エッセイと言うか、作文と言うのか、思いついた時に。


2005/03/02(Wed)  わたしの“お雛さま”
生活は2DKと云う狭い空間でしてはいるが、季節感を忘れずにいたい
と生意気な事を思って暮らしている心算だったが
今年などは、節分の鬼打ち豆を買い忘れていたし
お雛さまひとつ飾らない年もあった。

今年も“ひなあられ”は早々に買い込んでいたものの、心の内では
<お雛様は出さないままに終わるのかしらネエ>などと、ズルを決めそうだった。

3日に1度は必ず母の許に介護に通っていた4年間のように
理由がある時は納得もゆくが、ズボラをして出さなかった春は、いつまでも
【わたしのお雛さま】を作ってくださった人に失礼な事をした、との思いが後をひく。

そんな思いを知ってか知らずにか「今年は飾らないの?」
との家族のひと言に促されて2月末
ギリギリになってしまったが“わたしのお雛さま”を飾った。

(ちいさなお雛さまたちの顔ををゆっくり見ると、ほっと心が和む)

こんな言い方をすると、かなり立派なお雛さまを飾っていると誤解されるかもしれないが
“わたしのお雛さま”のメインとなっているものは、紙で創られており
片方の掌にすっぽりと乗ってしまう極小のお雛さまである。

そのちいさな5段飾りのお雛さまを中央に飾る。
これを中心に置き、その両脇に木目込みのお内裏様と、おひなさまの一対を置く。
これは、50歳を過ぎた頃に母が買ってくれたもの。

<雛人形が欲しかった頃に買い与えられなくてゴメンなさい>との
母の気持ちの込められたものなので、ありがたいのだが
ちいさな紙のお雛さまが、なんとしても自慢の品。

まだ一人芝居を始めて間もない頃に
出前公演に出掛けた学校の担当の先生が、公演記念にと創ってくださったものです。

見るたびに『あの無骨な手で、このちいさくて可愛いお雛さまを・・・!』と
(タテが7センチ、ヨコの長さが5センチなのに、5段あるひな壇にはお雛さまだけでなく、ぼんぼりなんかまで全部そろっているのよ)
下さった時の先生の恥ずかしそうな笑顔とゴツイ手を懐かしく思い出す。
一人芝居の上演にはいつも、思い掛けない嬉しい出逢いが待っていてくれた。

(久しくこうした嬉しい出逢いとも巡り合えないのは、自業自得。自主公演をしないからだ!)
誰にともなくゴメンナサイと呟きながら、ひなあられをほおばっている。

   春なのに未だ冬眠中(?)の  LEIKO
   
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