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朝が来る前に、何とかしなければならない。それは、ユメもナティも感じていた。
「プラスパーも、やっぱり連れて行くのか?」
ナティが聞く。
「ああ。何かの役に立ちそうな気がするんだ」
ユメは一度プラスパーの未来を見ている。だから、ユメの言うことは正しいかもしれなかった。
「行こう」
ナティが言って、二人は廃屋を後にした。
「見張りが居るな」
「俺たちが戻ることを考えて見張りを置いたんだろう。流石にキフリの神子も考え深いな」
ナティがユメに答えるように言う。
宮の塀の前に、間隔を置いて一人ずつが立っていた。しかも、その一人一人はお互いが見える位置に居る。一人を倒したとしても、中には入れそうになかった。
突然、二人は後ろから口を押さえられ、後ろの繁みに引き込まれてしまった。
「しっ。わたしだよ」
あがこうとした二人が後ろを見ると、それはトライだった。
「トライ、どうしたんだ、お前。どうやって宮から出て来たって言うんだ」
ユメが言う。
「宮の地下にある牢のような所に入れられたけど、扉壊して出て来た。カムはどこに居るのか分からなかったから。……セイは?」
「多分、トライと同じように、牢に入れられてるだろうな。俺たちは逃げられたんだが、セイは駄目だったらしい」
ナティが答える。
「そう。で、何しに戻って来たの? ……冗談だよ。分かってる。わたしたちを助ける為に戻って来たんだよね。こっち来て。見つからずに入れるよ」
言ってトライは、木立の中を宮の裏の方へと走って行った。
そこは、木が塀の近くまで繁っていて、巧い具合に身を隠せた。勿論、全く姿を見せずに塀を越えられる訳ではない。だが、三人には姿を見せないくらいの自信はあった。
トライの話を聞くと、セイとカムがどこに居るかは分からなかったし、扉は頑丈だったらしい。トライが扉を壊すのにも、かなり時間がかかった。
宮の敷地に入った三人は、トライを先頭に進んだ。
トライが、宮の壁にある正方形の扉を開けた。
「人は一人。部屋の前を行ったり来たりしてる。わたしが気絶させといたけどね」
階段を降りると、トライの言った通り、男が一人床に伸びていた。
ナティが男の服を調べる。が、鍵はなかった。
「駄目だ。とにかく、セイとカムが居る部屋を探そう」
ナティが言う。
三人は、ずらっと並ぶ扉を順に叩いて回った。
ユメが扉を叩く。しかし返事はなかった。次の扉に行こうとした時だ。
「ユメか? 俺たちはここだ」
カムの声が、ユメを引き留めた。
ナティとトライを呼ぶ。
「カム、下がってろ」
ユメは言って、扉を叩き割った。もし、カムが扉の近くに居たなら、カムは扉と一緒に飛ばされていただろう。
格子はトライが広げた。
カムが出て来て、続いてセイも出る。
「これからどうするつもり? このまま逃げるの? それとも……」
セイが聞く
「俺たちの目的は『魔』を倒すことだ。このまま逃げては意味がない」
「それじゃあ、ユメはウィリエスフィがその魔だって言うの?」
トライに聞かれて、ユメは頷いた。
「少なくとも、俺はそう思っている。魔というのが蜘蛛の形を取っているのなら、の話だが」
「それは間違いありません」
突然、ユメの背後から声がした。
「ユメ、出して下さい」
プラスパーの体を借りたシュラインが言う。
「この前、ルーティーンから連絡が来ました。魔とは、人々の負の心で成長する化け物で、同じように蜘蛛になった人間を食らう、と。また、各地で人が知らぬ間に姿を消すという話も良く聞くようになりました。このことは既にナティには話していますが。ただ、ウィリーがそのような魔だとは、私にはとても信じられません」
シュラインはそう言って黙った。
「蜘蛛になった人間というのは、あの薬のせいで蜘蛛になった人達のことでしょ? その人達って、仲間を食べたりするの?」
セイがプラスパーに向かって尋ねる。
「いや、そんなことは無いはずだ。やつらが食べるのは人間そのものだ。同じ蜘蛛を食べるという話は聞いたことがない」
ナティが代わりに答える。
仲間を食べてしまっては、役に立たないのだ。なんの為の薬なのか、分からない。
「多分、仲間を食べる蜘蛛というのは、魔そのものの事なんだろう。他の人工的に作られた蜘蛛とは、種が違う」
ユメは言って、剣の柄を握った。
「行くぞ、みんな。ウィリエスフィは俺たちが目指す魔に違いない」
ユメは地上への階段を駆け昇った。後に四人と一匹も続く。
ユメたちの歩みは、階段を昇りきった所で止められた。周りを、武装した男たちに囲まれたからだ。
「いくらでも涌いて来るんだな」
カムが冗談混じりに言う。勿論、冗談では済まないのだが。
男たちは無言で、ユメたちに向かって剣を向けた。
男が斬りかかって来る。ユメがその剣を払い、男の目の前に剣を突き付けても、男は顔色一つ変えず、声も出さなかった。
「変だぜ、こいつら。まるで何かに操られてるみたいだ」
カムが言うのが聞こえる。
互いに離れてしまったようだ。
「そうね。それに、攻撃を受けても、全然痛く無いみたい」
セイが、気砲に当たりながらも構わずに向かって来る男を見て言った。
「皆さん、私の後ろに来て下さい」
シュラインが大声で言う。
「私の、って言われてもな。プラスパー、どこなんだ?」
ナティが相手の剣を受けながら言う。
プラスパーは攻撃されていないようだった。だがそれにしても、大勢の足の間に見え隠れするプラスパーを見つけるのは困難だった。
その時、ある一点から、光が放たれた。さほど強い光ではなかったが、五人はそれを見て、直感的にそれがプラスパーからのものだと知る。バラバラになっていた五人は、プラスパーの後ろに集まった。
「彼らは確かに、操られています。私が彼らを元に戻しますから、皆さんは決して私の前を通らないように、南の棟へ行って下さい。――その一階に、ウィリーは居ます」
シュラインは五人を見てそれだけ言うと、すぐ振り返って、前に居る男たちを見た。
「すぐに私も行きます!」
五人の背中を視界の端に捕らえながら、シュラインは五人に向かって叫んだ。
五人は、宮の裏側を通って南の棟を前方に見た。昼間に入った入り口は、まだずっと先にある。運よく、裏に当たる西側にも扉はあった。扉の近くに居たトライが扉を押してみたが、やはり鍵はかかっているようだった。
「扉ごと壊すか?」
カムが言う。
「鍵だけでいいんじゃない?」
扉ごと壊す必要はない、とセイはそう言った。
「そうだな。鍵がある所をこちらから落とせばいい。誰がやるんだ?」
ナティは言って、四人を見た。
「俺がやるよ。みんなには、扉ごと壊すことはできても、鍵のある所だけってのは難しいもんな」
カムが言って、扉の前に行く。
「ヂネトク・ヌ・ペゼルツオゥカ……」
いやに長い呪文だったが、カムの声がやむと同時に、扉の一部が燃えて崩れ落ちた。
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