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死 神


 それは、雨の降る肌寒い夜のことでした。風邪気味なのか朝から頭が痛く、調子の悪い一日でした。夕飯を食べると私は、市販の風邪薬をのみ、今日は早く寝ようとさっさと布団にもぐり込みました。風邪薬に弱い私はすぐに眠れるはずでした。ところが、その日に限ってなかなか寝つけません。頭痛は、朝から比べると治まってきてはいるのですが、明日は大事な会議があるので、とにかくよく寝て、風邪を今のうちに治してしまいたかったのです。
 
 ふと、窓のところに何かの影がうつりました。猫が上がってきているらしいのです。よく、隣の家のシャム猫が遊びにきてはいるのですが、この時間に来るなんてないことでした。その影は窓ガラスをかりかりと引っかいています。そういえば、隣の家は昨日から旅行に行ってるはずです。いつもはどこかに預けて出かけているといっていましたが、逃げ出してきて、家の中に入れないでいるのでしょうか。私は可哀想に思い、窓を開けてあげました。
 そこにいたのは、隣の猫ではありませんでした。近所では見かけたことのない猫で、とてもきれいな黒猫でした。私は、猫が大好きだったので、その猫を何も考えずに部屋の中に入れました。雨が降っているのにその猫が、少しも濡れていなかったことに疑問すら感じていなかったのです。
 
 どこから来たのかその猫は、おとなしくとてもなれていました。私は、具合が悪かったことも忘れて、
冷蔵庫から牛乳を取り出すと、小皿にいれ、その猫にあたえました。その猫はお腹が空いていたらしく,
いっきに牛乳を飲み干すと、満足そうな顔をして外に飛び出していきました。
 「まったく猫ってげんきんなんだから。」
 私は窓を閉めようとしました。すると、その猫は隣の屋根のところにいて、こっちを見てにゃっと笑いました。いえ、笑ったように見えました。私はなんだか不気味になり、早く窓を閉めようとしました。
そのとき・・・
 「 願いごとをかなえてあげる。」
 どこからか、声が聞こえてきたのです。辺りを見回しましたが、人の姿はなく、目の前にいるのはその猫だけです。
 「ミルクのお礼に、願いごとをかなえてあげる。」
 私は自分の耳を疑いました。猫が私に話しかけているのです。猫が喋るなんて・・・
 「まさかお前が喋ってるんじゃないよね。」
 私は恐る恐る猫に話しかけてみました。
 「ここには私しかいないよ。」
 また猫はにやっと笑いました。私はこわくなってきましたが、きっと夢でも見ているのだろうと、願いごとをしてみることにしました。
 「じゃ、明日の会議で、すんなり私の企画が通るようにしてよ。」
 猫はにゃっと笑うと走り去って行きました。猫のいた辺りをぼーっと見ているうちに、私は眠気に襲われました。

 目を覚ますと朝になっていました。窓はきちんとしまっているし、やっぱり夢だったのに違いありません。ぐっすり寝たという感じで、とても体調のいい朝でした。会議もうまくいき、猫が願いをかなえてくれたんだと思ってもいいような気分になっていました。

 その夜、また窓をかりかりと引っかく影が見えました。昨夜の猫は夢ではなかったんだ。私は窓を開けました。黒猫が飛び込んできました。
 「約束した通りだったでしょう。」
 いきなり猫は口を開きました。私は、とりあえず猫にお礼をいい、なぜ話せるのか、いったい何者なのか、どうして私のところに来たのか尋ねました。すると、猫はにやっと笑いながら、
 「別に猫ではないけど、お前が最初に猫だと思ったから猫になっただけのこと。私は、何にでもなれる。いつもお前の傍にいたのに、気づくことができなかっただけだよ。」
と答えました。
 
 「ただ、私に気づき、願いがかなうのは一生に一度のこと。それは、私がお前を連れて行くとき。」
 「えっ、どういうこと。」
 「私は死神なんだ。」
 その猫はにゃっと笑いました。
 
 

 
 

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