入国許可証を買って、メルグたちはゼルム公国に入った。 国が違うとはいっても、大した違いがあるわけではない。何しろ、ゼルム公国はガズナターガ国に回りを囲まれているのだから。公用語もメルグたちの使っているものと同じ。それならシグナ族の方が外国人のように思えた。 シーファとクレヴァスは結界で移動しただろうが、メルグたちは徒歩だったからかなりな日数を移動に費やした。 魔法使いが三人も揃っていながら、移動用結界を張る能力を持つ者が一人も居ないのが不思議なくらいだ。 空を見上げると、いつもレジの友達の不死鳥が舞っていた。 「ねえ、そういえばあの鳥、ずっと付いて来てるみたいだけど、そのままで大丈夫なの?」 アマルナが聞いた。 「封印解いたのはいいけど、おれに封印する力が無いからずっと空に居るんだ」 レジが答える。 「あ、そうなの。まあ、危害を加えるわけでもなさそうだし、大丈夫だと思うけど。でも封印の力も無いなんて……」 「それが俺のチャームポイントだから」 レジはその点についてはもうずっと前から開き直っていた。 アマルナが、レジが魔法を使えないのをからかうように言うので、レジも慣れてしまったのだろう。 何日も一緒に過ごす内に、アマルナはメルグ達にに敬語を使わなくなってきた。 「頼りのハーフ・エルフがこれじゃあ。わたしたちがしっかりしなきゃ。メルグさん、何か武器持ってる?」 「武器って剣とか銃とか?」 「違うわよ。そんなもの持ってたら捕まるじゃない。マジック・ブレスレットとか、そのたぐいよ」 アマルナに言われて、メルグは首を横に振った。 「じゃあ、どこかで買わなきゃね。多分これから必要になるわ」 「さっき前通ったけど」 レジが言った。 振り向いて見ると魔法ショップがあった。 「なんて都合いいのかしら。まるで漫画ね」 メルグは呟いた。 「いらっしゃい」 店には愛想の悪そうな男性店員がひとり。一応挨拶だけはするが、それ以外は自分は本を読み出して客の相手はしないような人だった。 「おい、メルグ見てみろよ。これなんか十六年前に発売された最初のマジック・ブレスレットだぜ?」 レジが言った。 それのどこかに十六年前の物だと書いているわけではない。レジは知っているのだ。 「そういう物に関しては詳しいのよね、あんた」 メルグは言った。 (でも、そんな古いのがあるってことは、ここは中古屋さんなんだ) メルグは思いながら店の商品を見た。 中古だからといって質が落ちるわけではないが、前の持ち主の癖が付いていて使いにくくなることはある。 「ちゃんと選んだ方がいいわよ。相手は魔族関係の人かもしれないから」 アマルナが言った。 「魔族?」 「そう、この国は魔族と契約を結んでいるっていう専らの噂だから。それだからシーファ様が心配になったんでしょ」 店の男が本を読むのをやめて、アマルナを見た。 「アマルナ、危険だ」 レジが言った途端、シャッターを閉めるような音がして、辺りの雰囲気が変わった。 「結界!」 三人は店に居るただ一人のおじさんを見た。結界を張ったのは彼以外に考えられなかったからだ。 店の中はそのままだ。灯りもついているし、外からの太陽の光も入ってきている。しかし、聴こえるはずの、人々のざわめきは、まったくない。外との連絡が全く途絶えたという感じだった。 「ようこそ、私の結界の中に。あなたがたは神社の関係の方ですね。困るんですよねぇ、そういう人達って」 男はカウンターに肘をつき、薄笑いを浮かべてそう言った。 「いきなり敵と遭遇ってこと?」 メルグが言った。 「そしていきなりここで最期かもしれませんね」 男が言った。 「冗談じゃないわ」 アマルナが続けて呪文を唱えた。金の腕輪が光る。 「ニマサロケセマソ!」 ドオォン 爆発したような音がして、男が右肩を押さえた。アマルナの魔法が男の右肩に当たったのだ。 「あのさあ、メルグ」 レジか言った。 「何よ。この非常時に」 「メルグ確かシーファさんからマジック・ブレスレット、 渡して貰わなかったっけ?」 「あーっ、そういえば!」 メルグは肩にかるっていた荷物を地面に置いて、中を探した。 そんなことをしている間に、アマルナが飛ばされて店の陳列棚にぶつかった。 「アマルナ!」 レジがアマルナに駆け寄ろうとしたが、男が行く道を阻んだ。 「おや、あなたはハーフ・エルフですか。珍しい。けれど、邪魔する者は全て消すことが私の仕事ですから、覚悟しなさい」 「おまえなんかにやられてたまるか。ガル・ゼレンド・サンサロー」 レジが呪文を唱える。 シーン 何も起こらなかった。 「あれ?」 不思議がっているレジに、男は笑いをこらえた声で言った。 「呪文が違ってますよ。正確には、ガル・ゼンニ・サンサロー」 強い閃光が走った。 「ウワァー!」 レジが吹き飛ばされた。 「ホントに役に立たないハーフ・エルフなんだから」 後ろでアマルナが言った。 「あった」 やっと腕輪を見つけてメルグが言った。 「さあ、覚悟なさい。これさえあれば百人力よ」 「わたしも加勢するわ」 アマルナが言った。ちなみにレジはまだのびている。 「キコシ・キケワ・スヨ!」 「カンチツ・ツナノム!」 炎が舞った。 「たかが人間にこれほどの魔法が使えるのか? ……そうか、お前たちは! ――うわーっ」 男が散った。何かを叫びながら。 「結界が消えたみたい」 メルグは呟いた。 「あいつは死んだの?」 「さあ。気絶しただけだと思うけど」 アマルナが答えた。 魔法が当たった瞬間、何かが弾けたようにも見えたのだが、男はカウンターにうつ伏せて倒れているから、見間違いだったのだろう。 「さあ、メルグさん、役立たずのハーフ・エルフさんを起こしてあげて」 「レジだって、いつも役立たずな訳じゃないわ。役に立つときだってあるんだから」 メルグはレジを起こしに行きながら言った。 「レジさんの肩持つんだ。へぇ。いつもメルグさんが言ってることを言っただけなのに」 「何か引っ掛かる言い方ね」 「気にしないの。それよりほら、何か貰っていきましょうよ」 「でも、それって泥棒……」 メルグに呼びかけられて、やっと起きたレジが言った。 「じゃあ、お金払うつもり? あの男に」 アマルナに言われて、メルグとレジは首を横に振った。 「ねえ、これかわいい」 「かわいいかどうかで決めるんじゃないわ。問題は効力よ。何しろ相手は魔族かも……」 アマルナは言って、何となく後ろを振り返った。 さっきの男からもやっとした煙のようなものが立ち昇っている。 「何、あれ?」 メルグたちも振り向いた。 『おもしろいものを見せていただきました。秘宝の持ち主がまとめて現れるなんて、これをお聞きになったらあの方もさぞお喜びになるでしょう』 もやもやした影が言った。 「魔族だわ。あの男、魔族に体を貸してたのね」 「魔族って、実体が無いの?」 魔族に関してほとんど知識の無いメルグが聞く。 「種類によって違うわ。色々居て、わたしたちも全てを知っているわけじゃ……」 アマルナが答えていた時、影が揺らめいた。 「あいつ、逃げる気だ」 レジが言う。 『あの方にお知らせしなくては』 「何を?」 アマルナが聞いた。 影が動きを変えた。笑うように揺らめいて影は言った。 『秘宝の持ち主が現れたことを。秘宝は我ら魔族の野望を叶えるもの。あの方はその為に我らに協力してくださっているのだ』 「誰に?」 『それは言えぬ。フフ……秘宝を持つ者たちよ、我らの野望を知りたくはないか?』 「そんなもの知りたくないわよ。第一! あんたたちの言いたいことは大体分かってるわ」 アマルナが強気に出た。 「行け!」 レジが言った。不死鳥に対して掛けた言葉だ。 上空から不死鳥が舞い降りて来た。結界が無くなったので、自由に出入りできるようになったのだ。 「ちょっと、いきなり呼ばないでよ。わたしたちまで燃やす気? 結界を張るわよ、メルグさん」 アマルナが言って、小さく結界を張る。 メルグも走って結界に入った。プレズ高地でこの不死鳥の力は見ている。確かに、近くに居たら危険だった。 (でも、この威力なら、レジが放火犯にされても仕方ないわ) ヤベイの村での火事騒ぎを思い出してメルグは思った。 「レジも早く!」 メルグはレジを呼んだ。 しかしその声は不死鳥が滑空して来た音にかき消された。 店が燃え出した。 炎に、男から立ちのぼっていた影が消えた。レジの姿も、メルグたちからは見えなくなった。 「レジ!」 「だめよメルグさん、結界から出ちゃ。丸焼きになってしまうわ」 真面目に言っているのか、ふざけて言っているのか、とにかくアマルナが言った。 「でもレジが――!」 「彼が勝手に鳥を呼んだのよ。それで死んだとしても自業自得よ」 アマルナがメルグの腕をつかんだまま、言った。 メルグは、アマルナの頬を打った。 「何言ってるのよ? 自業自得じゃないわ。ふざけないで。レジはわたしの友達よ。友達を見殺しにしろって言うの?」 アマルナは頬を押さえて、メルグを見た。 「じゃあ、あなたは私にあなたの死まで見せる気なのですか? レジさんだけでなく、あなたまで! 命を大切にしてください。命は一人に一つしか用意されてないのです」 本気で怒っているようだった。 アマルナの勢いに、メルグは怯んだ。さっきアマルナの頬を打ったのが間違いだったような気さえした。 「……メルグさん、水の魔法使える? 火を消さなきゃ」 アマルナが、視線を逸らし、それから言った。 「ええ」 答える。 結界の中から魔法を使って火を消した。不死鳥が全てを燃やしていた。水をかけた後には、黒くススがかかった店の物があった。 「あれ、何やってるの?」 炎の中から声がした。 メルグは驚いた。レジの声だったから。しかも、のんびりした言い方で、炎の中から言っているとは思えなかった。 「レジ? ……どこに居るの? 見えないわ」 メルグは、レジの霊が自分に話しかけているのではないかとまで思ったが、違った。 不死鳥が小さくなってレジの肩にとまっていた。炎の中に、レジは居た。 「メルグ、何泣いてんだよ」 遠くから、レジが言った。 「泣いてないわよ!」 「あ、やっぱり。こっからじゃ遠すぎてよく見えないや。……二人とも、消火頼む」 鷹くらいの大きさになった不死鳥が、レジの肩で羽を広げていた。 はっきり言って、外は大騒ぎだった。突然火事になったのだから、消防の人が来たりして結構早く火は消えた。 外に出て、やっとメルグは生きているという実感が湧いた。 「あー、涼しい」 メルグは言った。 「えらい騒ぎだったじゃない?」 後ろから声がした。 「うん。でもやったのはわたしじゃないわ。レジが悪いのよ。不死鳥なんか呼ぶから」 答えてから、メルグは驚いて振り向いた。 「お姉ちゃん クレヴァスさんも。久しぶりだわ」 「そうね。元気そうで良かった」 「お姉ちゃんたちも」 一行は再会を喜んだ。 「メルグ、あなたたちの出て来た店から、変な影が出て来たの」 シーファが言った。 「そうなんだ。火事だって言うから来てみたら、青白い影がゆらゆらと漂いながらどこかへ行ったんだ」 クレヴァスが続けて言った。 「魔族だわ。お姉ちゃん、わたしたち魔族と戦ったの」 「魔族と? まさか。この国に魔族が居るなんて思えないわ」 「クレヴァス様、その影がどこへ行ったのか、わかりませんか?」 アマルナが聞いた。 「ああ。方角だけならわかるが、それ以上のことはわからない」 クレヴァスはそう言って、その方を指さした。 アマルナはシーファから、ガズナターガの地図を借りた。 「アマルナ、何をするの?」 「魔族の目的地を探します。あれは私たちのことをあれの協力者に話すつもりでした。私たちのことは知られてはならないのです」 アマルナは地図を見ながら言った。 「知られてはならない? どういうことだ」 「私たちは秘宝を持っているのです。魔族は秘宝を集めようとしているようです。何が目的かは知りませんが、おそらく……」 「表の世界への進出」 クレヴァスの言葉にアマルナが頷いた。 「どういうこと?」 メルグが聞いた。メルグは巫女でもなんでも無いのだから、魔族についてはよく知らない。 「古代、この地にはエルフが多く居た。人間はまだ知識をほとんど持たず、また魔族もエルフほどの知識は無かった。しかし、人間が知識を付け森を開拓するにつれ、エルフはより深い森の奥へと追いやられた。そしてその代わりに人間と手を結んだ魔族が力をつけていった。 エルフは魔族を押さえていたんだ。だが、そのエルフの力が弱まり、魔族の力が強くなっているとしたら、彼らはおとなしくしてはいないだろう」 クレヴァスが言った。 「そう。魔族は邪魔な人間とエルフを消そうとするでしょう。それも秘宝があれば苦労せずに済みます」 アマルナが地図をメルグに見せて言った。 「見て、メルグさん、レジさん。影は多分城に向かったんだわ」 アマルナは地図上の城を指した。 「城へ」 町外れのここからではその城は見えない。が、魔族が居ると思われるその城のおどろおどろしい様子が目に浮かぶようだった。 「あいつが言ってた、『協力者』にわたしたちのことを知られる前に、あいつを止めなきゃ」 アマルナが言った。 |