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最後の戦士達

第七章

キフリの宮


 大通りから少し入った所に、ディナイの教えてくれた旅館はあった。あまり大きくはないが、良さそうな所だった。
 中に入ると男性が一人受付に居た。三十代後半から四十代にかけての、白髪の少し混じった頭をこちらに向けてうつむいている。
「あれ?」
 カムが声を出した事で、男はやっとユメたちが来たことに気づいたらしい。
「師匠、師匠じゃないか。何やってんだ、こんなとこで」
 カムが受付まで駆け寄る。
 男はカムの魔法の師匠だった。ディナイが言っていた、カムもよく知っている人とは、彼のことだったのだ。
「おお、カム、お前のことはディナイから聞いたぞ。久しぶりだな。しかし、あの時は本当に済まない事をした」
「いいよ、別に。師匠が謝らなくても」
 カムはそう言ったが、男は後ろに居る四人の方へ目を向けた。
「いや、お前はとにかく、他の皆さんに迷惑を掛けた。あの時わたしを助けてくれたのは、確かあなた方でしたよね」
 礼を言うように言う。それから会計にある引き出しから鍵を五つ取り出した。
「ありがとう」
 カムは礼を言うと、四人に鍵を渡した。

 部屋は外から見ると皆同じ作りをしていて、番号を確かめないと人の部屋に入ってしまうかもしれなかった。五つが並んでいるわけではなくて、セイとカムの部屋二つが、他の三人と一つ離れてあった。
 五人は部屋に荷物を置くと、セイの部屋に集まった。
 扉を叩く音が隣のカムの部屋の方から聞こえてきた。そして、次にセイの部屋の扉が叩かれる。
「はい」
 セイは返事をすると扉を少し開けてみた。
「よお」
「ディナイフィン、どうしたのですか?」
 部屋に居る皆に誰が来たのか分かるように、セイは少し大きな声でその名を言った。
「向こうの部屋からずっと扉を叩いて周ったんだぜ? 最後の部屋に君が居るってことは、皆この部屋に居るんだな」
 ディナイが言う。
 それから、セイの後ろに立つカムに向かって言った。
「おお、カム。元気だったか?」
 いつからカムが後ろに居たのか、セイは全然気づかなくてディナイの言葉に後ろを振り向いて驚いた。
「今朝別れたばかりだろ。で、何しに来たんだ?」
 カムが言う。少なからず、ディナイの訪問を迷惑がっているという口調だ。
「冷たいなー。久しぶりに会ったんだぜ? 積もる話もあるだろうから、中に入れて茶を出すぐらいしろよ」
 カムの嫌そうな顔を無視して、ディナイは内へ入って扉を閉じた。
「ったく、しょうがねえな。いいだろ? みんな」
 カムが振り返って三人に向かって言う。
 すぐそこまで来ているのに、追い返せる訳がなかった。
 セイが戻って来る。それから、カムがディナイと一緒に。
 ディナイは椅子に座ると自己紹介を始めた。
「数日前にカムから紹介されたが、スワヤ=ディナイフィンだ。カムと同い年で今年十九歳。生年月日は………」
 ディナイが色々と話すのを、皆適当に聞き流した。大体、生年月日や血液型や趣味など聞いて、どうなるというのだ。
「じゃ、次はみんなの自己紹介をしてくれないか。あ、カムはいいぞ」
 ディナイがとう言ったので、ナティ、ユメ、セイ、トライの順で名を告げていった。
「あの、ディナイフィン」
 セイが言う。セイはディナイが渡してくれた肩掛けを持って来た。
「これ、返そうと……」
「いいって」
 セイが言いかけたのを、ディナイはすぐそう答えた。
「あげるよ。それから、名前を呼ぶとき、俺のことディナイって呼べよ。全部言われると俺がみんなよりすごい年寄りみたいだ。それに、長いのは嫌いだしな。その代わり、みんなのことも略称で呼ぶけど、いいよな」
 断る理由は無かった。
「そういえば、エクシビシュンの王が死んだって話は知っているよな。だが、病気で死んだのかどうなったのか、詳しいことは公表していない。本当は王は殺されたらしいんだ」
 ディナイは、それが重大な事であることを言いたかったらしいが、ユメたちにとって、何も驚くことはなかった。
「何だ、あまり驚かないな。じゃあ、もっと最近のことを言うぜ。ウィケッドの、そう、これは他国には知られていないことだ。ウィケッドの女王レザーベイシュンがとうとう死んだそうだ。彼女は病気がちだったからな。もうかなり前から危ない状態だったらしい」
「それは本当か?」
 ナティが聞く。
「どっちがだ? 死んだことか、病気だったことか」
「病気だったことは知っている。死んだことだ」
 のんびりした言い方で聞かれて、ナティは怒っているようだった。
「ああ、本当だ。俺がウィケッドに行って商売していると、にわかに辺りが騒がしくなってな、王宮で何かあったと聞こえたから人々に混じって行ってみたさ。悲しい知らせだと言って、大臣か何かが女王の死を集まった人々に向かって言った」
 ディナイの言葉を最後まで聞くか聞かないかという時に、ナティは両手の拳を卓に打ち付けた。
 お茶を急須から茶碗に注ごうとしていたセイは、その手を止めた。
「どうしたの、ナティ?」
 聞いてみたが、ナティは何も言わずにただ卓の端を見ていた。
「ナティ、お前は自分の部屋に戻れ」
 ユメが命令口調で言う。
 ナティにとっては、同情されるよりは、取り敢えずこの場においてはこの方が良かった。
 ナティは黙って席を立ち、部屋を出て行った。
「どうしたんだ、あいつ」
 ディナイが、全員の中で唯一人事情を知っているらしいユメを見て言う。
 ユメは自分が知っている事を話すべきか迷った。
 ナティがウィケッド人だということ。そして、今の政府を倒そうとしていること。
 しかしそれだけで、女王の死の知らせにあれ程驚く必要があるだろうか。
 一時のためらいの後、ユメはナティがウィケッド人であることだけを皆に告げた。
 セイとトライはそれが何なのか、ぐらいにしか思わなかったようだが、カムとディナイはそれで大いに納得したようだった。
「はっきりしたことじゃないが、ウィケッドには王族信仰という、宗教に似たものがあるんだ」
 なぜそんな納得したような顔をするのかとセイに聞かれて、カムが言った。
「勿論、今度死んだ女王は王族というだけでなく人柄も良かったから、それだけ女王を神のように考える人も少なくない」
 ディナイが言う。
 ああ、そうなのか、と納得しているセイとトライとは逆に、納得できないユメがディナイとカムに次なる質問を投げかけようとする。しかし、ユメはそれを止めることにした。言うだけ無駄な気がしたのだ。
 ナティの妹シュラインはコヒの神子である。それなのに、コヒ神を差し置いて王族などを信じるのだろうか。それに、ナティが政府を相手にしているのならば、王族こそ敵ではないのか。
 ユメは良く知らなかったから、そう思った。勿論、ナティが王族を信仰してなどいないと考える根拠は他にもあった。
 頭のいいナティだ、頭が良いばかりでなく、その精神も強い。そんなナティが宗教などを頼る必要はないはずだ。
 だか、それはユメの勘といって良かった。深く考えた末の予測では無い。
 ディナイはすぐに話を切り換えて別の話を始める。他の地のことを聞けるのは良いことなので、つまらない話でも皆聞いていた。

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