index>総合目次>最後の戦士達TOP>1−3

最後の戦士達

 あくる朝ユメルシェルは父に呼ばれて早くから闘技場に来ていた。まだ早いので、ここにいるのは大会を運営する人ばかりだ。ユメルシェルの父母も大会の運営側の人間で、医療班に属していた。昨日、ユメルシェルたちがテントに戻ってからも予選は続けられ、その第一試合が全て終わったところだった。
「第一試合が終わったということは人数が半分に減ったということだ。ユメ、今日あたり仲間にできそうな奴に目星を付けておきなさい」
 父、ルーティーンはユメルシェルに向かってそう言った。
「試合が終わる前に出発になるかもしれない。今日の試合が終わったら暇なときに荷造りをしておいた方がいいだろう」
 ルーティーンが母、ファロウの方を見ると、ファロウはかるく頷いて、
「来て、旅に必要な物を見せるから」
 と言って歩き始めた。母とは言っているが、話したことなどほとんどない。今ユメルシェルの前を歩く女性は女中のようだった。
 ファロウがユメルシェルに見せた物のほとんどは薬草だった。これが何に効く薬、というのを彼女は二度言わず、ユメルシェルは一度聞いただけで覚えなければならなかった。怪我をしたときに使う薬は、名前こそ知らなかったがユメルシェルもよく使う物が多かった。だが病気のときに使う薬などチンプンカンプンだ。最後に、
「分かりましたか?」
 と、ファロウが聞いたとき、ユメルシェルは曖昧に頷いただけだった。
「薬は毒にもなります。分量や組み合わせに気を付けて。薬草は途中の町でも買えるでしょう。ですから沢山は持って行く必要ありません。一緒に行く仲間と相談して決めなさい」
 仲間と相談して、と言われたときさすがにユメルシェルはほっとした。自分一人ではとてもじゃないが覚えられない。
 物覚えがいい奴も一人連れて行こう。
 ユメルシェルは思った。
 一通り必要なものを見終わって闘技場に戻ると、試合はもう始まっていた。
 ユメルシェルの番になった。ユメルシェルが闘技場に上ると歓声が起こる。相手も上った。相手は淡い金茶の髪をしている。その髪は首の後ろで一つにまとめられていた。瞳も髪と同じ濁りのない色だ。歳はユメルシェルと同じか、少し上くらいだろう。美少年、というより美少女と言われたほうがしっくりくるようなその少年は、ユメルシェルを相手にして少し困っている様子だ。
 審判が二人の名前を呼ぶ。
「ホイ=ユメルシェル対ビョウシャ=ナティセル、これより予選第二試合を行います。始め!」
 背丈はユメルシェルよりも少し高い。彼は攻撃を始めようとしたユメルシェルに話しかけた。
「頼む。殺さないでくれ」
 ユメルシェルは攻撃しようとしていた手を止めた。
「変な奴だな。この試合は命知らずの人々のためのものだ。なぜ出場した」
「金が要るんだ、母が病気で。もし今俺が死んだら働く者が家にいなくなる。妹もいる。ここで殺される訳にはいかない」
 愚かな……
 ユメルシェルに浮かんだのはこの言葉だった。だがユメルシェルは心とは逆に微笑んだ。
「いいだろう。場外にしてやる」
 場外に少しでも着くと負けになる。ナティセルは安心したような表情を見せた。観客はおもしろく無さそうにぶつぶつ言っている。だがそれもつかの間で、文句は歓声に変わった。
 ユメルシェルは確かにナティセルを場外にした。ただし、手加減抜きで。力を込めてナティセルの胸を殴ったのだ。ユメルシェルの力で殴られたのだ。心臓は殴られた瞬間に活動を止めるだろう。辺りは歓声に包まれていたが、セイウィヴァエルは何も言わずにそれを見ていた。
 ナティセルはすぐに病院に運ばれた。ということはナティセルはまだ生きているのだ。
 闘技場を下りたユメルシェルにセイウィヴァエルは声をかけた。
「今のはやりすぎだわ」
「いいだろ。殺してはないんだ」
 殺すつもりだった。言いはしなかったがそれは怒りの表情になってユメルシェルに表れた。
 観客の間をすり抜けて行くユメルシェルを、セイウィヴァエルは今度は追わなかった。セイウィヴァエルは幼いころ、ユメルシェルに殺されかけた事があった。といっても半分は事故で。ユメルシェルにセイウィヴァエルを殺すつもりはなかったのだろうが。その日のユメルシェルはとても気が立っていた。理由は分からない。珍しく大雨が降った後で、セイウィヴァエルは河岸にいた。河は滝のように音を立てて流れていた。別に、セイウィヴァエルがユメルシェルに何かした訳ではない。ただ、
「ユメ」
 と呼んだだけなのだ。ユメルシェルは振り返るとすぐにセイウィヴァエルの肩を突いた。本当に、ただ突かれただけだったが、セイウィヴァエルはバランスを崩した。雨の降った後だったので、苔の付いた河岸の丸い石は想像以上に滑りやすかった。そしてそのまま、セイウィヴァエルは濁流に呑まれたのだった。
 セイウィヴァエルの病気もそれが原因なのだが、彼女は父母にそのことを言わなかった。もとはと言えば、黙って出て来た自分が悪いのだ。ユメルシェルのことはファロウから時々聞いていた。見たことも会ったこともない姉妹を一度見てみたいと思ったのだ。
 今日のユメルシェルの表情はその日のユメルシェルと同じだった。

 ユメルシェルは荷造りをするために、父母の働く病院へ行った。この大会で出る怪我人で病院内は騒がしい。ファロウに聞いた薬部屋へ行こうとした時、ちょうど病室から出てくるファロウに会った。
「ユメ、あなたのさっきの試合の相手、ひどい怪我でこの病院にいます。聞けば病気のお母さんがいらっしゃるそうで、大変な家なのです。謝ったほうがいいですよ」
 いいですよ、とは言っているが、これは謝れと言っているんだ。
 ユメルシェルは頷いた。
 先に着替えよう。
 そう思ってユメルシェルは着替えの入った鞄を持って薬部屋を目指す。が、薬部屋に着く前に誰かに呼び止められた。

next

作品目次へ 作品紹介へ 表紙へ戻る

index>総合目次>最後の戦士達TOP>1−3