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「よお、カム。何だよ、そんな嫌そうな顔しなくたっていいだろ?」
ディナイはそう言いながら、カムが開けた部屋へと入った。
ディナイが入ってから、カムは扉を閉じた。
「で、何か用でもあるのか?」
早く追い出してしまいたいかのように、カムはディナイに向かってそう言った。
「冷たいねえ。用なんか無くてもいいだろ? 久しぶりに会ったんだし、用ってほどでもないけど、話したいことはあるんだ」
ディナイが言って、それまで崩していた顔を真顔にする。どうしても聞いて貰いたいことなのだろう。
「何なんだ?」
カムはあまり聞きたくなさそうだったが、それでもそう言って聞く姿勢になった。
ディナイはそれを見て、よしよしと一人頷いている。
「あのな、カム、お前、今誰か付き合っている奴居るのか? 例えば、セイとか」
他の人が同じような質問をされたら、一瞬であれ頭に血が昇るだろうが、カムはこの質問に慣れていた。ディナイは人の顔色を読むのが上手い。どんなことを言われても動揺しないのが、この場を切り抜ける唯一の方法だった。
「いや、別にそんな訳じゃない。で、お前の方はどうなんだ?」
「何だ、そうなのか。つまんねえの」
カムの質問には答えずに、ディナイはそれだけ言った。
「俺の質問に答えろ。いつもお前は人にばかり言わせるんだからな」
カムに言われて、ディナイは仕方無さそうに答えた。
「今は、居ねえよ。そんな特別な人は……。ま、ここには居ないが、他の所になら何人か居るんだ」
つまり、ディナイは行く先々で彼女を替えているのだ。
「お前、昔と全然変わってねえな。嫌な奴だ」
カムが言う。
「カムには言われたくなかったな。お前だって、今こそどうだか知らないが、昔は俺よりも女に手を出すのが早かったじゃないか」
ディナイが仕返しにとばかりに言って、足を組む。
ディナイはわざとカムの気持ちを逆なでするようなことばかりを言っているのだ。勿論、本当にカムを怒らせるとどうなるかは分かっていた。それと同時に、カムが古くからの友人である自分に攻撃してなどこないことも知っているのだ。
「俺をわざわざ怒らせに来たのか?」
カムが手元にあった机に指を打ち付けながら言った。
「俺もずっと同じ訳じゃない。もし親友を一人作るとしたら、お前は選ばない。俺がお前を見逃してやるとでも思っているのか? 昔なら、……自分で言うのも何だか、友と呼べる奴がディナイしか居なかったからな。その友に――」
「今でも友達だろ?」
カムが言おうとすることは、ディナイには予想できた。
「だから、友達のお前に協力して貰いたい、俺とセイのことを」
「何だと? そんなことは自分だけで何とかしろ」
別に気にも止めないかのようにカムは言ったが、ディナイはカムの表情の変化を見て取った。
「カム、お前彼女のことが好きなんだろ? 始めに会った時から分かってたんだ。だがそれにしては、カムらしくない。彼女をまだものにしてないらしい。お前にしては手際が悪いなと思ったんだ。俺はいつもお前のお下がりだからな、今度こそは、俺が先に手を入れてみせる」
ディナイはそう宣言した。
「俺のお下がりだと? 違う。お前が俺のモノを全て横取りしていったまでのことじゃないか。手柄も、そのおかげで、俺を褒める為だった師匠からの言葉も、一緒に働いていた仲間も、俺の大切な女[ひと]も。これ以上俺から何を取る気だ? ――いや、別にセイのことを言っている訳じゃない。でも、――」
カムがディナイに食ってかかった。
「だったらいいだろ?」
カムが少し話を止めた所で、ディナイが言った。
「それに、お前の物を取ったんじゃない。お前が捨てた物を俺が拾って回っただけだ。……カム、そんな怖い顔すんなよ。怒らせに来た訳じゃない」
ディナイが、困った、というような顔をして言う。
ディナイの言うことはいちいち当たっている。カムが必死に美化してきた思い出を一気に崩してゆく。正しいのだ、ディナイの言うことの方が。
カムは悔しかった。一時床を見つめていたが、顔を上げ、ディナイを見る。
「ゾザヌホホワ(沈黙)」
「ユカスチ・テ(沈黙防御)」
カムが呪文を唱える。が、同時にディナイも魔法を使った。
ディナイは、こういう場合カムが最も使いそうな魔法が沈黙であると分かっていた。沈黙は最も軽く害の少ない魔法なのだ。
「ワザケヲタ(麻痺)」
続けてカムが言う。この魔法なら、ディナイは知らないはずだ。
だが、ディナイにその魔法は効かなかった。
「見ろよ」
ディナイがそう言って、自分の長い髪を掻き上げ、耳を見せた。
大袈裟とも思える程の装飾の耳飾りがカムの目に映る。
「武器商人プレンティー。名前くらいは聞いたことがあるはずたぜ?」
言って、ディナイは髪を下ろす。
「プレンティーは最近特定の人々の間で話題になった武器商人だ。なぜなら、プレンティーは魔具をどこからか沢山仕入れてくるから。ただしその商品の値は恐ろしい程高い」
「名前は聞いたことがある。しかしそれなら、その耳飾りがプレンティーから買った物だと言うのか?」
カムが尋ねると、ディナイは軽く首を左右に振った。
「プレンティーというのは一つの通り名に過ぎない。そして武器商人というのもまた、仮の職業だ。またの名を、魔具職人ディナイフィンという」
「それじゃあ、ディナイ、お前……」
「そうだ。カム、見なかったのか? お前が俺をディナイフィンだと仲間に紹介した時の、俺の仲間の顔を。俺はプレンティーという名で通ってるんだ。こんな世界だ。大抵の人は小さいころから親と一緒に売ったり買ったりして旅をしている。しかし俺はどうだ? 俺の生まれが分かったら皆にばかにされるだろう。そして俺の今の位も無いだろう。名を名乗ると、必ず調べる奴が居るもんだしな」
ディナイの両親は決して商人などではなかった。確かに、そんな世界にあまり馴染みのなかったディナイがここまで来るのは大変だったろう。偽名を使うのは、自分のことを知られない為に、どうしても必要な事だった。
「さて、話を変えてもいいか? カム、なぜ俺がカムたちをここへ案内したのか分かるか?」
ディナイが緊張した空気を払うような明るい声で言う。
「セイの為じゃないのか」
聞いたのか、それともそう言い切ったのか、曖昧な答えをカムは出した。
セイに会いに来たのだろう。だがいちいち聞くぐらいだからな。本当は別の用があるのかもしれない。
カムが探るようにディナイを見る。
「お前たちの噂は聞いていた。特にデイでは大騒ぎだったぜ? 何もしていないのに、もう英雄視されてる。だが、それはわざわざ敵にこちらの状況を知らせているようなものだとは思わないか? 俺はそれを心配しているんだ。しかし、カムに会って驚いたぜ、敵が何者かすら分かっていないとはな」
ディナイが言う。
「ディナイは知っているのか?」
「さあね」
カムの質問を軽く受け流すと、続けて言った。
「だが俺が聞いた所によると、お前たちの敵は一国の王よりも手ごわいらしいぜ? そう、例えばエクシビシュンの王、奴なんかはかすみたいなもんだ。そこで、だ。お前には俺が作った魔具を好きなだけやろうと思う」
ディナイはそこまで言うと、立ち上がって入り口の所でカムを手招いた。
すぐ隣のディナイの部屋には何も無いように見えた。が、ディナイが何かを念じると、床や壁から、果ては何もなかった空間から、何かが浮かび上がってきたのだ。
浮かび上がった物体は、大小様々な魔具たちだった。
「すまない、カム。肩を貸してくれ」
全ての魔具を召喚し終えると、ディナイは荒い息をしながらカムに寄りかかった。
「大丈夫か、ディナイ」
元々、ディナイは魔力が強い方ではない。それをこれほどの物体を召喚したのだ。体力の消耗は避けられなかった。
「どれでも好きなのを持って行け。どれがどんな事に役立つか、言わなくても分かるよな。ああ、そこの壁に、俺をもたせ掛けてくれないか。……ああ、ありがとう」
部屋には座れる場所が無かったから、ディナイは壁にもたれ掛かって立った。
魔具は、カムにこそ使われるべき物だった。
「詫び、っていうのもなんだけどな。お前に負けたくないって、それだけで、色々迷惑掛けた。でもあの人のことは、俺も本気だったんだ。それだけは他とは違う。信じて欲しい」
ディナイが言う。
わかっていた。言われるまでのこともなく。ディナイは、カムの友だったから。
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