今週のヒカルの碁。第116局「千年の答」。対局は終盤にさしかかっていた。名人は考える。もう局面は小ヨセに入っている。状況は細かいが一本道だ。しかもこの相手ならばミスをするようなこともないだろう。このままでは自分の半目差負けとなる…そして名人が選んだのは、投了の道だった。
あの名人の負け宣言に驚く観客たち。みんなそれなりの腕の持ち主ではあるが、終盤まで完全に読みきったわけではなく、あまりにも細かい局面のために勝敗のゆくえはまだはっきりとはわかっていなかったのだ。
さすがに緒方さんには名人の負けは見えていたようだが、それでも驚きの色は隠せなかった。名人は沈着に対局をしていた、それなのにさらにsaiはその上をいった。あのsaiの一手、そこからの展開で名人が巻き返す道はあったのか?を考え続ける緒方さん。「sai! 何者だ! sai!」
一方アキラは、「saiは昔のヒカルに似ている」と確信を抱く。「こんなの! なんの答えにもなってないけど!」
対局終了後の佐為は満足そうだった。名人ほどの相手と互いに全力を尽くし、ハイレベルの対局を行うことができた。名人に感謝し、そしてヒカルにも感謝をしようとしたが…ヒカルはなにやら考えこんでいる。そしてヒカルは、名人の終盤の一手について、別の手を示し、そこに打っていれば佐為に勝てたのではないか?と指摘する。動かしようない、ベストの対局だったはずなのに、さらに上をゆく解答を示され驚く佐為。そのとき、佐為に天啓のようにある考えが浮かんだ。「神はこの一局をヒカルにみせるために私に千年の時を永らえさせたのだ」と。
今週もセンターカラー。扉絵のヒカルの質感と躍動感がすばらしいです。でもこんなに頻繁にカラーで大丈夫かなあ。
さて、今回はまさにこのマンガが「ヒカルの碁」であることを思い知らされました。あまりにも早すぎる頂上対決には、こういう意味があったとは。「ヒカルの碁」はヒカルと佐為はW主役ぽい構成となってますが、ヒカルは「碁」について佐為という「初めから最強」キャラに引きずられてる部分があったんですよ。今回の対局も佐為のためのエピソードかと思ってたんですが、実はその対局もヒカルの可能性を示す踏み台となるものでした。
佐為が何度も自問した「なぜ神は私をヒカルの元に降臨させたのか」の答えがこんなところででてくるとは思いませんでした。ヒカルの才能については、今までには「記憶力、集中力がすごいこと」「おもしろい発想の手を打つときがある」(一見悪手)ということが描かれてきましたが、佐為や名人、アキラなどに比べるとそれもさほど光るものではなかったように思います。それが今回は名人や佐為のヨミよりもさらに上をいく可能性を示しました。もっともそれをもってすぐに「ヒカルは佐為より強い」とは言えないでしょうが。今の段階ではヒカルは時折すばらしい閃きを見せますが、一局すべてにおいて最善の手が打てるほどヨミが強いわけではないでしょうし。私が思うには、ヒカルは理屈よりも感覚的に一手が浮かぶのではないでしょうか。要するに天才型。碁の神様と対話する可能性を秘めてるのでしょう。竹本健治のマンガ「入神」(南雲堂 905円)を思い出します。あそこでいうと桃井タイプなんじゃないかなあ。ちなみにこの話も神の一手を極めるために見せる棋士たちの執念の一局の話。作者は本業が小説家なので絵はうまくないんですが、とにかく話はおもしろいので興味があったら読んでみてくださいませ。
さて、今後の展開。まず名人は引退するでしょうね。あの人も頑固そうですから、前言を翻すとは思えない。でもあの五冠の名人が第一線から退くハメになるとは…名人は本来想定されたラスボスだったはずですよ? さすが、ほったさん。豪腕と呼ばれるだけのことはあります。
で、名人が引退したら、緒方さんが不戦勝でタナボタで十段ゲットなんでしょうか。緒方ファンとしては待ちに待ったタイトル獲得ですが、こんな譲られたような形でのタイトル取得は不服です。できれば緒方さんもそんな自ら奪ったのではないタイトルなんか拒否してもらいたいものですが…
アキラはまたしてもヒカル自身ではなく佐為の方をみてしまうことになりましたね。せっかくヒカルそのものを見てくれるようになってきたのに…またしてもヒカルとアキラの絆がこじれることになりました。でもアキラは家に帰ったらやはり父親を問い詰めるのかしら? でも名人は口外しないと約束した以上、絶対に言わないだろうなあ。
その名人にしても、ヒカルと佐為のことを混同するハメになりそうです。名人もこのままでは引き下がれないと思いますが、どうするんでしょうねぇ。
1年半前のsaiの活躍くらいなら囲碁マニアの間で語られるくらいで済んでますが、五冠の名人が突然引退、しかもそれは正体不明の棋士・saiにやられたせいだとなったら囲碁界に留まらず、一般マスコミまでsaiの正体について騒ぎそうな気がするんですが…そうなったらヒカルもうっかりネット碁ができなくなるから、またしばらくsaiは人と対局できないかも。
今週号を読んで私が一番心配したのは、佐為消滅の可能性。…あの囲碁への執念の化身のような霊が、「本因坊秀策」として数多の名局を打っても満足しなかったあの佐為が、名人とのたった一局で「神の一手」を極めて成仏するとは思ってないんですが…でも今回「神が自分に与えた役割」を悟ったことで「私の役割を終えた」と消えちゃわないかなあと不安になりました。普通の少年マンガでは、実質一番人気キャラを途中退場させることはまずありませんが、加賀くんの再登場はなく伊角さんをプロ試験に落してしまったほった先生のことですから、何があってもおかしくないし。…という気持ちがあるのも確か。どっちにしてもこのマンガがヒカルの成長を描く「ヒカルの碁」である以上、いずれ佐為はヒカルの元を離れ、ヒカルは自立しなければいけないのですが、それはもっと先ではないかと思ってたんです。ヒカルが佐為を負かすことでやっと成仏できる、と。いわゆる「佐為ラスボス」説ですね。でもほったさんが誰でも考えつくような展開に素直にする方とも思えないですし… 展開的には、ここでヒカルが佐為を失うことで自立を強要されるのもおもしろいかと思うんです。世間は佐為の存在に騒ぐだろし、塔矢親子もヒカルをsaiではないかという疑惑を持っている。そんな中で、本当のsaiは消失してしまった…というのも。でもそれよりも、佐為がヒカルの元に留まって、ヒカルと佐為の変化していく関係、その葛藤もちゃんと描ききってもらいたいという気持ちの方が大きいですね。
ものすごく失礼な言い方になってしまいますが、ヒカルのところに降臨したときには佐為にとってヒカルは自分が「神の一手を極める」ための外部へのアクセス手段でしかなかったのではないかと思っています。…そのためヒカルに「打たせて貰えない」ことで、元々ヒカルなしでは他者へ意思さえ伝えることができない佐為はアイデンティティの危機を感じるようになりました。それで1度ヒカルとやりあって、それで気まずくなったこともあって、今回の名人と佐為の対局が実現したわけですが。
佐為にとっての価値は今回の件である意味ひっくり返ってしまいました。アキラの新初段戦のあと、佐為は「塔矢アキラという存在はまるでヒカルを成長させるために神が用意されたかにみえる」と感じていますが、まさか自分までヒカルのために用意された存在であると考える日がくるなんて、思ってもいなかったでしょう。もちろんこれは佐為がそう感じているだけであって、各キャラはそれぞれ主体的に存在し、行動しているわけですが。でもこの日を境に佐為とヒカルの関係もまた微妙に変わるでしょう。佐為にとってヒカルは自分の弟子からライバルになっただけではなく、囲碁の神様の寵愛を巡る相手にもなってしまうわけです。
ただ佐為というキャラは、自分を陥れた相手への恨みではなく、純粋に囲碁を打ちたいとう一途な思いゆえに怨霊化したほどの存在です。囲碁の神が選んだのが自分ではなくヒカルなのではないかと思うようになっても、囲碁への思いは絶対に捨てられないはず。一時的には物分かりよくヒカルの師匠でいることを選んだとしても、いつか必ずヒカル以外の相手とも真剣な対局をしたいという思いが押さえられなくなるでしょう。そのときに自分が佐為と混同されることをよしとしないヒカルとの間に深刻な溝が生まれるかもしれません。「ヒカルの碁」の初期設定からするとこの問題は避けて通れないはずですので、ほったさんにはそのあたりを真正面から語っていただきたいものです。この辺りはすでにいくつも伏線が引かれていますから、なんらかの形で描かれると思っていますが。
今週も絵に力があって素晴らしいです。絵から微妙なニュアンスまで伝わってきて。佐為の表情、しぐさも美しいのですが、今回のベストショットは「どう!? 佐為」と言ったあと振り向いたヒカルの顔ではないかと。あの表情。力強い、まっすぐな瞳。…いい顔してるなあと思います。何百と費やした言葉よりも、たった1枚の絵でキャラの気持ちを雄弁に語れる小畑先生の画力に乾杯。
予告は「名人の病室でヒカルを待っていたものは…!?」 まさか名人の体調悪化なんて事態じゃないですよね? それだけは絶対嫌だけども、ほったさんはそんな読者が誰でも思うような展開にはしないとは思います。じゃあ、どうなるんだろう…来週が待ち遠しいです。