04年09月に読んだ本。   ←04年08月分へ 04年10月分へ→ ↑Indexへ ↓高永麻弥へのメール
●「美食探偵」火坂雅志[講談社文庫]695円(04/09/30) →【bk1】【Amazon】

本邦初のグルメ小説「食道楽」を書いた、明治時代の実在の文豪・村井弦斎をホームズ役とする、連作ミステリ短編集。
ミステリとして特筆するべきトリックや謎があるわけではないですが、明治30年頃の変わりゆく日本の空気がうまく描写されていて面白かったです。当時の名士や有名政治家も作中に登場するのですが、若かった頃に司馬遼太郎幕末作品にハマってた身にとっては懐かしい名前(松本良順先生とか)がでてきて、感慨深かったです。
ただ、食事シーンが多いわりにはそれほどおいしそうに思えなかったのが少々残念でした。


●「夏の名残りの薔薇」恩田陸[文芸春秋]1857円(04/09/29) →【bk1】【Amazon】

毎年、秋の終わり頃に国立公園の奥にある豪華でクラシックなホテルを借り切って行われる、沢渡家の老いた3人姉妹主催のパーティー。奇妙な悪意に満ちた宴が嵐に閉ざされた夜に、起こったできごとは…
大時代的なミステリを思わせる多くの符号によって編まれていますが、いかにも恩田陸らしい物語でした。
目覚める直前にみた夢のようなとりとめのないイメージの奔流、薄皮が少しずつ向けていくような心理描写がとても素敵で、少し毒がまぶされた物語を堪能しました。特に、→豪奢なホテルにさらさらと砂が降り積もっていくイメージが素晴らしいです。「冷凍みかん」(これは別の作品ですが)と対になるような終末感が。
ただ、ラストは個人的には→いっそのこと、いつまでも壊れたレコードが回っているようなお話に←してほしかったなあ。
巻末には恩田さんのインタビューも掲載されています。
本の厚さのわりには350ページ程度とページ数が少なくて、あっさりと読み終えてしまったのが少々残念。
「本格ミステリ・マスターズ」のラインナップの1冊でありますが、ミステリに論理的な美しさを求めているような人にはこの物語はちょっとあわないのでないかと思います。


●「青い蜃気楼 小説エンロン」黒木亮[角川文庫]629円(04/09/28) →【bk1】【Amazon】

2002年末にプレジテント社より出版された「虚栄の黒船」に加筆修正の上、改題されての文庫本化。
2001年2月に「フォーチューン」誌上で「全米最強500社ランキング」の第7位となった、アメリカの大手エネルギー企業エンロン。そのエンロンがわずか10か月後の2001年12月に破綻した。アメリカ資本主義の問題点をあぶりだすきっかけとなった衝撃的な破綻の原因となった、華やかの企業の裏側で起こっていた出来事を、エンロン幹部の動きにスポットを当てて描きだした「小説」です。
「小説」という形で描かれているためにどこまでが真実なのかはわからない部分はありますが… おもしろかったです。エンロン破綻のニュースが報道されていた当時、「なぜこんなひどい状態が今までわからなかったのかな」と興味を持ったことはありましたが、当時は深く調べないまま終わったせいで、この事件は自分の中で消化し「実感」にするにはいたりませんでした。そのためか、今回もノンフィクションというよりはフィクションを読むような気持ちで読んでしまいました。
アグレッシブな経営によって、途方もないスピードで成長してゆく企業のダイナミズム。ひとりの社員のアイデアと情熱から始まったエンロンオンラインが、多くの社員を巻き込んでゆくあたりは読んでてワクワクしました。その一方で、その裏側にあった行き過ぎた会計処理と、「売上げ」のためには何でもやるという企業文化の描写にはただ読んでるだけなのに苦いものを感じました。それが向かう先がどうなるか、本当に誰も想像してなかったのかなあ…、と。


●「Dr.フロイトのカルテ」檜原まり子[講談社X文庫ホワイトハート]580円(04/09/19) →【bk1】【Amazon】

世紀末のウィーンを舞台に、巻きこまれた事件を鮮やかに解決する若い頃のフロイト先生を、彼を慕う助手の視点から描いた短編集です。ボーイズラブで活躍している作家さんですが、この作品は非ボーイズラブです。
あまり期待せずに買った本だけに、予想以上に楽しめて満足でした。
食事を受け付けなくなった少年のお話、突如として決めたばかりの結婚を忌避するようになった女性の話、そして自分の命が狙われていると思い込んだ大富豪のお話の3つの短篇が収録されています。ミステリとしてはそれほど凝った作品ではありませんが、読んでて癒やされる物語でした。
なんといっても学者バカなフロイト先生がとても愛らしい。そしてそんなフロイト先生をとりまく人々の見る目の暖かさ。
決して楽な暮らしではなくても、前向きに楽しく生きる人々。
世紀末ウィーンの町の香りが素敵で、出てくる料理やお酒が本当においしそうで、読んでてまったりとした気持ちになる本でした。駒崎優作品が好きな人にオススメです。
あと今市子さんのイラストがとても素敵です。酔って饒舌になっているフロイト先生のイラストのなんてかわいいこと!! 続編がでてくれたらいいのですが。


●「倒錯の帰結」折原一[講談社文庫]857円(04/09/17) →【bk1】【Amazon】

「倒錯のロンド」「倒錯の死角」に続く三作目。
前からだと「首吊り島」という物語が語られ、そしてひっくり返して裏側から読むと「監禁者」という物語になり、真ん中の袋とじ部分に「倒錯の帰結」というふたつをつなぐ物語がある…という非常に凝った構成となっています。
こういう本の作りへのこだわりは素敵だと思うし、メビウスの輪を思わせるような物語も頑張って作ったなあ、とは思うのですが… 作中の事件にあまり魅力を感じられなかったのが、個人的には辛かったです。


●「とんまつりJAPAN 日本全国とんまな祭りガイド」みうらじゅん[集英社文庫]520円(04/09/14) →【bk1】【Amazon】

巨大な男性器を神輿にして町を練り歩く。奇妙な化粧をして、ひたすら笑う男がいる。
その町の人々にとっては長いこと続いていた神事だけに、感覚が麻痺して「普通」に思えることでも、知らない人からみたらあまりのアレっぷりに驚いてしまう、そんな「とんまな祭り」を日本全国追いかけた本です。
2000年にハードカバーで出版された本の文庫本化。
とにかく愉快でした。電車の中では絶対に読んではいけない本であります。(いろんな意味で)
一番笑ったのは、「悪口祭りの巻」のオチでした。まさに自業自得ではありますが…
それにしてもどんなマイナーな祭りにでもカメラオヤジたちが陣取っているって、不思議ですねぇ。有名なお祭りであれば「写真」として見栄えがするから題材としておいかけるのはわかるけれども、ここに出てくる祭りって… 自己満足なのか、そういうキワモノ題材(失礼)が高く評価される写真コミュニティがあるのか。不思議です。


●「暗黒館の殺人 上/下」綾辻行人[講談社ノベルス]570円(04/09/12) →【bk1】上/下 【Amazon】上/下

前作の「黒猫館の殺人」から、すでに8年。でも、8年も待った甲斐がありました。シリーズ集大成となる大傑作。
辺鄙な場所に立てられた、独特な空気のある館と、そこに住む謎を秘めた一族。切り離された世界で起こる、理不尽な殺人事件。
上巻でゆったりと描写された、大時代的なミステリの空気を堪能しながら、「謎の展開がイマイチでもこれだけの空気を味わえたら満足だなあ」と思いながら読んでいくと。下巻に入ってからが怒涛の展開。様々な謎が解明され、その過程で浮かび上がってくる絵の放つ魔力に絡め取られて読むのを止めることができず、夜中まで読み続けました。次の日には仕事があるのに、やめられなくてミステリを読み続けてしまったのはいつ以来だっけ…
今回は「囁き」シリーズに通じる匂いが強い作品でした。幻想小説の部分と、ミステリ部分との融合が見事。
黄昏から夜に移り変わってゆく時間の昏さに惹きつけられる人にオススメな作品。今までの「館」シリーズ未読でもミステリとして読むのには支障はありませんが、過去の作品に絡んだ仕掛け部分をわからずに読むのはあまりにもったいないので「十角館の殺人」から読むことをオススメします。
下巻で一族の秘密やダリアの祝宴の真相が明かされていく過程はすごかったです。
結局、彼らが不死の妄想にとり憑かれているだけなのか、本当にダリアの祝福はあるのか、どちらとも解釈できるような描写に徹しているのはさすが。
今回のしかけのうちのいくつかは途中でわかりましたが(中也の正体と時間のこと、肉の正体あたり)、これだけ豪華に色々なしかけが詰め込まれていたら、ひとつふたつ分かったところでおもしろさを損ねるわけがなく。
注射のシーンでの描写が色っぽいなあ、妄想が刺激されるなあと思ってたら、全然妄想じゃなくてびっくりでした。実はそうだった、というのがこの作品の中では一番驚愕だったかも…


●「ビートのディシプリン SIDE3 [Providence]」上遠野浩平[電撃文庫]570円(04/09/10) →【bk1】【Amazon】

「ブギーポップ」とは銘打たれていませんが、世界も登場人物も共通するシリーズ「ビートのディシプリン」三作目。
統和機構の探索型合成人間のピート・ピートこと世良稔はフォルテッシモに「カーメン」の探索を押しつけられ、調べているうちにいつの間にか統和機構に命を狙われ、逃げ回るハメになった。次々と現れる戦闘型合成人間たちの襲撃にビートは…
最初読みだしたときに、話がもうひとつ見えてこなくて。前作から1年ぶりですから。よくわからないまま読み続けるのはよくない気がして、途中で一度読むのをやめて、既刊や関係ありそうなブギーポップのシリーズを読んでから再挑戦。ある程度分かって読みなおしたら、色々なものが見えてきて面白かったです。結局、上遠野さんは一作目からずっと同じことを書き続けているんだなあ…としみじみ思いました。(悪い意味ではなく)
バトル、バトルの連続だったこのシリーズも、いよいよ、本筋が見えてきた感じに。
あの大物も本筋に登場してきて、気になるところで終わっています。次巻で完結とのことですが、どういう形で締めくくってくれるのかを楽しみにしています。
本格的に統和機構の次期中枢《アクシズ》選びの話になりましたが。本命が末真さん、予備(?)がレインだとして、ラストの思わせぶりなところからして、フォルテッシモも候補なんでしょうか? でも彼はあんまり頭よくないから無理だ…
ビートも次の中枢《アクシズ》候補で、試練を与えることで力を引き出そうとしているのか… いや、彼の場合は方向が違うように見えます。
少しずつ話に出てきた「カーメン」ですが、私なりの予想をすると… "神の不在"なのではないかと。運命という糸で編まれた、"何者かによって"作られた世界。でも、すでに"管理人"はいない。だから世界にほころびがみえていても、それを修復してくれる人はいない。…これらはすでに上遠野さんの他の作品でも似たような話がでてきたから、このブギーポップの世界でも同じようなこともあるかもしれない、と思ったのでした。
ラウンダバウトのレインへの忠犬ぶりに萌えだったので、ラストの方にはキモをひやしました。ああ、よかった… あと、凪の活躍がカッコよかったです。


●「バッテリー2」あさのあつこ[角川文庫]620円(04/09/06) →【bk1】【Amazon】

童文学の枠を超えた作品として名高い「バッテリー」シリーズ、文庫本版の二作目です。
同じ中学に中学した巧と豪。そこで待っていたのは、がんじがらめに管理しようとする息苦しい学校生活だった。
すぐに野球部に入部するつもりだった豪と比べて、巧はどうも煮え切らない。巧の目からみて、新田中の野球部は、野球をやりたくてやっているよりも、やらなければいけないことをこなしているようにしか見えなかったのだ。
それでも野球部に入部した巧と豪。実力も自尊心も高い巧の態度は、高圧的な監督に反感を買い、また先輩から陰湿な嫌がらせをも誘うのだった…

私は巧という少年が苦手です。今回の話も読みすすめるのが正直辛かった。
彼のあまりの頑ななところが、見ていて怖いからかもしれません。外からの力を受け流さずにすべて受け止めてしまう強さは、何かの拍子にぽっきり折れそうに見えて。彼の強さは、そう簡単に砕けるようなものではないのは頭では分かっていても。
私にとっては、弟の青波の方が、緩やかに受け流すことができる柔らかい強さを持っているから巧よりもはるかに安心して読めます。
でもそういう危うい煌きを見事に切り取っているからこそ「バッテリー」という物語が多くの人をひきつけるのでしょうね。
あとがきからするとこのシリーズは6で完結とか。ハードカバー版は現在は5まででているようですが… この続きは完結編が文庫で出揃うまで待ってから読もうかと思っています。このシリーズを一冊ずつ時間を置いて読むのは、私にとっては少々苦行なので…


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