エッセイと言うか、作文と言うのか、思いついた時に。


2004/12/03(Fri)  強行軍
サポートしてくださったスタッフのお陰で、無事に乗り越えられたからこそ
『、生まれて初めての体験でした。一生に一度って言う位、強行軍だったの』
な〜んて、さも得意げな言い回しも出来るわけだが
後にも先にもこれっきり!と言いたい程、ハードな3日間を過ごした。

家族や弟たちと共に、三年前に亡くなった母の遺骨を
母の誕生日でもある11月25日に、母の故郷宇和島のお墓に納めるために
2004年11月24日羽田から飛行機に乗り、昼過ぎに松山空港に着いた。

亡くなってから献体の任務を終えるまでには、2年10ヵ月も過ぎていたので
兄弟たちとも語り合い、母の誕生日に涙なしで法要をして
納骨をしましょう、と決めて居た。

以前から交流のチャンスを持ちたいと考えていたアマチュア劇団のひと達に
(折角四国に行くのだから)と、申し出ていたので
16時には松山市民劇場の皆さまとの、19時からは「ひがわり一座」の方との
交流会が計画され、わたしも楽しみにして居た。

しかし、取り組み中の作品「黄泉」は新潟地震のために、アチラコチラと
代替ロケ地で撮影をしているための、急なスケジュールの変更。
出掛ける寸前に、わたしも予定を変更せざるを得なくなった。

母の法要は兄弟に任せられるけれど
『草村礼子の一人芝居を松山でも上演しましょう』と張り切って
待っていてくださる人たちとの二つの交流会は出席したい
と、決めたための、無理なスケジュールだった。

指定された25日朝9時にロケ地に集合するためには
飛行機や新幹線の乗り継ぎでは間に合わないため、陸路の移動となった。

わざわざ迎えに来てくださった、ふたりの
映画のスタッフの運転する車で、24日21時に松山を出発。
二時間おきに運転は交替しても、ふたりのスタッフは11時間、殆ど休まずに
900キロの道のりを走りきって、25日の朝8時には、無事現場に着いた。

後部席で仮眠はしていたが、全く寝ないままメイクをして衣裳を着け、カメラ前に立った。
(90歳のお婆さん役でヨカッタ☆彡あはは)
ちなみに、この日の撮影終了は28時。(26日の朝4時のコト)

だが28時50分、嬉しい事に『大浴場にどうぞ』と・・・。
こんな時間なのに、温かく迎えてくれたのです。
父の故郷の松之山温泉は日本三大薬湯のひとつでもある。

兎も角眠いし、11月28日にはダンスのトークショウも控えているため
数時間後には帰京する手はずとなっているのだが
独り占めの、広い湯船にゆっくりと浸り、流れる湯の
やさしい響きを聞きながら
無事に過ごせた事を、ふたりのスタッフと父と母に、感謝した。

母の法事を袖にして着いたロケ先は、父の墓のすぐ側で
撮影中の作品のタイトルが『黄泉』
何事もなく、無事に終えられた事だけでも“ありがたい”と
慌しかった二日間の強行軍を振り返っている。

(何とも不思議なめぐり合わせにビックリしている) LEIKO

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