5
ユメはローリーの亡骸の前に立った。ここに来るまでの道では、宮の者たちが慌ただしく動いていた。ローリーの死が原因だった。
――俺を許すと言うのか?
ナティの言葉が思い出される。
俺はナティを許すことができるのか?
ユメは自分に聞いた。仲間から外さないことが、ナティを責めないことが、許すことではない。
「ローリー、もしお前を殺したのが、ナティじゃない他の奴なら、敵討ちができたのにな。敵討ちの相手がナティじゃ、俺にはできない」
呟いてみる。
死人に向かって話しても仕方ないが、口にしてみることで、少しはナティを許せるような気がしたのだ。
ナティでなければ、……もし、セイなら? セイでも、俺はできない。トライでも……カムでもだ。あいつらは仲間だ。仲間を殺すことは――
――ローリーは仲間だった。それでもか?
まただ。ナティの言葉が頭にこびりついてやがる。そうだ。ローリーも仲間だ。それに俺の師だ。それでもセイやトライを許せるか? あの二人なら、ましてカムなら――カムは一度俺たちを裏切った――俺は殺すかもしれない。だがナティなら、……なぜナティは殺せない? そして、なぜそれでもなお、俺はナティを許せない? ……分からない。一体どうなってるんだ。
「ユメルシェル」
振り返ると、名を呼んだのはスウィートだった。スウィートは目が見えないが、気で人の区別がつけられる、とセイから聞いていた。だがこうもはっきり当てられると驚く。
「ユメルシェル、ローリーの墓ができあがりました。わたしがローリーを運ぶように言われたのですが、良かったらあなたも手伝って下さい」
「ああ」
二人は、ローリーを乗せていた死人用の寝台ごと、ローリーを運んだ。
ローリーが棺に移される。
「シュウシ=ローリー=ユゼニ、暫しの別れです。できれば、もう一度人間に生まれ変わり、私たちに会いに来て下さい。そして、次に生まれる時は、今生よりさらに幸せに生きられるよう、私たちは祈っています」
シュラインがローリーの名を読み上げ。決められた言葉を言う。
蓋を固く閉じると、棺は深く掘られた穴に下ろされた。
シュラインがまず、土を一握り穴に戻す。続いて、ライトやスウィートや、宮の者たちが、同じように、棺を埋めていく。
ユメたち、宮の外の者の中では、始めにナティがそれをした。シュラインに説き伏せられたのだろう。
儀式的なその行動が終わると、ほとんどの者は宮に入った。残ったライトとインバルブは、まるで物に対してするように、ローリーの上に土を被せていった。
シュラインはユメたちを広間に集めた。
「ローリーが死んでしまって、すぐにこう言うのは気が引けます。けれど、これはローリーの死よりも重大な事です」
シュラインは声を大きくして言った。どう見ても、皆ローリーの死で、気が滅入っているようだった。しかし、そんなことよりももっと衝撃的なことが、シュラインに知らされているのだ。
「今さっき、ルーティーンより、手紙が届きました」
ユメとセイが同時に顔を上げる。ルーティーンは世界でも有名な予言者であり、二人の養父だった。
「手紙の日付は一週間前です。この手紙で、彼は魔の出現を予言しています」
シュラインはそう言って、手紙をユメに渡した。
それを見るために、皆が集まる。
「それなら、今までは魔はこの地上に居なかったの?」
セイが聞く。
「いいえ、そういう訳ではありません。魔は影のような存在。今までも居ました。けれど、その魔が、実体を持つようになるというのです」
シュラインが言う。
「この手紙には三日後と書かれてある。ということは、もう……?」
カムがいち早く手紙を読み終えて、シュラインに聞いた。
シュラインが頷く。
「早速ですが、皆さんに、キフリの宮に行って頂きたいのです。魔について、キフリの神子も調べていました。私たちは定期的に、私の『力』思念伝達を使って連絡を取り合っていたのですが、ここ二週間ほど、連絡は途絶えています。理由は分かりません。数日前にキフリの宮からも、なぜ連絡がないのかと使者が来ました。思念伝達が使えないのですから、あなた方が直接、キフリの神子から魔のことを聞くしかないでしょう。それでいいですね?」
シュラインが尋ねる。嫌とは言わせない口調だ。
「分かりました。細かい点は自分たちで決めますから、もう戻って構いませんか?」
ユメがそう言った。
シュラインが頷く。
広間から出ようとした時、カムにシュラインが『力』で話しかけた。
『話し合いが終わったら、露台に来て下さい。話があるから』
カムは自分の持つ青い石を見つめた。ずっと前に、シュラインから渡された物である。シュラインが持つ『力』は同じ物を持つことで、特定の人物と会話することができる。
カムは石に呪縛を掛け、『力』が通らないようにしていた。だがそれも、ここに来たときに解けてしまった。シュラインの力が強くなったせいだろう。
「分かった」
「カム、誰に言ったの?」
セイに問われる。
シュラインは心で思えばいいが、受けた方は言葉にしなくてはならない、困ったものだ。
だから、俺の考えていることまでシュラインに伝わらなくて済むけどな。
「え、今俺何か言った?」
「言ったわよ」
「セイの気のせいだろ」
「そうかもしれない」
そう言って微笑む、自分のことをいつも気に掛けてくれる少女に、何かしてあげられることがあればいいが、とカムは思った。
「キフリの宮はアージェントの北、キル半島の南端だ」
ナティが言う。
「北で南? よく分からない。セイ、地図出してよ」
トライが言う。
セイが地図を卓に広げた。
「この辺だ」
ナティが指さす。
「海から直接アージェントへ行くのは避けた方がいいな。海路は危険だ」
「それなら、もう一度デイに戻ってからアージェントに渡れば……」
カムが言う。
「無理だ。デイの北側は広範囲で砂漠化している。途中で休む村もないぞ」
ユメがそれを否定した。
「結局、フレイクに渡ってから、ちょっと遠回りっぽいけど、行くしかないのね」
セイが地図を指しながら言った。
フレイクはデイの東で地続きになっている。最大の面積を持つ国だ。
「まるで世界旅行だね。わたしたち、全部の大陸に行くことになるんだ」
トライが言う。
「徒歩で世界旅行か? 大変なもんだ」
カムがそう言って笑った。
「そうだね。旅行気分じゃいけないか」
トライがカムに返すように言う。
「もういいだろ? いつ出発だ?」
「明日の朝食後で。いいな、みんな」
カムの質問を受けて、ユメが皆に向かってそう言った。
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