02年12月に読んだ本。   ←02年11月分へ 03年01月分へ→ ↑Indexへ ↓麻弥へのメール
●「さみしさの周波数」乙一[角川スニーカー文庫]457円(02/12/29) →【bk1】

乙一の新刊です。乙一は最近は各方面で注目を集めているので、自分の手から遠く離れていったみたいでちょっと寂しいなあ。(もともと私の手の中にあったわけじゃないことはわかっていますが。)
今回は「切ない系」の短編集です。雑誌「スニーカー」で掲載された「未来予報」「手を握る泥棒の物語」「フィルムの中の少女」の三つの短編に「失われた物語」の合計4篇が収録されています。
スニーカーのみっつの話は、それぞれちょっと切なくていい話ではありますが、「乙一フォーマット」という印象が。好きな作家さんの好きな世界の話ではあっても、読者はいずれ「慣れて」しまうもので… 作者が「切ない系」というレッテル貼られることに居心地の悪さを感じていることは知っているのに、読者としてはそういう「消費」の仕方をしたことが、なんだか作者に申し訳ないです。
書き下ろしの「失われた物語」は、とても絶望的な物語を、淡い光のように美しく仕上げた物語で、「切ない系」の路線から外れているものの、こういう静かで優しい残酷さがある意味乙一らしくて、今回の中では一番堪能しました。
乙一の切ない系の作品であれば、個人的なオススメは「失踪HOLIDAY」「きみにしか聞こえない CALLING YOU」あたり。ホラー系であれば、「ミステリ・アンソロジーII 殺人鬼の放課後」に収録されている「SEVEN ROOMS」が理不尽な恐怖とやるせない切なさが入り混じっていて、とてもよかったです。


●「マリア様がみてる 子羊たちの休暇」今野緒雪[集英社コバルト文庫]438円(02/12/26) →【bk1】

最近、一部で人気爆発中の、「マリア様がみてる」シリーズ最新刊。カトリック系お嬢様学校を舞台にした、ほんわかしたソフト百合なお話です。
今回は夏休みの話。祥子さまから避暑地の別荘で一緒に過ごそうと誘われた裕巳。喜び勇んでいったものの、二人きりでのんびりと過ごすわけにはなかなかいかずに…
お姉さまと気持ちは通じ合っているから、多少のトラブルはものともしないというか、むしろ「イベント」のひとつのようで。ラブラブなのはいいことですが、あまりに落ち着きすぎちゃったようで、この先の展開はどうするのかな?という余計な疑問を感じてしまいましたが。


●「君が幸いと叫ぶ時間 毎日晴天!9」菅野彰[徳間キャラ文庫]514円(02/12/23) →【bk1】

人気ボーイズラブシリーズ、「毎日晴天!」シリーズ最新刊。もう9冊目ですか。
東京の下町を舞台にした、帯刀四兄弟+2名の奇妙な同居生活での、ひとつ屋根の下の恋。ホームコメディなノリと、どうしようもない切なさが混在する物語です。
今回は長編ひとつと短編ひとつが収録されています。長編の表題作「君が幸いと呼ぶ時間」は大河と秀の話。思いが通じるようになった二人だけれども、ある日突然秀がもう小説を書かなくてもよくなった、と言い出してしまい… 菅野さんは今まで他の話で何度も秀タイプ…自分が何がほしいのか、悲しんでいるのか喜んでいるかもわからなくて、感情表現が苦手なまま大人になってしまったような子供…の心を凍らせていた雪が少しずつ解けてゆくような、そんな物語を何度も書いています。こういうモチーフは、(ボーイズラブではなく)JUNEと呼ばれるジャンルで昔から何度も何度も語られてきましたが、菅野さんも同じモチーフを何度も何度も語りなおしてしまうのは、作者にとってなにか書かずにいられない部分があるのかもしれません。ただ今回の秀の雪解けの仕方は、今までのとは微妙に違うように思えました。うまく表現できないけれとも、春の日差しを感じさせるもので、悪いものではありませんでした。
もう一つの短編「ザ・ブラコン・ブラザーズ」は、丈と明信の話で、中身はタイトルどおりということで。バカバカしいノリのなかで、ほろりとする一編でした。丈くんはかわいい彼女でも作って、はやく幸せになってもらいたいものだとしみじみ思います…


●「ねじの回転」恩田陸[集英社]1600円(02/12/18) →【bk1】

今度の作品は、「2.2.5事件」を舞台にした歴史改変ものです。SFに分類されるのかな?
恩田さんの作品ゆえに独特の色合いがあって物語に引き込まれたものの、世界設定の状況や、この歴史改変の仕組みがもうひとつわかりにくい部分もあって、読み終わったあとがどうもすっきりこないところがありました。とにかく分厚かった…


●「海賊島事件」上遠野浩平[講談社ノベルス]900円(02/12/15) →【bk1】

「紫骸城事件」に続く、仮面の戦地調停士・エドのシリーズ3作目。魔法ありのファンタジー世界を舞台にしたミステリのシリーズです。
誰一人として立ち入ることができなかった塔の上で、ある姫君が遺体で発見された。水晶に閉じ込められた、あまりにも美しい姿で…
そして犯人が逃げ込んだとのことで、国家のバランスの隙間を縫うようにわたってきた海賊島ソキマ・ジェスタルスにダイキ帝国軍が犯人引渡しを要求し、開戦は避けられない状況になった。事態を打開させるために海賊島の首領が選んだのは、七海連合に仲介を頼むことだったが…

シーンの派手さといい、クセのあるキャラクターの魅力といい、このシリーズの中では今回の話が一番おもしろかったです。エドはもうひとつ出番が少なかったものの、今回の実質主役である海賊島の首領であるムガンドゥ三世のキャラがいい味だしてたなあ。二世の「動機」もよかったし。ああいうクセのある人物を描写せると上遠野さんはうまい。
ミステリとしては、美しい謎の答えがあまりにも「実も蓋もない」結果になってしまうところが、個人的には好みでした。謎を解くということは、そういうものかもしれませんが。
物語としてはそれぞれ独立したシリーズですが、今回の話は一作目の「殺竜事件」に登場したキャラがたくさん活躍しているので、そちらを先に読んでいた方がいいかも。


●「源氏がたり1 桐壺から松風まで」田辺聖子[新潮文庫]552円(02/12/13) →【bk1】

私が高校の頃、田辺聖子訳の「新源氏物語」を読んだ記憶があります。たしか友達がおもしろいからと薦めてくれたから読んだ記憶があるのですが、やはり日本の古典として多少の知識はあった方がいいんだろうなあ、と考えたせいでもありました。だって、原典ではとてもじゃないけど読めないですから、現代語訳でないと。
実際に読んでみると、普通の小説としてもおもしろく、豪華絢爛な平安絵巻、そして微妙な気持ちの流れにも酔ったものでした。
そのあと源氏物語といえば、橋本治の「窯変・源氏物語」を全部読んだのと(こっちはどことなく退廃的な雰囲気で、別の作品として楽しめました)、田辺聖子さんの女人の視点から物語をコミカルに解釈した短編集も楽しんだ記憶が。
前置きが長くなりましたが。この本は、口語で書かれていることからして、おそらく田辺さんがどこかの講演会で源氏物語について語ったものを文章化したもののようです。源氏物語を知らなくても背景となる平安時代の文化から説明があり、物語や重要人物のアウトラインが理解できるように平易に語られていますので、源氏物語入門として「ちょっと覗いてみる」というのに向いているかも。文芸や絵画、工芸などにも大きな影響を与えた作品だけに、基本的な知識はあった方がよさそうですし。
今回の話は、最初の「桐壺」から、源氏が都に戻ってきた後の「松風」までの話で、このシリーズは全部で三冊で完結するようです。


●「蛇行する川のほとり1」恩田陸[中央公論新社]476円(02/12/05) →【bk1】

恩田陸の新シリーズ。薄い本ですが、三部作になる予定だそうですが、恩田さんの物語ですから最終的には4冊くらいになってそうですが。一冊ずつは薄いです。全部でまとめて単行本一冊くらいの分量になるのかな?
今回は、恩田陸お得意の、独特の色合いのある学園もの。「麦の海に沈む果実」が好きな人には、ツボにハマるのではないかと。
まだ物語は始まったばかりですが、ミステリアスな展開で続きがでるのが楽しみです。


●「白い矢 黄金の拍車」駒崎優[講談社X文庫ホワイトハート]550円(02/12/05) →【bk1】

「黄金の拍車」シリーズ最新刊。
騎士に叙任され、忙しい日々を送っているリチャードの元に、コーンウォール伯から馬上槍試合への招待状が届く。懐かしい人たちに会うために、ふたりはトビーを連れて、試合への参加ではなく観戦に出かけた。目立つつもりはなかったふたりであったが、やはりトラブルに巻き込まれてしまい…
今回も全体的にまったりとした進行でした。
このシリーズの魅力というのは、「まったり感」だと思いますが、今回も馬上試合という華やかな舞台なのに、主人公たちは見物しているだけという、全然「血沸き肉躍る」展開じゃないところが素敵です。前に戦争の話になったときも、主人公たちはひたすら待機しているだけもんなあ…
お兄ちゃんの再登場など嬉しいこともありましたが、愛しのジョナサン司祭が出てこなかったのが寂しかったです。
中世イギリスの田舎を舞台にした、ふたりの成年騎士(前シリーズでは騎士見習い)の日常の冒険談。剣はでてきてもちょろっと、魔法はまったくない世界のお話ですが、まったりと息抜き読書にオススメのシリーズです。


●「天気晴朗なれど波高し。」須賀しのぶ[集英社コバルト文庫]476円(02/12/03) →【bk1】

流血女神伝シリーズの番外編で、トルーハンとギアスの若い頃のバカ話です。
海軍一家の名門・ギアス家の三男、ランゾットは軍人になるよりも小説家を目指していたが、諸般の事情で海軍に入ることに。入隊前夜、兄に連れられて入った酒場でランゾットは乱闘に巻き込まれてしまう。そこで出会った同じ海軍士官候補生のコーアは海のように陽気な男だった。
「キル・ゾーン」の陸軍、「天翔かけるバカ」の空軍に続いて、今回は海軍の話。頭はいいけれども体は丈夫ではなくて、船酔いしやすいギアスが、過酷な罰を受けつつも「これは小説のネタになる」と考えてるシーンがおもしろかったです。
「流血女神伝」の番外編ではありますが物語として独立しているので、これだけ読んでも大丈夫。


●「青の炎」貴志祐介[角川文庫]667円(02/12/01) →【bk1】

評判の作品がついに文庫本化。
17歳の秀一は母親と妹と3人暮らしを平和に続けてきたが、その平和は母親のかつての再婚相手の男が現れたことで崩れてしまった。家族のために男の横暴にずっと絶えてきた秀一だったが、男の手が母親と妹に伸びていることを知った秀一は、男を亡き者にするために完全犯罪の計画を練るのだが…
家族を幸せを願った上での、少年の殺人。切ない青春ミステリです。貴志さんはうまくてソツない物語を書く方だという印象があるんですが、この話にしても「大人が書いた青春小説」ぽくなく、テクニックだけで書いた話にならないあたりが、この人のうまさではないかと思いました。それとも凛とした少年の気持ちがまだ作者の中に残っているのかな。
大切な人を傷つけたくないから、黙ってこっそりと相手のために、自分ひとりの判断で行動すること。それは大切に思う気持ちからの選択かもしれないけれども、相手にとってみればなぜ相談してくれなかったんだ、苦しみを一緒に共有したかったのに…という気持ちになるのではないかと思います。そういう部分にやりきれなさを覚える物語でした。切ない話が好きな人に、オススメ。


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