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「やけに静かね」
サプライたちの部屋の前を通りながらシュラインは呟いた。
ライトに、広間までカムを呼ぶように言い付けるつもりだった。食事は終わっているはずだ。各自の部屋に戻っているだろう。
シュラインはライトの部屋の扉を叩いた。
「ライト、居ないのですか?」
まだ食堂に居るのかしら……。
そう思って手を下ろした時だ。ベナフィトが食堂の方から小走りに駆け寄って来た。
「神子、ローリーが居なくなりました。私たちが食事をしていると、窓から煙が入って来たのです。その煙が睡眠薬の役割をしていたのでしょう。私たちが目を覚ましたのは今さっきなのです。気が付けばローリー一人、居ないのです。私たちで近くは捜し回りましたが、居ませんでした」
ベナフィトはシュラインの前を食堂へ向かって歩く。
「構いません。わたし一人で行きます。ベナフィトはユメたちを広間に呼びなさい。皆自室に居るでしょうから」
シュラインがそう言うと、ベナフィトはシュラインの後ろ姿に礼をし、それからシュラインと逆の方向に急いだ。
「ローリーがさらわれました」
広間へ行くと、シュラインがそう言った。手には紙をもっている。食堂にあった物だ。
「どうしてローリーが」
ユメが言う。この言葉には二つの意味があった。一つは何の為にローリーをさらうのか、もう一つは剣の達人であるローリーがなぜさらわれたのか。
「ローリーが秀でているのは剣に関してだけだ。剣さえ持たせなければ、攫うのも、その後どうするにも楽だろう」
シュラインの後ろに控えていたライトが口を出す。
「これが、ローリーたちの食事の場にありました」
持っていた紙をユメたちに見えるように出す。
それをベナフィトが受け取り、ユメに渡した。
その紙には、ローリーを返す代わりに指定した金額を神子が一人で持ってくるように、という風に書いてあった。
「なぜ神子なのでしょうか」
トライが言う。
「おそらく、犯人の目当ては金でしょう。神子の事はおもしろ半分に付け足したとしか考えられません」
ベナフィトが答える。
「それにしても、神子が行かれるには危険すぎる」
サプライが言う。
すると、セイが立ち上がった。
「わたしがシュラインの代わりに行きます」
指定された金額は大したものではなく、すぐに用意された。いや、大したものでなかった訳ではない。ただ、ローリーが助かるのであれば、金額など関係ないのだ。
「神子が一人で、とある。セイを一人で行かせるのか? あのウィケッドに」
抗議しているのはカムだ。
その頃、当のセイは、神子らしい格好をということで、ベナフィトとシュラインが着付けているところだった。
「確かに、一人で行くのは危険だよ。でももし一人で行かなければ、ローリーがどうなるか分からない……」
トライが、カムの意見に賛成のような反対のような事を言う。はっきり言えば、トライにとって、ローリーという、ろくに知らない男がどうなろうと、知ったことではなかった。
トライの考えを知ってか、トライを見るユメの目が、明らかに怒っている。トライにとってはよく知らない人であっても、ユメにとっては師なのだから、ユメの言いたいことも分かる。
「ライトディルフィ、スウィート、サプライ、何か良い考えはないか。俺もセイが一人で行くのには賛成できない」
ユメが、トライに一瞥した後、三人に言う。
「あるわ。ほら、ライト、あなたのくだらない魔法!」
スウィートが隣に居たライトの肩を叩く。
「くだらないとは何だ!」
ライトが肩に置かれたスウィートの手を払う。
スウィートは一瞬、驚いたように体を強ばらせた。それくらいきつい言い方だった。
「じゃが、確かにあの聖獣であれば」
サプライが二人の間を執り成すように言った。
「聖獣? ライト、そんなものが魔法でできるのか?」
カムがライトを見る。
「ああ。お前も読んだ、あの本に書いてあったんだ。あれは使えない魔法なんかじゃない。術師の力がなかったから、獣を実体化することができなかっただけだ」
ライトが、さっきスウィートにくだらないと言われたことの名誉挽回とでも言わんかのように、嬉しそうに言う。
そこにシュライン達が来た。
「皆さん、神子ができ上がりましたよ」
シュラインが言うと、皆の視線がシュラインの後ろに居るセイに向かった。
厚手の白い布、これには上端に金糸で刺繍がしてある、を一回体に巻き付け、もう一枚の透ける布を腰に巻き、一端は肩に掛けてある。もう一端は白い厚い布の下に胸の所で入っている。
ライトがそのセイの姿を褒めようと口を開く前に、シュラインが言った。
「皆さんの会話は向こうで聞きました。セイを一人で行かせるのは危険ですから、あなたたちの考えた通りにすれば良いでしょう。しかし、それでセイの安全が確保された訳ではありません。なぜなら……ウィケッドは、ユメ、セイ、あなたがたの父君が言った、『魔』の本拠地と考えられるからです!」
つまり、魔がウィケッドに居ると言っているのだ。確かに、ウィケッドは外交を減らし、今は鎖国状態にあった。魔が力を蓄えるために住み着くには恰好の場所ではないか。
「魔の正体も、弱点も分かっていないのにあなたがたを行かせるのは無謀なことかもしれません。一応装備は渡しておきますが、できれば、ローリーを連れてここに一度戻って来た方が良いでしょう」
シュラインはそう言ってから、広間の、ユメたちから見て左手側の扉を開けた。
その先は廊下になっている。
「来て下さい」
言ってシュラインは前を歩く。突然、シュラインが立ち止まった。
「ユメ、以前ナティがあなたに盾を渡したでしょう。あれを持って来て下さらない?」
「ああ」
ユメは頷くと部屋に盾を取りに戻った。
シュラインは残りの四人を大きな扉の前に案内した。
「ここにあなたがたの防具があります」
シュラインが言うと、その扉の前で待っていたらしいインバルブが重い扉を開けた。そして、インバルブがまず部屋に入り、明かりを点けた。
夜なのだから明かりを点けるのは当たり前だが、この部屋は昼間でも暗いのだろう。窓は人の出入りが全く不可能なくらいの小さいものが、一つあるのみだった。
「私はこの外でユメを待ちます。インバルブ、皆にそれぞれの防具を渡しなさい」
シュラインが部屋を出る。インバルブはそのシュラインに向かって頭を下げると、防具を一人一人に渡していった。
そこにユメが盾を持って来る。シュラインも入って来た。
「どうぞ。これがあなたの鎧です」
そう言ってユメが渡された鎧は見た目よりかなり軽かった。そして、胸と肩の所に、盾と同じコヒの宮の紋章が作られている。
「ユメ、盾を見て」
シュラインが言う。
「その盾に、あなたの剣があります」
ユメが盾の上部にある、前々から何だろうと思っていた物に手を掛ける。それは剣の柄だったのだ。
「シュライン、俺の剣は?」
「ナティの? あぁ、ごめんなさい。ありません。どこかで買って下さい」
「そんなことだろうと思った」
ナティが溜め息混じりに言う。
「伝説では剣士と魔術師二人と格闘家一人……だったからな」
「そうです。それと、神子」
「伝説って、何の?」
セイが尋ねる。
「……紀元前、と言っても本当かどうか分かりません、伝説ですから、今と同じような理由でこの宮から旅立った人々がいたのです。そう、丁度あなたたちのように。それは伝説に過ぎません。私より何代か前のこの宮の神子はその伝説に出てくる者たちのために、その武器と鎧を作ったのです。
その神子は死の直前に言いました。『時代は繰り返される。今にその鎧を身につけるために四人の戦士がここに来る。そしてその時、神子と共に旅立つ』と。
彼がこう言ったのは事実です。月神に仕える者の間では、死の直前に言った言葉には神の意志が宿ると信じられています。私は、神の意志が宿るかどうかは知りません。ですが、人が死ぬ間際に言うことには大切な事が多いのです。彼の言った言葉もそういった理由で、今も残されているのです」
シュラインが長い説明をした。
「そして私たちが神子の予言どおり、ここに来たということね。でももう一人、神子が行かなくては予言どおりにならないわ」
セイが言うと、シュラインは悲しそうに首を横に振った。
「伝説にあるのは、宮が海に沈む前の出来事です。今では神子が宮と、その周辺の限られた範囲外へ出ることは禁止されています。私の代わりにナティが行くのです。それでいいでしょう? 何も伝説や予言に従うことはないのですから」
シュラインはそう言うと、セイに歩み寄った。セイの髪を結んである黒い紐に手を掛けて言う。
「セイ、髪はほどいた方がいいわ。神子は男でも女でも、髪には余分な物を付けないようにしているから」
シュラインはセイの髪からその紐を取り去ると、セイにそれを渡した。
「いつまでもここに居ても仕方ありません。皆さん、早くローリーを」
シュラインは皆をせかした。廊下に出たユメたちの後ろで扉が閉じられる。
何年もの間、装備してくれる主人を待っていたと思われる鎧や、他の防具らは、それぞれの体によく合った。自分たちを知らずに作ったとは思えない程に。
セイは神子の衣装を着ているので自分の防具を身につけることはできない。トライが他の荷物と一緒に持って行くことになった。
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