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「ただ今より決勝戦を行います! 第一試合はホイ=セイウィヴァエル対ヤラフ=トライファリス!」
「運が悪いな、二人とも」
ユメルシェルが呟く。セイウィヴァエルとトライファリスがきちんとした試合をするのは初めてだった。
「この試合、恐らくセイウィヴァエルの勝ちだ」
ルーティーンが言う。ユメルシェルもそう思った。トライファリスには、まだセイウィヴァエルの『気』を見る程の力はなかった。力で押すトライファリスが勝つためには接近戦でないといけない。だが、セイウィヴァエルの使う『気』は離れた相手も攻撃できる。
「始め!」
審判が声を掛けると同時に、トライファリスはセイウィヴァエルに向かって行った。
セイウィヴァエルは手を目の高さにかざす。
トライファリスがセイウィヴァエルの腕を掴もうとするが、セイウィヴァエルはそれを躱して手をトライファリスに向けた。
手がトライファリスの体に触れないうちに、トライファリスの足は闘技場から宙へ浮き、そのまま闘技場の端まで飛ばされた。
観客席から歓声が起こる。
セイウィヴァエルは次の攻撃に移る。拳に気を溜めて、立ち上がりかけたトライファリスに向けて撃つ。
トライファリスにはその凄まじい量の気が見えないから、避けることもできずにその気砲を受けた。トライファリスの体に打撲のような青い痣が浮かぶ。気を受けた手や胸は勿論、顔にも、だ。
どうして早く場外にならないの?
セイウィヴァエルは思った。自分が場外になってもこの試合は終わる。だが負ける訳にはいかなかった。ここで負けたら自分は取り残されてしまうだろう。
トライファリスとて同じだった。今のところ誰が見てもセイウィヴァエルが優勢だ。何とかして自分の闘い方に持って行かなければならない。セイウィヴァエルは次の攻撃を仕掛けて来ようとはしない。
今度こそ、トライファリスはセイウィヴァエルの腕を掴んだ。
トライファリスがセイウィヴァエルを掴んだ方の手を挙げると、セイウィヴァエルは闘技場に足が付かなくなる。トライファリスはセイウィヴァエルを、闘技場の石の床に叩きつけた。
全身に痺れがくる。セイウィヴァエルは起き上がった。叩きつけられたときに右肩が一番に当たった。痛みはそこから全身に回る。
右手が挙げられない。咄嗟に左手に気を溜めて撃とうとするが、痛みのせいだろう、気が集まらない。
トライファリスはセイウィヴァエルに近付くと、セイウィヴァエルの頬を殴った。その勢いでセイウィヴァエルは倒れそうになる。トライファリスはセイウィヴァエルの右肩を掴んで、もう一度床に叩き付けた。
「くっ」
セイウィヴァエルは歯を食いしばって立ち上がった。右肩よりも、頬が痛い。本当は右肩の方が重症なのだろうが、顔に傷を受けるのは彼女にとって何よりも嫌なことだった。
セイウィヴァエルは怒りの力に任せて、動く左手に気を込めた。そして、迫ってくるトライファリスに向けて撃った。
今度は場外にまでトライファリスは飛ばされた。
審判が勝者であるセイウィヴァエルの名を呼ぶと、セイウィヴァエルは闘技場を下りてトライファリスに駆け寄った。
「トライ、大丈夫? ごめんなさい。ここまでやるつもりはなかったの」
「気にしないで。セイこそ、早く顔冷やした方がいいよ」
トライファリスは病院に運ばれた。
トライは大丈夫そうね。
安心すると肩の痛みを思い出した。
わたしも病院に行かなきゃ。
セイウィヴァエルは病院に向かった。
「ナティセル、もういいのか?」
「ああ。試合を見に来た」
まだあれから半日しか経っていないのに、凄い回復力だ。
ユメルシェルは思った。殺し損ねた相手が元気でいるのが、試合のすぐ後は腹立たしかったのに、今はなぜかナティセルが元気でいることに安心した。
「ユメルシェルの試合はまだなんだろう?」
「ああ。だがこの次だ」
ユメルシェルは、ナティセルが何か大きな荷物を持っていることに気づいた。何なのか尋ねてみようかとも思ったが、その時、目の前で行われていた試合の勝負がついたのでやめにした。
「モカウ=カムスティン対ホイ=ユメルシェル。決勝第四試合を行います。それでは始め!」
セイウィヴァエルがちょうど戻って来た。
「あ、ナティセルどうしてここに? もう大丈夫なんですか?」
「試合を見に来たんだ。ユメルシェルのね」
「そうですか」
カムスティンが銃を構える。銃は厄介だ。トライファリスと同じく、接近しないと攻撃できないユメルシェルにとって銃を乱射されることほどの難関はなかった。
弾が切れるのを待とう。
ユメルシェルは避けながら考えた。
だがカムスティンは幾つも弾を持っているらしく、ユメルシェルは長い間逃げるだけだった。
「ユメルシェル!」
声の方を見るとナテイセルだ。ナティセルは持っていた物をユメルシェルの方へ滑らせた。
盾だ。ユメルシェルが盾を構える。弾は弾かれた。ユメルシェルの反撃に代わる。
盾を持っての闘いは、ユメルシェルにとって初めてのはずだった。だがユメルシェルは旨く盾を利用した。
ユメルシェルの蹴りがカムスティンの肩に入る。
カムスティンは銃を捨てた。何かを呟いている。
「魔法だわ」
セイウィヴァエルが言った。
観客はどんな魔法だろう、と一瞬静まった。が、何も起こらない。カムステムインが呪文の最後の言葉を言ったとき、ユメルシェルがカムスティンに攻撃した。
ユメルシェルの蹴りは宙を切った。カムスティンが避けたのだ。
「セイウィヴァエル、俺には良く聞こえなかったんだが、さっきのは素早さを上げるための魔法か?」
「ええ、おそらく」
ナティセルの質問にセイウィヴァエルが答える。
呪文にはそれぞれ対応した魔法があるから、呪文が聞き取れれば何の魔法だったのかも分かる。
「あっ、今度は攻撃魔法だわ」
ユメルシェルの前に炎が広がる。ユメルシェルはそれを跳び越えた。
ただし、呪文を聞き取れれば有利かというとそういうわけではない。魔法は、声が聞こえる範囲にしか効果がない。だから、声が聞こえない所まで移動するのが本来の闘い方だ。この試合のように闘える範囲が狭い場合にはそういった戦術も取れないが。
ユメルシェルがカムスティンの頬を殴った。続けて蹴ろうとするが、カムスティンの魔法が早かった。
ユメルシェルが避けると、その魔法はそのまま、後ろにいたセイウィヴァエルとナティセルがいる方へ向かった。ユメルシェルが振り向く。
「チセアイチニ!」
セイウィヴァエルが叫ぶ。炎は二人には当たらず、辺りに散った。ユメルシェルがカムスティンの方へ向き直る。
と、カムステインは二、三歩後ろへ下がった。息が上がっている。魔法を使うには体力がいる。
まだ死にたくはないな……
カムスティンは考えた。
もう攻撃魔法を使えるだけの力が残っていない。
「レイルウフキ」
ユメルシェルの攻撃だ。ナティセルのときは一発で倒せなかったから、今度は一度に五発程殴った。
カムスティンは場外にまで飛ぶ。が、ユメルシェルはまたしても信じられないものを見る。カムスティンはすぐに起き上がったのだ。
審判がユメルシェルの名を呼ぶ。もう怒る気も失せた。
「それはユメルシェルの物だ。君がこれからずっと使っていい」
ユメルシェルがナティセルに盾を返そうとすると、こう言われた。
ナティセルが去って行く。
「ちょっとその盾見せて」
セイウィヴァエルが言う。
「やっぱり! これ、コヒの宮の紋章だわ」
コヒとは、この惑星の二つの衛星の内の一つの名だ。もう一つの衛星はキフリという。
太古の昔、海に沈んだ国があった。その国があった場所は今はリスパンシブル海という名の大洋になっている。そこからエクシビシュンという国が二つの石造りの宮を引き上げた。宮にあった壁画などから、どうやら月を神と崇めていたらしいことが分かった。そこで一つの宮にコヒ、もう一つの宮にキフリと名付けたのだった。
この二つの宮は、今のところ、どこの国の物でもない。各国の国際会議のために使われたりするのだ。そしてそこにはどこの国にも属さない人が住んでいた。それぞれに、コヒの神子、キフリの神子と呼ばれ、宮の管理をしているのだ。
「それならナティセルはコヒの神子なのですか?」
「お母様」
ユメルシェルとセイウィヴァエルが声を合わせる。
「否、違うだろう。コヒの神子は今は女のはずだ」
ルーティーンも話に入ってきた。
「コヒの宮の話をしているのか? ちょうど良い。明日の朝、出発だ。詳しいことはコヒの神子に聞けば良い」
「明日、ですか?」
「ああ。だからユメ、仲間を集めなさい」
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