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『Eden』番外編〜シーファ 3
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夜、本当は外出禁止なんだけど、ジュースが飲みたいって一人が言ったら、みんなが言い出して、外に買いに行くことになった。 で、わたしはジャンケンに負けて、みんなの注文を紙に書くと、そっと部屋を抜けた。 廊下がギシギシ音を立てるたびにビクビクしながら、わたしはそれでも何とか、神社を出ることができた。 そこから近くの店の前の自販まで行こうとして、灯りを持って来なかったことを後悔した。 暗かった。いつも昼間しか通らないから気付かなかったけど、街灯がひとつも無い。 月明かりを頼りに、わたしは道を急いだ。だって、やっぱり暗い所って、魔族が居そうなんだもの。 通りを渡っていると、不意に何台ものバイクが、わたしの方へ向かって突っ込んできた。 「暴走族……?」 ネリグマではそんなものにめったにお目にかかれないから、わたしは呆気(あっけ)に取られてしまった。 逃げなきゃ、轢(ひ)かれる―― そんな思いが脳裏を掠めた。 でも、逃げるといっても、どっちへ逃げたら良いのか……つまり、元に戻るか、先に進むか、わたしはわからなかった。 今思えば、ばからしいことに迷ったものだ。 わたしは、後ろから突き飛ばされるように、バイクの前から歩道へと避けさせられた。 わたしが自分の意志で避けたんじゃなくて、誰かに助けられたんだ。 わたしを助けてくれた人は、わたしに重なるように、一緒にこけていた。 「外出禁止のはずだ。」 その人は立ち上がると、わたしに手を貸しながら言った。 暗くて、顔はよく分からないけど、その声はクレヴァス先生だった。 「先生……。」 「まったく、何のつもりだ? シーファほど真面目な生徒が。」 先生はわたしに呆れているようだった。 「すいません。」 言い訳はできなかった。 (このことがばれたら、わたしはもう巫女になれないかもしれない。) わたしはそう思った。 わたしは、自分が惨(みじ)めで、嫌だった。 「すいません。」 「もう分かったよ。良いから部屋に戻りなさい。このことは大目に見るから。」 先生は、そう言ってくれた。 そのことにお礼を言う前に、わたしは泣き出してしまった。 規則を破って、その上、バイクにはねられそうになるなんて、間抜けだとしか言いようがない。それを先生に助けられるくらいなら、バイクにはねられていた方がすっきりしただろうに、と思った。 強がりなわたしが、小学校に入学して以来、初めて人に見せた涙だった。 「どうしたんだ、シーファ?」 おろおろと、先生が言った。 先生は、自分が何か悪いことでもしたのではないか、と思っているらしかった。 「……ごめんなさい、先生。わたし、もう二度と先生に迷惑かけません。」 わたしは、そう謝った。 暴走族の残りが、大きな音を立てながら、わたしたちの横を過ぎて行った。 先生は、泣くわたしを、抱きしめてくれた。迷子になって泣く子をあやすように……。 「泣くんじゃない、シーファ。」 先生はそう言ったけれど、わたしは余計惨めな気持ちになって、泣き止むことができなかった。 けれど、わたしは先生が次にわたしにしてくれたことのお陰で、涙を止めることができた。 先生が、わたしに唇に、そっとキスをくれたのだ。 「先生……?」 先生は笑って、わたしに言った。 「このことは秘密だ。先生が生徒にキスしたなんてばれたら、オレは神官になれなくなっちまうからな。そのかわり、君が夜間外出したことも秘密にしておくよ。」 わたしは、もうボーっとしてしまって、何を言われても、頷(うなず)くしかなかった。 心臓はものすごく大きな音を立ててるし、顔も真っ赤になっていただろう。 「さあ、部屋に戻りなさい。外の見廻りがオレだったことに感謝するんだな。」 先生は言った。 わたしは、もっと先生と居たかったけれど、ずうずうしいかな、と思って、帰ることにした。 「そろそろ点呼があるから、早く帰った方が良いぞ。」 先生が、後ろから大声で言った。 部屋に戻ると、灯りも消して、みんな寝ている振りをしていた。どうやら、わたしを先生だと思ったらしい。 「みんな、ごめん。ジュース買えなかった。」 わたしが言うと、みんな起き上がった。 「えーっ。」 「だから、ごめんね。それより、もうすぐ先生が点呼に来るって。早くみんな寝た振りしなきゃ。」 「ちぇっ。」 ぶつぶつ言いながら、みんなまた布団(ふとん)に入った。 一時して点呼の先生が来たとき、みんな本当に眠っていて、起きていたのはわたしだけだった。 |