城へはクレヴァスの結界で移動すればすぐだったのだが、途中で発見される可能性が高くなるとクレヴァスに言われて、徒歩での移動となった。 「レジ、どうかしたの?」 「え?」 「だって、あんまりお姉ちゃんたちと話さないじゃない」 メルグに言われて、レジは一時黙った。メルグに言うべきか、迷ったのだ。 (俺の気のせいかもしれない。……それなら、いいけど) レジはまだ言わないことにした。 「うわっ」 ぼうっと考えながら歩いていたせいで、何でもないような石ころにつまずいてしまった。 かなり派手に転んで、笑いも起こったがそれよりも大丈夫かという声が多かった。 「大丈夫だよ」 レジは言いながら立ち上がったが、足首が痛んですぐに地に膝を付いた。 「足、どうかしたんじゃない? 大丈夫?」 シーファが言って、レジの足を診ようとした。 「触るんじゃねえ! 殺す気か?」 レジがそのシーファから飛びのく。 警戒して、レジがシーファを見た。 周りがシンとなった。なぜレジがシーファを避けたのか、分からなかったからだ。 「……あ、いや、ごめんなさい、シーファさん。あなたのしているマジック・リングは、僕にとっては強すぎるから」 レジがすまなそうに言った。 「いいのよ。こっちこそごめんなさいね。あなたがハーフ・エルフだってこと、忘れてたわ」 シーファは指輪を抜き取ってクレヴァスに渡した。 はっきり言って、みんなレジがハーフ・エルフだということは忘れていた。エルフたちは杖が無くても魔法が使える。逆に、杖などは彼らにとって強すぎる薬なのだ。 「いいえ、構いません。大したことないですから」 怪我を診ようとしたシーファをレジは断った。 「ちょっと、ホントに大丈夫なの?」 メルグはレジに言った。 「捻挫したみたいだ。でも大丈夫だよ、自分でなんとかするから」 レジは前を行くシーファを見ながら言った。 (なんか、レジやっぱり変だわ) メルグは思った。 前を歩くシーファは別にいつもと変わりなく、長い髪は歩みに合わせて揺れている。やはり、いつもと違うのはレジの方だった。 城が見えてきた。メルグが想像していたものとは違って、ごく普通の城だ。 「ここに、魔族が居るの?」 「でしょ? 想像できないわよね。普通のお城だもの」 シーファが言う。 「私には禍々しい気が満ちているのがわかります。同じ巫女なのに、シーファ様やクレヴァス様には見えないのですか?」 アマルナが言った。 『同じ巫女』という言葉にひっかかって、メルグが言った。 「アマルナも巫女なの? 手伝いって言ってなかった?」 アマルナが見た目通りの十歳前後であれば、巫女であるというのは年齢的にあり得ないようだが、十四歳であれば、あり得る話だ。実際に、彼女の言動や行動には、巫女として相応しい部分が垣間見られいていた。 アマルナがばつが悪そうな顔をした。 「ごめんなさい。本当は、モルスで巫女をしているの。でも、あの時は大変だったし、あなた方をすぐに信用してよいものか分からなかったから」 巫女の手伝いをしていることにした。あの時狙われていたのは『モルスの巫女』だった。白い秘石を持つ、巫女。巫女として、自分の身代わりとなり死んでしまった仲間が居た。アマルナが巫女であったから、他の巫女が死んでしまった。 モルスからトラルファーガへ、秘宝と秘宝の持ち主を届ける為の旅のはずだった。トラルファーガには、大きな神社がある。神官も沢山居る。もっとも安全と思われるその場所に、アマルナは向かい、秘宝ごと、結界で封印されることになっていたのだが、シグナ族の秘宝が盗まれてしまい、その騒ぎでモルスのことは忘れられてしまっていたようだった。 アマルナがシーファ達を見た。 シーファが言う。 「でも、わたしには分からないもの。もう齢かしらね?」 「私にもわからない。アマルナ、君には見えるのかい?」 「はい」 「俺にも見えるぜ?」 レジが言った。 「やっぱりあんたたち変だ。クレヴァスさんたちじゃないな。何者だ? 魔族か、それともそれに取り憑かれた人間か?」 「何言ってるの、レジ?」 「大体、あんたたちが本物のクレヴァスさんたちだっていう証拠はあるのか?」 「では、私たちが偽物だという証拠があるというのかい?」 クレヴァスが言った。一体何を言っているのか、という顔で、レジを見ている。 レジは一時考えているようだった。しかし、しばらくして顔を上げた。 「じゃあ、シーファさんの持っているマジック・リングを俺に貸してみろよ。魔族が関わっているのなら、本物のマジック・リングはできないはずだ。魔族にとってもそれは毒だから」 「でも、さっきわたしがあなたの足を見ようとしたら断ったのはあなたよ。それなのに、これをわざわざ触りたいの?」 「いいから、早く。投げろよ」 レジが言うので、シーファは指輪を取ってレジに投げた。 しかし、指輪はレジの手に渡る前に、クレヴァスがキャッチした。 「危険すぎだ、レジ。この指輪は安物じゃないんだぞ」 「そりゃ、神官が買った指輪だったら、当然だよ。でも、その当然が無ければあんたたちの嘘が分かるってわけだ」 レジは言うと同時にクレヴァスの手から指輪を取った。 「レジ」 「レジさん」 メルグとアマルナが声を併せた。危険な賭けだった。魔族が居ることを否定しようとするシーファをおかしいとは思っても、二人にレジほどの自信は無かった。 何も、起こらなかった。レジは指輪を取る前と変わらずにそこに居た。 レジは黙ったまま、クレヴァスから離れた。 メルグとアマルナもレジの側へ行った。 「やっぱり、偽物だ」 レジは言って、指輪を投げ捨てた。 クレヴァスの姿の男は、困ったように、笑った。 「よく、わかったな。このまま城まで案内しようと思っていたのに。秘宝を持つ者よ」 クレヴァスの姿をした男が言った。 「お姉ちゃんたちはどうしたのよ?」 「わたしたちはこの体のふりをしろと言われただけ。この体の主がどうなったかなんて、知らないわ。多分、城に居ると思うけど」 シーファの姿をした女が言った。 「そして、秘宝を持つ者を城へ案内するのがわたしたちの任務。手段は選ばない」 男が言って、メルグの後ろに回った。 メルグは首を締め上げられ、もがいたが、抗うことはできなかった。そのまま、意識がなくなる。 「メルグ!」 レジが助けようとすると、 「あんたに用は無いわ」 女が言って魔法を使った。 「メルグ、レジ。ちょっと、二人とも」 アマルナが叫んだ。 レジは眠りの魔法で眠った。メルグは気絶している。 アマルナも捕まった。 冷たい石牢の中でメルグは目を覚ました。 声が一瞬出なかったが、すぐに出るようになった。 「レジ、アマルナ」 レジたちは居なかった。居るのは自分一人のようだ。 (ここは、どこ?) どれだけ時が経ったのかわからない。光の差さない、恐らく地下室なのだろう。一日はたっていない気がした。 光が揺れながら足音と共に近付いて来るのがわかった。 松明を持った男が、メルグを牢から出した。 (衛兵……) 男の格好から、メルグはそう考えた。 メルグは明るい所に出された。外は夜で、電灯が明々と灯っていた。 「ミアン殿の娘か」 女性の声がした。 光りに目が慣れていなかったメルグは、声でしかその人物を認める事ができなかった。 (誰? ミアンを知っている) 光りに慣れて、やっと声の主を見た。 「あなたは体内に秘宝を持っているそうですね」 女性が聞いた。 黒い巻き毛に真珠の飾りを付けている。やや大きい冠が、女性の座る椅子の隣の台にあった。 メルグは女性の問いに答えるべきか迷った。 女性はメルグに小さな袋を見せた。 「……アマルナの!」 それはアマルナの秘宝を入れた袋だった。 「これの持ち主がどうなってもいいのですか?」 「……。あなたの言う通りです」 メルグは答えた。 メルグが話したのはそれだけで、またすぐに元の牢に入れられた。 「女王は若い娘が好きとみえる。この前のカリス殿のときも……」 「しっ。それは言ってはなりませぬ」 牢に戻る途中、衛兵たちが話しているのをメルグは聞いた。 (女王? じゃあ、彼女がゼルム公国の女王フィスィスなのかしら) メルグは思った。 それよりも、メルグはレジたちの事が気掛かりだった。 メルグは自分の扱われ方がよくわからなかった。食事はないし、仕事もない。ただ牢に居るだけだった。 それからまた一日経たない内に、メルグはまた牢から出された。そして、今度は庭のような所に連れて行かれた。 「体内に秘宝を持つ少女よ、あなたはここで獅子に食われるのです。そうすれば、秘宝は自然と我が物になるでしょう」 女性はそう言って、檻の戸を開け、獅子をメルグの前に出した。 (何なの、一体? わたしここで死んじゃうの?) メルグは訳がわからなかった。ライオンがメルグに近付いて来る。このままでは殺されるだろう。 逃げようにも、エネルギーが足りなくて動きたくなかった。第一、逃げても相手がライオンではすぐに追いつかれてしまう。 しかし、ライオンはメルグの前を行ったり来たりしただけで、何もしようとしなかった。 「あの獅子、ちゃんと腹を空かせていたんでしょう?」 女性が側に控えていた兵士に言った。 「は」 「なんてことかしら。計画がまるつぶれだわ。楽しい余興になるかと思ったのに。獅子を檻に戻しなさい。後で私が殺します」 「は」 獅子が先に檻に戻され、メルグも牢に戻された。 また、牢に戻ったメルグはさっきの不思議な出来事を思い出していた。 なぜ腹を空かせていたはずのライオンが自分に見向きもしなかったのか、不思議でならなかった。 (秘宝のせいなのかしら) そうも考えたが、よくわからなかった。 また、時間が経った。足音が聞こえて、メルグは眠りかけていたところを起こされた。周りは暗いままだった。だが人が来るのはわかる。 (誰?) 一時して、メルグの居る牢の鍵が開く音がした。 「しっ」 声を出しかけたメルグをその人物は止めた。 「静かに話してください。衛兵に気づかれては意味がありません」 ささやき声で言った。 男か女かも分からなかった。低い女声、高い男声、どちらともとれた。 「あなたは?」 「わたしはカリスという者です。あなたを助けに来ました」 カリスは言った。 (女の人……) 自分のことを『わたし』というのだから、多分女なのだとメルグは思った。 ベールで顔を隠していて、顔はよくわからなかった。ただ、肌はメルグたちよりずっと黒く、髪も黒かった。 「今から、わたしを逃がしてくれるのですか?」 メルグは聞いた。カリスはメルグの傍に腰を下ろし、急いでいる様子はない。 「いえ、まだ少し待ってください。監視の目が薄くなるまで」 「なぜわたしを助けてくれるのですか?」 「あなたはこれを探していたのでしょう?」 カリスは言って、メルグに金色の塊を渡した。 見ると、それは獅子の顔をかたどったメルグの手のひらくらいの大きさの金塊だった。それの額のところに、親指の先ぐらいの赤い珠が埋め込まれている。 「これは、秘宝……?」 メルグの問いに、カリスは頷いた。 「どうしてあなたが――」 言いかけて、メルグは近付いて来る光りに気づいた。 見回りの兵だった。メルグは寒さを防ぐ為にあると思われる毛布をカリスに掛けた。 兵はカリスには気づかずに牢の前を通り過ぎて行った。 「さあ、行きますよ」 毛布から出たカリスは言った。 「今がチャンスなんです。見張りはこの牢の二か所に居ます。二人が順にその二か所を行き来しています。ですから一人が通り過ぎた今」 彼女を信じていいのかわからなかった。だが、メルグには今、彼女に付いて行く以上に良い方法は無いようだった。 カリスはメルグの手を引いて牢を出た。暗闇の中であるにも関わらず、カリスはすべてを飲み込んでいるようだった。段差のある場所をメルグに知らせてくれる。 座っている時にはそんなに差は無いように感じたのだが、立ってみると、背はメルグよりかなり高かった。 外に出た。ただし、建物からという意味だ。城の庭のようだった。 カリスは顔を覆っていたベールを取った。 月明かりに、カリスの面立ちがはっきり見えた。褐色の肌に、若葉色の瞳がエメラルドのように輝いている。 カリスは涼しそうに夜の風を受けた。 風がカリスの前髪を揺らして、その額に埋め込まれた石をメルグに見せた。 (秘宝を埋め込んだ獅子の像のようだわ) メルグは思った。 褐色の肌の色からして、この国の出身者ではないのだろう。 「こんなところでぐずぐずしてはいられません。ここから先は牢から抜けるよりも苦労しますよ」 カリスがメルグを見て言った。 「はい」 メルグが頷くと、カリスはまたメルグの手を取って走った。 走っていると、光が二人を追って来た。脱走者を探す為のライトだった。 「あの岩陰に」 カリスに言われて、メルグは岩陰に隠れた。 「結構足が速いんですね。こっちも助かります」 カリスは言った。 カリスはメルグに合わせてゆっくり走ってくれていたのだ。 光がずっと前に行ったかと思うと、今度は兵士たちの声がしてきた。 「チッ。追っ手か」 小声でカリスが言った。 (え? さっきカリスさん、舌打ちした?) メルグはちょっと信じられなかった。小声だったので何と言ったのかよくわからなかったが、女性にしては荒っぽい言い方だった。 (ま、いいか) どうでもいいことのように思えたので、そのまま考えるのはやめた。今は追っ手から逃げる事が肝心なのだ。 「全速でここから出ますよ。食事を取っていなかったようですが、大丈夫ですか?」 「多分。でも、分かりません。……もし捕まったら、カリスさんはどうなるのですか?」 メルグが言うと、カリスは微笑んだ。 「あなたは心配しなくて構いませんよ。わたしのことはわたしに責任があるのですから」 二人は一斉に走った。 しかし、メルグの足では限界があった。ほとんどカリスに引っ張られるように、メルグは連れて行かれているだけだった。 明かりを持った兵士たちがメルグたち二人を囲んだ。 「囲まれましたか」 「どうするんですか?」 「持っていてください。それが必要ですから」 カリスは纏っていたマントをメルグに渡した。 カリスが上体を折り曲げて地に手を付く。 風が巻き起こって、メルグは砂を避ける為に目を細めた。 その間に、カリスの腕が太くなり、小麦色の毛が腕に生じた。体全体も大きくなった。 黒い髪が生え際から次第に焦げ茶に変わってゆく。着ていた服がちぎれとんだ。 「わたしの背に掴まりなさい」 変形が完了する寸前に、カリスはメルグに言った。 (ライオンだわ) 見ればわかる。大きな雄獅子。人が獅子に変化するとは、考え難いことだったが、目の前で起こったことを、否定することはできなかった。 「秘宝を取り返せ!」 兵士たちのその声に、メルグは我に帰った。 カリスから渡されたマントを持って、メルグは雄獅子の背に乗った。 メルグがたてがみをしっかり持つと、獅子は走りだした。さっきカリスに連れられて走った時の何倍もの速さだった。 (でも、なんで雄なのかしら) 後ろを振り返って見る余裕は無く、メルグはただ今見えている獅子の事を考えていた。 (カリスは女、それとも男?) わからないことが多すぎた。 なぜカリスはメルグを助けたのか。それより前に、なぜメルグは城の牢に入れられていたのか。そして、なによりもシーファたちは一体どうしたのか。 どれだけ走ったのだろう。町を走る間に追っ手を撒いて、そして今は草原にいた。 カリス、いや獅子が立ち止まったので、メルグはその背から下りた。 メルグの見ている目の前で、獅子は人間へと姿を変えていった。全身が汗でびっしょりだった。長い距離を止まることなく走って来たのだ。髪の毛からも雫が伝い、息が荒くなっていた。 服を着ていないカリスに、メルグはマントを渡そうとして、カリスの頬の入れ墨に気づく。 カリスはメルグからマントを受け取るとそれを纏った。まだ話はできないようだった。額を流れる汗を拭って、カリスは息を落ち着けていた。 (どうしていままで気づかなかったのかしら。彼はヤベイ族の村長さんの息子だったんだわ) メルグは思った。 今まで頬の入れ墨に気づかなかったのは、カリスが化粧をしていたからだ。だが、汗のせいで化粧は流れてしまっていた。 女だとメルグが思ったのも、化粧のせいだったのだろう。 「カリスさん、どうしてわたしを助けてくれたのですか?」 カリスが落ち着くのを待ってから、メルグは尋ねた。 「……あなたが死ぬ必要はないはずです」 カリスは言った。 隣に座る少女はまだ若い。秘宝を取り出すために、なぜ殺される必要があるのだろうか。 「それに、あの獅子も……」 それは独り言だった。 獅子に変化する能力は、カリスに他の動物と意思疎通できる能力ももたらしていた。自分の身代わりとして、この国へ来た時に女王に渡され、それからずっと一緒に居た獅子だった。身代わりなのだから、本来はそこまで固執する必要はないだろう。しかし、闘いではなく、あのような形での死は、カリスは望んでいなかった。 「え、あの時のライオンのこと?」 メルグが尋ねる。 カリスがメルグを見た。 「ええ、そうですよ」 微笑む。悲しい微笑みだった。 「女王は、彼を殺しました。……役に立たないから、と。私が、彼に頼んだのに。あなたを殺すなと」 「え、じゃあ、わたしの秘宝を取れなかったから、ライオンは殺されたの?」 「違いますよ」 カリスは首を左右に振った。 「秘宝を飲み込んだ場合は、やはり、殺される事になっていました。ですから、どちらにしろ……」 利用されただけだったのだ。あの獅子も、自分も。 いや、自分は獅子ではないから、わかっていた。目の前に餌をぶら下げられても、喰いつく必要はなかった。わかっていたのに。 なぜ、女王に協力することになってしまったのだろうか。 自分の村に火を放ち、村の秘宝を持ち出した。 女王の言葉を思い出す。 『秘宝が全て揃えば、あなたの恋人を生き返らせることもできましょう』 復讐の為に忍び込んだ城で、女王にそう言われた。 実際の年齢より、十歳以上若く見える女王は、復讐により殺されようとしているとは思えない程、毅然としていた。 自信に溢れたフィスィスの言葉に、心が動いた。 まだ、恋人だった女性が死んで間もない頃で、心のどこかで、生きているのではないか、と思っていたせいだった。 今思えば、彼女の後ろにあの魔族がいたからこその、自信だったのだろう。 何人たりとも、フィスィスを傷つけることはできなかった。彼女は、人でない者の魔力で常に守られていた。 「けれど、助かってよかった。わたしは……いや、なんでもない」 カリスは言いかけてやめた。 助けられなかった人と、目の前のメルグを比べるのは、間違っている。 言い掛けでやめられるのは中途半端で嫌だったが、メルグはそれから先のことを聞こうとはしなかった。 「カリスさんは、秘宝の後継者なのですか?」 別の質問をする。 秘宝の後継者は、ヤベイの村で一番強い者だと聞いた。そしてあの時はマラザンが管理していたのだ。しかし、もしカリスが村に残っていたら、それはカリスの仕事だったかもしれない。 「過去一時期、そう呼ばれたこともあった。でも今は違うだろうな。それに、あの頃のことはあまり思い出したくない」 「すみません」 悪いことを聞いてしまったのだと思って、メルグは言った。 「いや、お前が悪いんじゃない。謝ることはない」 そこまで言って、それまでずっと空を見て話していたカリスが突然メルグを見た。 「ああ、すみません。どうもあなたといるとつい普通の話し言葉になってしまいます。結構敬語にも慣れたと思っていたのですが……」 そう言われて、メルグは驚いた。別にメルグはカリスがどういう話し方をしようと、気にはならなかったし、むしろ敬語より普通に話しかけられた時の方が自然な感じがしていた。 「いえ、そんなこと、…大丈夫です……」 言葉を選び間違えたような気がしたが、カリスには通じたようだ。 もちろん、カリスを全面的に信用してよいものか、まだ考えあぐねている。しかし、城から助け出してくれたのは事実だ。それに、もし、自分の秘宝を狙っているのであれば、先ほど獅子に変化した時に殺されていたはずだろう。 また、彼の緑の瞳は、嘘を吐いているようには見えなかった。 「あの、レジ……わたしの連れなんですけど、男の子と女の子がわたしと一緒にいたんです。カリスさん、知りませんか?」 「女の方なら知っています。彼女は秘宝を取ったあと、結界で故郷に戻されました」 「無事なんですね?」 「はい。女王の目的は秘宝だけです。人まで傷つけるつもりはないようです。ただ、あなたの場合は体内に秘宝を持っていたため、殺さざるをえなかったのでしょう」 カリスは言った。 (レジはどうしたのかしら) 「レジというのは、ハーフ・エルフなんです。秘宝は持っていません。彼のことを聞いていませんか?」 カリスは思い出そうとしているように考え込んでいる。 「ハーフ・エルフですか。わたしは聞いていません。この町まで来たのなら、恐らくまだこの近辺に居るでしょう。」 思い当たる事がなかったようで、カリスはそう言った。 「ところでどういう方なのですか、レジという人は?」 「わたしの幼なじみです。齢はわたしと一緒で十六、身長は……カリスさんより高いかしら」 「そう。彼はあなたの大切な人ですか?」 いつの間にか、質問する側と答える側が逆になっていた。 「そんな大切ってわけじゃ……。特別な人というのなら、絶対違います」 メルグは思いっきり否定した。 カリスはクスクス笑った。 「何がおかしいんですか 」 「いえ、あなたは本当はその方を大切に思っているんですね。わざとらしすぎる答えですぐ分かりますよ」 メルグは何と返せばいいのか分からなかった。 「でも、ほんとに、ただの友達なんですよ」 それが真実だった。 ただの、かどうかはわからない。一風変わった友達であることは確かだ。それに、レジはメルグが好きだ。それはよく本人が口にしているから、メルグでもわかっていた。 「友達」 メルグは小声で繰り返した。 「そう、それは良かった」 カリスは言った。 「え?」 「いえ、あ、そういうわけじゃ……。すみません。あなたがわたしの昔の知り合いに似ているもので」 「それで、さっきも敬語じゃない言葉でわたしに話し掛けたんですか」 カリスは黙ってしまった。 妙に気まずくなって、メルグも次の言葉を探せなかった。 一時して、カリスがやっと口を開いた。 「本当に、思い出したくないことなのに、駄目だ。絶対に忘れられない」 足元の地面を見つめる。別に地面に何かあるわけではない。何も考えずに済むように、何もない地面をただ見つめた。 「その、わたしに似ている人は一体どうしたのですか?」 メルグは思い切って聞いてみた。 話の内容から考えて、おそらくはもう死んでしまっているのだろう。それでも、自分に似ている人が居て、という話だから、聞いておかなければならないという思いが強かったのだ。 「……死にました。わたしの恋人だったのです」 その返事は、メルグの想像と大してかけ離れたものではなかった。ただ、死んだ相手が、カリスの恋人だったところだけ、違っていたが。 「……もう、これ以上聞かないでください。思い出したくない……」 カリスは答えた。 さっき獅子になってメルグを運んだ力強さはどこへ行ったのだろう。あるのは深い悲しみだけだった。 「わたしでは、駄目ですか? その人の替わりにはなれないのでしょうか」 なぜそんなことを言うのか、メルグは自分でもわからなかった。ただ、目の前に居る男性の悲しみを和らげたいと思っただけなのだ。 「優しいな。テュリアとそういうところまで似ている。でも、メルグにはわたしよりも大切な人が沢山いるだろう。その人たちを差し置いて、わたしでいいのだろうか?」 『テュリア』それがメルグとそっくりなカリスの恋人の名前だった。 「……構いません。わたしにできることなんて、たかが知れてます。わたしがあなたの為になるのなら、何でもします」 必死に言うメルグの頭を軽く撫でて、カリスは言った。 「その優しさはまだとっておきなさい。メルグにはまだよくわかっていないようです。あなたが本当に愛する人に出会うときまで、大切に取っておくべきです。……明日になったらレジ、でしたっけ? あなたの友達を探しに行きましょう」 「はい」 その日は大きな木の幹にもたれて眠った。 |