出来ていますが
母が亡くなった日から、献体の任務終了するまでの期間は
考えていた以上に長〜いものでした。

2年10ヶ月ぶりに、家族の許に戻された母にかける言葉は
『ご苦労さまでした』しかなかったけれど、母は承知していた事のような気もする。
そのひと言は、待っていた者全員に
わたし自身にも向けられていたのかもしれない。
        
      母を通して知った献体を語りたいと考えている LEIKO

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