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最後の戦士達

 夕食が済んでからかなり時間が経った頃だ。既に皆寝仕度を整えているだろうというその時刻に、ユメは一人ある部屋の前で、扉を叩こうかどうしようかと迷っていた。
 あまり入りたくない部屋だった。しかし、この中に居る人に用がある。
 ユメは扉を小さく叩いた。なるべくなら入りたくない部屋だったから、これでナティが出て来なかったら、諦めるつもりだった。
 扉は開かれた。
「ユメ、どうしてこんな時間に?」
 少しだけ開いた扉の向こうで、ナティが言う。
 それからナティは扉を、人が一人通れるくらいに開いた。
「入れよ」
 言われて、ユメは部屋に入った。どれくらいの話になるのか分からなかったが、自分はいいとして、ナティを入り口に立たせたままでは悪い。
 ナティは自分は寝台に座ると、ユメに椅子に座るように勧めた。しかし、椅子の方が寝台よりも高かったので、ユメはそれを断り、ナティの隣に腰掛けた。
「聞きたいことがある」
 ユメが言うと、ナティは頷いた。
「何でお前は大会に出たんだ?」
「また唐突な質問だな。確か、試合の時に言ったと思うが」
 ナティの答えが何となく刺々しい。
 それをユメが不思議に思って次の言葉を発っせないでいると、ナティはユメの無言の問いに答えた。
「嫌なこと思い出させるなよ。あの大会ではかなり惨めな思いをしたからな」
 ああ、そうか、とユメは思った。ロウクの言ったことを全く気にしていなかった訳ではないのだ。
「ロウクの言ったことは気にするな。……それと、すまない。あの時は……」
 別にナティを殺してしまってもいいと思っていた。試合に出るのは、死んでもいいと思っている者だけだと考えていたのだ。
 試合の時など、敵を前にした時の凜とした態度のユメではなく、親に叱られた子のような幼いユメ。闘っている時はどんな大人にも負けないのに、こんな時にはいやに幼さが感じられる。
 だからロウクと合うのかな。
 ナティはそう思いながら、ユメの次の言葉を待った。ユメが自分を殺そうとしたことなど、今となれば関係ないのだ。
「そうだ、話がそれてしまったな。……また嫌な事を思い出させるかもしれないが、あの時お前が言ったことは嘘だ。確かナティは金が必要だと言ったよな。自分しか働く者が居ないとも。しかし、それは違う。シュラインは神子だ。お前がその辺で働くよりも手当はいいはずだ。……アブソンスの所へ行ったとき、女が言っていただろう。その時思ったんだ」
 言ってユメが、答えを促すようにナティを見る。
「全く、ユメはそんな事には気づくんだな。そうだ。金のためだなんてのは嘘だ」
 ナティが言う。
「それなら、どうして……?」
「ユメと同じさ」
 ユメの質問に、ナティはそう言った。
「強い奴を探していたんだ。ユメに盾を渡したのも、ユメを見込んでのことだ」
 ナティは結んであった髪をほどくと軽く頭[かぶり]を振った。繊細な金髪が肩に流れる。
 ナティとシュラインを見分けられるのはこの髪のせいだろう。くせのない真っすぐな髪は、シュラインの波立った髪とは大きく違っていた。
「なぜだ? 確かに、父は予言したことをコヒの宮に伝えてはいたようだが、宮の者たちが、いくら神子の兄といっても、教える訳がない。それに――」
「戦いの相手が違うんだ」
 言い掛けたユメを無視するように、ナティは言った。
「ナティは別の奴と戦わなければならないのか? それなら、俺たちとは行けないのか?」
 ユメが聞く。
 ナティは首を横に降った。
「相手は違うと思っていたんだ。けれど、どうやら、俺の敵とお前の敵はどこかで繋がっているらしい」
 同じだ、とは言わなかった。何らかの関係はあっても、同じではない。
「お前の…敵というのは……」
 ユメには分からなかった。ナティが敵とするものが。しかし、これから自分たちが相手にしていくのが、あの大蜘蛛ならば。
 ウィケッド……?
 ユメに国の名が浮かぶ。ウォーアの時、エンファシスの時、ウィケッドが関わっていた。
「……俺はウィケッド人だ。そして、俺が相手にしているのはウィケッドの官僚共だ。ウィケッドはこのままではいけない。変わらなくてはならないんだ」
「――反逆者……?」
「そうだな。官僚共はそう呼ぶかもしれないな」
 ナティはそう言って、寝台に仰向けになった。
「……だが、今はどうだろう。あいつらのことは、もうどうでもいいような気がする。ルーティーンの言う、魔って奴が全部裏で糸を引いているように思う」
「……よく分からないが、俺もそう思うぞ」
 ユメがナティを見下ろして言う。
 よく分からないのに、そんなこと言うなよ。
 内心ナティは思ったが、ユメに言いはしなかった。
 さっき寝台に転がったのに別に意味はなかったから、ナティは起き上がって座り直した。
「奇麗な髪だな」
 ユメが不意にそう言った。
「え?」
 突然髪を褒められて、ナティは一瞬何なのかと思ってしまった。
 ユメの目はナティを羨んでいるわけではない。ただ称賛しているだけなのだ。
「髪を短くするより、そっちの方がお前には似合っているな」
 ユメが言う。まるで、ナティの髪が短かった頃を知っているかのように。
「髪が短かった頃に会ったことがあるか?」
 ナティにそう聞かれて、ユメは暫し考えた。会った覚えはないのだが、髪が短かった頃のナティは知っている。
「会わなかったか? いや、俺の気のせいかもしれない」
 ユメは視線を漂わせた。記憶を必死に辿っているのだが、それでもナティを見たという記憶はなかった。
 しかし、確かに知っているんだかな。
 ユメはもう一度ナティを見た。
 その時、ナティが言った。
「ユメ、」
 名を呼んで、少しの間が空く。まだ聞こうかどうか迷っていたからだった。
「この部屋がどうかしたのか?」
 言われるまでユメは、ここがウィンクの居た部屋だということを忘れていた。ぐっすり眠っていた所を叩き起こされたような不快感が、傍目に見ても分かる。
 言わない方がやはり良かったか……。
 ナティは思ったが、言い出したからには教えて欲しかった。
「……以前のこの部屋の主は――俺の師だったが――、練習中の事故で命を落とした。もう八年以上前の事だが、今日までこの部屋には誰も入れなかった。マイが、マイは殺された人の友人だったから、部屋を使わせないように計らったんだ」
 ユメはどこまで言うべきか、迷いながら言葉を選んだ。
 しかし、ユメの言葉の中には小さなずれがあった。ずれとは言わないかもしれなない。
「なんで『練習中の事故』で『殺された』んだ?」
 『殺された』という表現はおかしいのだ。事故は事故であって、殺されるのとは違う。
「殺したのは俺だ」
 聞かれなかったら、言わないつもりだった。ウィンクを殺してしまったのが自分だということを、ユメは認めたくなかったのだ。
「でも、事故だろう」
 ナティが、逃げ場を作るようにそう言った。
 しかし、ユメはその逃げ場に行かなかった。
「違う。練習中だったから、事故で済まされたんだ。あの時俺には、……あいつに対する殺意があった」
 ナティはどんな顔をして聞いたのだろう。何を言われるのだろう。
 話している間、敢えてナティを見なかったユメは不安になった。
 ナティは何も言わなかった。言うべき言葉が見つからなかったのか。
 ユメは立ち上がって、部屋の裏口になっている硝子戸を開けた。
「なぁ、ナティ、もし俺がこんな惑星[ほし]じゃなくて生命[いのち]の星に生まれてたら、もっと普通の生活ができたんだろうな」
 戸口に座り、天を見上げてユメは言った。目前には高い建物もなく、星が良く見える。
「今見えている星の中にあるのか?」
 ユメが空を見ながら言う。
 生命の星が見える訳がなかった。しかし、輝いてさえいれば、本当は今、ユメの視界に入っているのかもしれない。
 ユメはさっき『普通の生活』と言ったが、ユメには普通の生活というものがどんなものなのか、とうてい思い浮かばないだろう。そんなユメが、ナティには悲しく思えた。
 ナティは後ろから、ユメを抱き締めた。ユメの気持ちは分からないでもない。
「見えはしないけど、多分あるさ」
 耳元でナティが囁く。
 ユメは頬が火照るのを感じた。他人がこれ程自分に近付いたのは何年ぶりだろうか。一番最近で、ウィンクの、血の通わない冷たい死体だった。けれど、ナティは生きた人間だ。暖かい。
「ユメ、この闘いが終わったら、二人で生命の星に行こう」
 ナティが、ユメを抱き締めたまま言った。
 半分夢見心地だったユメの表情が真顔に戻る。折しも、ユメがナティの腕に触れようとした時だった。
 ユメは動きを止めた。
「本当か?」
 すぐ側にあるナティの顔を見る。
 ユメに見つめられて、ナティは急いで絡ませていた腕を退[の]け、後ろへ下がった。
 何も言わずに抱き締められたのにも驚いたが、突然弾かれたように飛び退いたのにも驚いて、ユメがナティを見ると、ナティは顔を真っ赤にしてユメを見ている。
「す、すまない、ユメ。俺は…別に……」
 明らかな動揺を見せて、ナティはしどろもどろにユメに謝った。
 最初呆気にとられていたユメだったが、そんなナティを見て、声を立てて笑った。ナティに悪いとは思ったが、おかしかったのだから仕方ない。
「お前でも、落ち着いていない時があるんだな」
 ユメは十分に笑った後、ナティに言った。
 その頃はナティも頭に昇っていた血が引いたのか、少しは冷静さを取り戻していた。
「いいだろう、別に。大体ユメが――」
「俺が誘ったとでも言うのか? 俺は何もしてないからな」
 ユメは微笑んで、もう一度空を見上げた。
「でも、本当に、一度くらい生命の星に行ってみたいな」
 ナティなら、そんなユメの思いを叶えられるような気がした。

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