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『Eden』番外編〜シーファ 4
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翌日は、最後の日だった。午前中二時間くらいゲームをして、それから解散。 わたしはクレヴァス先生を探したけれど、見当たらなかった。 「先生、居ないね。」 クァラマダが言った。 「そう言えば、赤い先生も居ないわよ?」 別の一人が言った。 (え? ちょっと、何よそれ!?) わたしは先生を探しに行くことにした。もしかして、クレヴァス先生は赤い先生と一緒に居るかもしれない、そう考えるだけでも嫌だった。 わたしは神社の裏に行った。すると、運良く、先生もそこに居た。 でも、赤い先生も一緒だった。 わたしは、とっさに物陰に隠れて様子を伺った。赤い先生から、妙な雰囲気が漂っていたから。 赤い先生は、クレヴァス先生に何かひそひそと言っていた。赤い先生は、クレヴァス先生の顔を手でなぞったり、馴れ馴れしく体を近付けたりしていた。 けれど、その間クレヴァス先生はちっとも動かなかった。何をされても、黙ったまま。 「あなたの若い魂が欲しいわ。」 赤い先生が囁く声が、わたしにも聞こえた。 ただクレヴァス先生を挑発する為の言葉かもしれない。けれどそれよりも、わたしにはそれが、「精気を吸い取ってやる」という邪悪なものに思えた。 赤い先生の唇が、クレヴァス先生の唇に近付いた。 そこでやっと、クレヴァス先生が動いた。と、いうか、呪文を唱えたのだ。 「さあ、正体見せてもらおうか?」 先生は言った。 赤い先生は叫び声を上げながら、姿を変えていった。 血のような赤い、肉が露出したような化け物――魔族だ。 わたしは頭の中で、役に立ちそうな呪文を探した。いざというとき役立たずなわたしの頭は、一個も呪文を思い出せなかった。 でも、先生を助けなくちゃ、と思って、わたしは飛び出した。 はっきり言って、わたしは足手まといになっただけだった。 わたしに気付いた魔族が、わたしを盾に取ったのだ。 「シーファ!」 クレヴァス先生が言う。 「ほう、知り合いか。それは都合が良い。男、この娘を殺されたくなければ、わたしのためにその魂を差し出せ。」 魔族が言った。 「先生、やめて。わたしは構わないから……。」 「シーファ、そいつは掌(てのひら)にも口を持っているんだ。そこから精気を吸い取る。さらに、そいつの手は伸縮自在だ。」 わたしは自分を掴(つか)んでいる、その手を見た。つまり、魔族は、いつでもわたしを殺せるのだ。 「さあ、どうする? わたしはこの小娘でも我慢するがね。」 「わかった。オレの精気はおまえのものだ。だから彼女を自由にさせるんだ。」 クレヴァス先生が、降伏を示す形を手で作って、そう言った。 魔族はわたしを放さずに、片方の腕を先生へ伸ばした。 先生の首を、その手が締め上げる。すぐに、先生は目を閉じた。 そこでやっと、魔族はわたしを放した。 「先生!」 魔族は先生も放した。つまり、全て精気を吸い取ってしまった、ということだった。 わたしは先生に駆け寄った。 そうしている間、満足した魔族は逃げて行った。 「先生、先生、」 何度呼びかけても、返事をしてくれなかった。 (死んだの?) そう思って、脈を取ってみると、脈はあった。生きているのだ。 けれど、精気を失って、目覚めないかもしれなかった。 (どうしよう) わたしはおろおろと、どうすれば良いか考えた。 突然、先生の授業を思い出した。 人間は、自然と共に生きている、と。だから、魔法を使うとき、魔力を持つ木を杖にしたりして使うのだ、と。先生はそう言った。 (ばかげているかもしれない。それでも、目に見えない精気を吸い取る魔族が居るなら、その逆のこともできるかもしれない。) わたしはそう思って、大地に手をついた。 「自然よ、力を貸して。みんなの力を少しずつで良いから、分けて。」 そう言ってから、呪文を唱えた。呪文というよりは、まじないのようなものだったけど。 わたしは、力が自分の中に入って来るのを感じた。 わたしには、掌に口があったりしないから、口移しで力を入れる。と言っても、少し恥ずかしかった。でも、どうせ他に人は居ないし、そうしないとクレヴァス先生が目覚めてくれないのだから、仕方なかった。 わたしは、みんなから分けてもらった力を、先生に注いだ。 一時して、先生が目を開けてくれたとき、どんなに嬉しかったか! 「良かった。」 わたしは心底ホッとした。 「ありがとう、シーファ。……でも、君が出てこなかったら、もっとスムーズに済んでいたはずなんだけどな。」 「なんですか、それ!? わたしは、先生が居ないから、探してたんですよ?」 わたしが言うと、先生は笑って、それから、わたしに囁いた。 「オレが運良く神官になれたら、いつかネリグマにも行くだろう。そのとき、結婚しないか?」 「え、……でも、わたしと先生は、六日前に会ったばかりですよ?」 「だから、返事はシーファが大人になってからで良い。時々会おう。毎週土曜になれば、君に会いに行く。」 先生はそう言った。 「でも、どうやって?」 「魔法で。少々疲れるが、君に会うためなら、そのくらいどうってことないさ。」 不思議な気持ちだった。落ち着いて、わたしの大好きな先生を見ると、先生は、恥ずかしそうに笑っていた。 |