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Title_Eden

    3 炎上

「おい、メルグ。何か外が騒がしいぞ」
 夜中に、熟睡していたメルグをレジがそう言って起こした。
「何よ、そんなはずないわ。結界が張ってあるのに、外の音なんか聞こえる訳ないわ」
 結界にも色々種類があるが、今使っているのは、立ち入りをできなくするための物で、外の風景さえも見えなくなるのだった。
 同じテントには、アマルナも居る。アマルナを起こさないように、小声で喋った。
「信じろよ。本当に聞こえるんだ。何だろう、鐘の音かな」
 レジは布団にくるまったメルグの肩を揺らして言った。
 あまりしつこいので、メルグははっきりと目が覚めてしまった。
「もう、しつこいわね」
 仕方なく、メルグは起き上がった。
 耳の後ろに手を当てて、音がよく聞こえるようにしてみる。
「……やっぱり何も聞こえないわよ。ほら、これで諦めてくれた?」
「諦めない。嘘じゃない。結界の外に出れば何かわかるはずだから」
「わたしに一緒に行けと?」
 レジは頷いた。
「冗談じゃないわ。あんた子供じゃないんだから、一人で見に行ってよ」
 薄い月明かりの下で、レジの瞳だけが光って見える。普通の目ならここまでは光らないだろうが、何せエルフの血が混じっているらしいから猫のようだ。
「わかりました。行きます、俺一人で。もし、外でとんでもないことが起こっていたら、強制的に結界を解除するからな」
 レジはそう言ってテントを出て行った。態度が真面目だ。
 結界を強制解除できるほどの力がレジにあのかは謎だが、レジには物音がひどく気になるのだろうということは良くわかった。
 何となく心配になって、メルグはテントから出た。外には既にレジの姿はなくて、結界の境界面だけが白く見えていた。
 結界は、結界を張った時点での外の様子をスクリーンのように映すが、こんな風に境界線が白く光る時があるんだな、と思っていると、突然、結界に亀裂が走った。
(結界の強制解除?)
 咄嗟にメルグはシーファたちを呼んだ。
 結界は普通作った本人が消すことは簡単だが、他人が消すのは非常に難しい。中からならまだいいが、外から神官が作った結界を壊すなど、本物のエルフでも難しいらしかった。ただし、メルグは本物のエルフに会ったことはない。エルフは、レジなど話にならないほど、美しい顔立ちをしていると言われていた。
「どうしたの、メルグ?」
 メルグに起こされて、まだ眠そうだったシーファが、結界の亀裂に気づき尋ねた。
「わからない。レジが結界の外に行ったけど、レジがお兄ちゃんの作った結界を壊せるとは思えないわ」
 クレヴァスがポンと手を打って言った。
「よし、小さい結界を張ってその中で結界が壊れるのを見ていよう。メルグ、アマルナも呼んで来てくれ」
 そのすぐ後に結界を作って、四人はその中に非難した。
 結界が壊れる瞬間というものを、メルグは初めて見た。亀裂が、ゆで卵の殻を叩いてヒビをいれたように全体に広がり、白く光ってパリパリという音を立てた後、粉々になって消えた。
 結界が消えると、それまで見えなかった外の様子が見えるようになった。
 空が赤い。火事だ。
「何が起こったって言うの?」
 シーファが言った。
 集落の方が真っ赤に燃えていた。火事を知らせるための鐘の音が響き渡っている。
「レジが言ってた音っていうのは、この事だったんだわ」
 メルグは天上を染める赤い炎から目をそらした。
 と、視界の中に、レジが倒れているのが見えた。
「レジ!」
 メルグは言って、結界を抜けた。
 結界から出ると、急に暑くなった。近くで火事が起こっているのだから、暑く感じるのも当然だった。
 レジは気を失っているようだった。服や顔にススが付いている。
「レジ、レジ、しっかりして」
 名前を呼ぶと、レジは目を開けた。
「メルグ? 何でお前、……」
 レジは立ち上がった。
「何で結界から出てるんだよ。ここは危険だ!」
 切羽詰まった様子が感じられる言い方だった。
(やっぱり、結界を壊したのはレジじゃなかったのね)
 メルグは思った。
「何でって言われても、結界が壊れちゃったんだから、しょうがないでしょ?」
「あいつらがまた来やがった。村はもうほとんど焼けちまってる」
 そこまで早口に言って、レジはため息をついた。
 レジが申し訳なさそうに笑う。
「何が狙いか知らねえけど、どうやら俺に容疑が掛かったみたいだ」
「は? 今、何て言ったの? あんたに容疑がかかった、ですって? つまりそれって」
「みーんな共犯ってことか」
 クレヴァスが結界を解いて側まで来ていた。
「レジってば間抜けね。とにかくここから離れるわよ」
 シーファがそう言って先に走り出した。
 テントを畳んでいる暇などない。人殺しのヤベイ族に容疑を掛けられれたのなら、無期懲役など飛ばして、即死刑になるのではないだろうか。
「どっか隠れる場所があればいいのに」
 メルグが言った。
「そう都合良くはいかないでしょうね。第一、この辺の地理ならあっちに全わかっちゃってるわよ」
 シーファが言った。
「あっ、あそこ」
 レジが指さした。
 人影だ。村人ではないだろう。数人がこそこそと移動していた。
「あいつらだよ。村長さんの家に火を点けたの」
 メルグはレジに言われて人影を見た。
「いいこと考えたわ。本当の放火犯にわたしたちの身代わりをしてもらいましょう」
 後ろから村人たち、つまり追っ手が来ていた。
「メルグの言う通りよ。あいつらのせいでわたしたちに容疑が掛かったんですもの」
「ってことは、取り敢えずあっちへ向かって行かなくちゃな」
 クレヴァスが言った。



「……上手くいった?」 
 茂みから頭だけを出して、メルグは言った。
 追っ手は予想通り放火犯をメルグたちの代わりに追いかけていった。人数が同じくらいだったから上手くいったのだ。別の言い方をすれば、人数がもっと違っていれば、メルグたちに容疑が掛かることもなかったのだが。
「ねえ、メルグ、本当に上手くいったと思ってる?」
 シーファが言った。
「実はテントの中にマジック・ブレスレット置いて来ちゃったのよ。どうすればいいと思う?」
「あれを置いて来たのか? あれは高かったんだぞ。冗談じゃない。取ってこい」
 クレヴァスが言った。
「一人で?」
 シーファが悲しそうに言った。その悲しそうな顔は、明らかに演技であるが。
「クレヴァスさん、シーファさん一人だけを危険な場所へ行かせるつもりですか? やめたほうがいいと思いますよ」
 レジがシーファに荷担して言った。
「わかったわかった。じゃあ、」
 クレブァスは人差し指を立てた。
「みんなで行こう」
「はぁ?」
 メルグとレジは声を合わせた。
 アマルナは、ただ頷いた。
 テントの所まで戻ったが、悲惨なことになっていた。テントは潰されて、滅茶苦茶にされていた。
「うわー、最低」
 メルグは言った。
「マジ最悪だな、こりゃ。もう腕輪取られてるかもな」
 クレヴァスがテントを上げてみて言った。
「みんなで探しましょう。それしか方法はないわ」
 シーファは力無く言った。
「俺、村の様子を見て来る」
 レジはそう言って村の方へ駆け出した。
「待って、レジ。わたしも行く」
 最初はほっておこうと思ったのだが、さっきレジが倒れていたのを思い出して、メルグはレジの後を追った。
「あ。わたしも……」
 と言いかけたアマルナを、シーファが止めた。



 まだ火が燃えていた。と言うより、誰も火を消そうとはしていなかった。誰も居ない。多分、避難したのだろう。 
「どこがどこだか、ちっともわからないわね」
 全てが等しく燃えているので、メルグたちが昼間通った道もわからなくなっていた。
「多分あっちが村長さんの家……」
 丁度、レジがそう言って指さした方に、何者かの影が見えた。村の外から中へ向かっているように見える。
「追いかけましょう。村人じゃないことだけは確かだわ」
 メルグが言って、影を追いかけた。その後にレジが続く。
 途中で何度も見失いかけて、それでもその影が村長の家に向かっていることがわかった。
 影は迷うことなく、その家に入った。男か女かもわからない。ただ、動きが突然素早くなったりして、追いかけにくいことだけは確かだった。
 何かを探しているようだった。炎を恐れもせず、必死に何かを探していた。
「あいつだ」
 レジが言った。
「あいつ、って……?」
「ライオン連れてた奴だよ」
 目を凝らしてよく見ると、そのような気もした。
「よくわからない。でも、一体何をしてるのかしら」
 そんな事を話しているうちに、影は目的の物を見つけたのか家を出て行った。
「待って、メルグ。危険だよ」
 追いかけようとしたメルグをレジが止めた。
「そこで何をしている。早く避難せんか!」
 後ろから、そう声がした。
 振り向くと、マラザンが立っていた。メルグたちだと知らずに声を掛けたらしい。
「何だ、お前たちか」
 と、小声で言っていた。
「何だはないでしょう。それより村長さん、さっきあなたの息子だか娘だかが家に入って、何か探していたようですよ」
 レジか言った。
「何ですと? まさか……。とにかく、ここは危険です。避難した方がいい」
「あなたは、わたしたちを放火犯にはしないんですね」
「放火犯は捕まえました。今更あなた方に罪を着せることはないでしょう」
 もっともな意見だった。
 メルグとレジは、マラザンに連れられて、村人が避難している場所へ行った。
「お姉ちゃんたちはどうするのよ?」
「大人だし、大丈夫なんじゃねえの?」
 レジの言った通り、シーファたちは先に避難場所に来ていた。腕輪や他の荷物も返して貰えたらしい。
「遅かったわね」
 シーファが言った。
「私達がここで待っている間に、大変なことになったのに」
「大変なこと?」
 シーファに言われて避難所の他の人々を見ると、確かに何か尋常でない様子だった。
「捕らえた者共が、一斉に焼け死にました」
 男が、マラザンにそう言った。
「口封じか」
「の、ようです」
 常識では考えられなかった。魔法を使えば、不可能ではないだろうが、そのような事件が自分達の周りで起こるとは想像できなかったから。
「どうして、わたしたちは何も悪いことなんてしていないのに!」
 女が泣きながら言った。誰にでもない。周りにいる、他の村人に向かって、ただ叫ぶ。
「足の悪かった彼女の弟が、逃げ遅れたのよ」
 シーファが説明した。
 女がメルグ達に近づいてきた。
 そのまま、アマルナを見下ろす。
「なんで、あなたが生き残って、弟が死ななければならないの?」
 震える声で。
 アマルナが、弟と同じくらいの年齢なのだろう。
 それから、視線を漂わせ、メルグを見つめた。
「なんで、あなたがまだ生きているの?」
「え……?」
 メルグは、顔を上げ、自分の目の前に立つ女を見た。
 どういう意味なのか聞こうとしたが、その後すぐに、他の村人たちが女を落ち付かせようと、メルグの前から女を遠ざけていった。
『まだ生きているの?』
 そう言われた。
 自分は、さっきの女と会ったことがない。
 それなのに、あれほどに恨みのこもった瞳で、そう言われた。
 記憶を辿るが、それでも、思い当たることはなにもなかった。



 翌日になって、メルグたちは村人と混じって焼け跡に向かった。 
 メルグたちはマラザンと共に彼の家があった場所まで来た。
 マラザンは焼け跡を必死に、何か探していた。その様子は、昨夜メルグとレジが見た影に似ていた。
「秘宝狙いの悪党どもか」
「秘宝? 何のことですか」
 マラザンが呟いたのを聞き付けて、クレヴァスが尋ねた。
 マラザンは、軽くため息を吐くと、クレヴァスに答えた。
「お教えしましょう。それは我々の村に古くから伝わる、赤い色の石のことです。それは村の守り石であるとともに、それが正当なる所有者の手を離れた場合には、村が滅びると言われております。我々はそれをこの村で最も強い者に継承させてきたのです」
「つまり、村長に、というわけですね。では今はあなたが」
 マラザンは頷いた。
「それが今、ここに無いのです」
「えぇーっ!」
 クレヴァスは大声を上げた。
 その声に、メルグ達も驚いてクレヴァスとマラザンを交互に見た。
「それってもしかして、ものすごくやばいんじゃないですか?」
「その通り。そこで、ですが、迷惑を承知で頼みます。秘宝を取り返して来ていただけませんか?」
「ええ。いいですよ。どうせ乗り掛かった船だし」
 クレヴァスはいやにあっさりと引き受けた。
 いきなり見ず知らずの相手に、重役を押し付ける村長もだが、あっさり引き受けるクレヴァスもどうかしているような気がする。
「『ええ、いいですよ』じゃないわよ。わたしたちにはちゃんと目的があって、旅をしてるのよ」
 シーファがクレヴァスに文句を言った。
「神官として、村が滅びるのを黙って見過ごすわけにはいかんだろ?」
 クレヴァスは、それが当然の事であるかのように言った。
 時にクレヴァスは真面目すぎるのだ。実家は漁業をしているそうだが、それを継がずに神官になったのである。一体神官という職業のどこにそんな魅力があったのだろう。
「シーファ、君も一人の巫女として、この村を救ってあげたいとは思わないのですか?」
 突然、クレヴァスが神官の口調になった。シーファに巫女として振る舞って貰っている間は、こうやって敬語を使うのだ。
「……わかりました。神官様。私には巫女としての自覚が足りなかったようですわ。今後気を付けます」
 シーファも畏まって答えた。
 その後すぐに、いつもの口調に戻る。
「でも、メルグたちはどうすればいいのかしら。寄り道なんかしてたら、休み中に戻れなくなっちゃうわ」
 シーファがメルグとレジを見た。
「どうするって、どうしたらいいのかしら」
 メルグはレジを見た。
「さあ、俺にはわからないよ」
 レジはクレヴァスを見た。
「ニ人で先に行けばいい」
 クレヴァスは言った。
「レジに来て貰って良かったな。メルグ一人で行かせる訳にはいかないけど、レジも居るなら安心だ」
「ちょっと、クレヴァスさん、冗談でしょ? レジと二人きりでだなんて……」
 メルグは反論した。
「じゃあ、アマルナさんも一緒に行けばいいんじゃない?」
 シーファが言った。
 シーファがアマルナを見る。
「アマルナさん、今から、メルグとレジはキジマナウス族の村へ行くの。私たちは、村長の言う秘宝を取り返しに行くから、あなたにはメルグ達と一緒に行って欲しいの」
 シーファの頼みを、アマルナが断るわけはなかった。
「はい」
 明るい声で、そう答える。
「行きましょう。でもクレヴァスさん、結界で送ってくれるんでしょうね」
「それは勿論。じゃあ、早速」
 言って、クレヴァスは結界を作り始めた。
「元気でね。気を付けて」
 シーファは言って、メルグにマジック・ブレスレットを渡してくれた。
「無いよりましでしょ」
「ありがとう、お姉ちゃん」
「また会いましょう、お互い無事なら」
「縁起の悪いこと言わないでください、シーファさん。絶対に休みが終わる前に戻りますから」
「そうだな。じゃあな、メルグ、レジ、アマルナ。元気で」
 三人は結界の中に入った。 

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