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翌日、ユメたちはキフリの宮へ向かった。ウィリーは暫く時間をくれと言った。次の日に分かることではないだろうが、ユメたちは宿に閉じこもっている訳にはいかなかった。
「神子からあなたがたを資料室へお連れするよう承[うけたまわ]っております。どうぞこちらへ」
昨日の女、確かメイカとかいう、がまたキフリの神子との取り次ぎに来た。
案内された資料室はさほど広くはなかったが、壁際の書棚などは、床から天井までの大きなものに隙間なく本が入っている。
ウィリーは何かしきりに調べていたが、ユメたちに気づいて頭を上げた。
「すいません、皆さん。本当ならばもっときちんとした所でお出迎えしたかったのですが。どうぞ、掛けて下さい」
ウィリーがそう言ったので、ユメたちは近くにあった椅子に腰掛けた。
それを見届けてから、改めてウィリーは全員を見て言った。
「私が見ているのは、あなたがたの求めている資料になるかと思われるものです。昨夜宮の者たち総出でこの資料室を調べて探してきました。どうぞご覧になって下さい」
「神子、あちらに置いてある本は一体どうしたのですか?」
ウィリーの後ろの机に置いてある本を指してナティが聞いた。
「あれは今までに私が見た本です。その中でも、あなた方に必要だと思われる物だけを置きました」
ウィリーが答える。
カムは席を立ってそちらの机に移動した。そして、一番上にあった本をめくってみる。しかし、めくる前から、題からしてそれが見当違いであることは分かった。
「神子、せっかく調べて貰ったのにこんな事を言うのもなんですが、ここにある物は皆見当違いですよ」
置いてあった本全部の数頁をめくってから、カムはウィリーに言った。
その言葉に、ウィリーは少なからず気を悪くしたようだ。
「いいえ。少なくとも私の考えではそれらはとても重要なことなのです」
ウィリーは自身も席を立って、カムの持っていた本を取ると、その本の最初の方を開けてカムに見せた。そして、五人にではなく、文句を言ったカムに、どのように重要なのか説明する。しかし、説明されてもカムにはそれの重要性は分からなかった。
その間、ユメ、セイ、トライは本をめくって見たりしていたが、ナティだけが窓から外を眺めていた。
そこからの風景は宮の裏側で、参拝客よりも祝が多く歩いていた。上から見ているので頭しか見えないが、黒、茶、金と、様々な髪が動くのが分かる。
ナティは探していた。ウィケッド人を、だ。ウィケッドとアージェントは距離が遠いこともあって、祝としてキフリまで来るウィケッド人は少ないはずだった。だが見ていると、いやに金髪の人が多いのだ。勿論、金髪全てがウィケッド人という訳ではないが、確かにウィケッド人だと確信できる人も中には居た。
ナティは一人の男に目を止めた。こちら側から向こうにある建物に入って行ったので顔は見えなかったが、その長身と少し癖のある金の髪に見覚えがあったのだ。
「どうした、ナティ」
ユメが言って窓際に来る。ナティがやっているように、ユメも窓から下を眺めた。
「本は見ないのか?」
ナティを見てユメが言う。
「いや、そういう訳でもないが、……もう少し外を見ていようと思う」
ナティは自分が見た男の事をユメに言うべきか迷った。だが、後ろ姿を見ただけではっきりと分かったことではなかったので、まだ言わないことにした。
一時待っていればまたこちら側に戻って来るだろう。
そう思って、窓から外を眺め続けた。
「そうか。それなら俺も見ていよう」
ユメはそう言って、ナティの向かいに立った。
「本は?」
逆にナティが尋ねる。
「面白くもなんともない本など、嫌になる。しかし、カムの言う通りだ。セイとトライも言っていたが、近いことはあるが、まるでわざとのように中心からずれた資料ばかりだ」
ユメが言う。
「そうか。それを神子の前で言うなよ。機嫌を損ねたら全て終わりだ。神子は協力してくれなくなる」
ナティは小声で言った。
それから、少し沈黙して、二人ほとんど同時に「あ」と小さく声を上げた。向こう側の建物にさっき入った男が、今度は出て来たのだ。
その顔は紛れも無く、数カ月前にローリーをさらった男の内の一人だった。
振り返り、セイたちにそれを伝えようとしたユメを、ナティが目だけで止める。
なぜ?
ユメが目で問う。
ナティはユメを窓際に連れ戻してから小声で言った。
「今は何も騒ぎ立てるな。後で説明する」
ユメはよく分からなかったが、後で説明するというナティの言葉に頷き、自分は資料に戻った。
いくら本を見ても埒があかなかった。五人は神子が客の相手をしている間に、何冊かの本を持って宿に帰ることにした。
「何かわかりましたか?」
プラスパーからシュラインの声が聞こえてくる。
シュラインは、周りに他の人が居ない状態でのみ、プラスパーを使った通信を行うようにしているようだ。
「何も。本当にキフリの神子は『魔』のことを調べていたのかしら」
セイが言った。
「俺もそう思う。キフリではあまり重要視されていないように感じた」
カムが言う。
「そうですか」
シュラインが言って、黙った。
「あ、待ってシュライン。その、今シュラインはプラスパーを操ってる状態よね?」
通信が切れるのかと思って、セイは早口に言った。
「ええ。体を借りてると言った方がしっくりくるかしら」
シュラインが答える。
「それって、人間に対しても同じようにできるの?」
セイが不安げな表情で質問する。
『魔』と呼ばれる蜘蛛が巣食った人間は、蜘蛛に操られているような状態になるらしい。しかし、実際は、誰か一人の人間が遠隔から操っているという可能性もある。
プラスパーがセイを見上げた。
「わたしにはできないわ」
シュラインが言う。
「やろうと思ってもできない。人間は他の動物と違って思考するから。完全に眠っている状態でなら可能かもしれないけれど、眠っていると体も動かないから、意味がないんじゃないかしら」
その答えに、セイだけでなく皆が安心した。
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