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最後の戦士達

第九章

約束

 エクシビシュンに渡るため、ユメ達四人はシェアーに向かった。砂漠は以前通った時と変化はなく、ただ一度、大きな車が自分達を追い抜いただけだった。黒煙を吐きながら走り去った黒い車は、電気で走る普通の車とは違い、大きく頑丈に見えた。
 ナティはそれのことを「過去の遺産」だと言った。大気を汚す成分を大量に吐き出す車だから、一般家庭では使わないように国際法で規制されたのだという。
 その後は何もなく、シェアーに辿り着いた。
 シェアーの町の様子も以前とさほど変わりなかった。ただ、迷彩柄の制服を着た人達が、シェアーの市場があった場所で野営をしていた。
「連合軍とか言ってたぞ」
 カムが茶を皆に分けながら言う。
 宿屋はその連合軍の人達でいっぱいだった。
 先ほど、カムがなんとか泊まれないかと交渉を続けていたら、迷彩柄の制服の壮年の男が間に割って入った。
「どうした。部屋が空いていないのか」
 口髭を蓄えた、いかにも階級の高そうな男だった。
「はい。まあ、そういう訳ですので、大変申し訳ありませんが……」
「民間人に迷惑を掛けるわけにはいかん。こちらで部屋数を調整しよう」
 受付の男が言いかけたのを制して、髭の男が言った。
 その時に受付の男から「お待ち頂く間、こちらをどうぞ」と言われて渡されたのが茶だった。
 周りの人達は迷彩柄の制服で兵士であることは分かるが、よく見ると年齢もユメ達と変わらない者も居る。多くは男性だが、女性も居る。
 周りの会話から、今シェアーに居る軍隊は、数部隊を残して後はフライディに渡るということが分かった。デイではまだ空爆も陸戦もないのだが、海を挟んでウィケッドの隣にあるエクシビシュンでは、既に南の海岸にある基地のひとつが落とされたらしい。
 茶を飲みきらないうちに、受付の男が戻って来た。
「お待たせいたしました。四名さまでお使いになるには少々狭いと存知ますが、なんとか一部屋空きましたので、そちらで宜しいでしょうか?」
 狭いと言われて、カムは暫し考えた。
 いくらなんでもテントよりは広いだろ。どうしても狭いなら、何人かはテントで良いだろう。それに一部屋空けたって言ってるしなあ。今更断るのも悪い気がする。
「分かった。それで頼む」
 カムが言うと、受付の男はロビーを忙しそうに歩き回っていた人から一人呼んで、その女に鍵を渡した。
「私がお部屋までご案内します」
 女がそう言って歩き出したので、カム達もそれに続いた。
 案内された部屋はテントに比べると十分に広かった。ただ、部屋の中は空っぽの状態で、部屋の壁に内線専用と思われる電話機がポツンとぶら下がっているだけだった。
「急いでお部屋を用意しましたので、まだ何もなくて、本当に申し訳ないです。夜になりましたら、お布団を用意致しますので」
 女は深く頭を下げてから部屋を出て、部屋の前でまた一礼してから扉を閉じて行った。
「火薬の臭いがするな」
 カムが言う。
「部屋を空けさせたとか言う話だから、さっきまで軍が使ってたんだろう」
 ナティが言った。
「ロビーに居た人たち、普通の人よね。兵士とか、そういう感じじゃなかったわ」
 セイが呟いたのを聞いて、カムがセイを見た。
「ああ。戦争なんて誰も経験したことないし、ほとんどの奴が、誰かと戦ったこともないんだろう」
 戦争というものは、歴史上の出来事だった。有事の為に、各国共に軍を持ってはいるが、国の間ではこれまで小さな紛争すら起こったことがなかった。軍の仕事と言えば、国内での要人警護や、大きな催し物の際の警備に当たるのが常だった。
 それなのに今回は、軍に志願した者だけでなく、強制的に徴兵された者も居ると聞いている。
「お気楽に暮らしてきた軍の奴らには良い薬だと思わなくもないが、少し規模が大きすぎる」
「少しどころじゃないわ。全世界が戦争の舞台になるんだもの」
 セイが部屋の窓から外を眺めながら言う。
 窓から見下ろすと、そこにも軍服を着た人たちがごった返していた。

 翌朝、ユメ達はエクシビシュンに渡った。大陸を繋ぐ大橋では検問があったが、今は形だけのようで、何も調べられることもなく通ることができた。
 フライディの町に入る。
 シェアーと同じように、軍の車や人が多く見られた。
「俺はちょっと実家に寄ってくる。ナティはどうする? 急ぐなら、俺のことは構わず先に行ってくれればいいが」
 カムが言う。
「一緒に行こう。海を渡るのに、お前の魔法を頼りにしてたんだからな」
 ナティが言った。
「前行った時に使ったような召喚魔法は、俺には多分無理だぞ」
「船で渡るにしろ、魔法の助けがなければ安全には行けない。俺やセイも魔法は使えるが、専門じゃないからな」
 ナティに言われて、カムはそれに納得したのか、「わかったよ」と言って笑った。
 フライディには何度か立ち寄ったが、カムの家には行ったことがない。カムに付いて町を歩く。道すがら、カムは両親についてユメ達に説明した。カムの両親はフライディで普通に仕事をしていて、魔法使いではない。両親は子育てはあまり好きでなかったのか、小さかったカムを魔法の先生の所に預けて、そこで生活させた。そんな親なので、カムはあまり両親が好きではなく、家にも滅多に帰ったことがなかった。
 カムの家は、繁華街にあった。
「こんにちは」
 カムが挨拶して、玄関の扉を開ける。「ただいま」ではなくて、「こんにちは」。
 家の奥から、小さな女の子が走ってきた。黒い髪を二つに分けて、耳の上の辺りでくぐっている。
「いらっしゃいませ」
 たどたどしい口調で、カム達を出迎える。三、四歳くらいだろうか。
「お父さんかお母さんに、『お兄ちゃんが来た』って伝えてくれないか」
 カムは少女に向かって言った。
「妹さん? 居たの?」
 家の奥に向かって走っていく少女を見送りながら、セイが聞く。
「ああ。親父の再婚相手の連れ子だ。レスナっていう名前だ。俺が滅多に家に居ないもんだから、全く覚えていないらしいな」
 カムが言った。
 暫くして、母親らしき人が出てきた。
 カムを見て、嬉しそうに笑っている。カムは滅多に家に帰らないから、嫌われていると思っていたのだそうだ。
 しかし、その後に出てきた父親は、カムを見るなり怒鳴った。
「今までどこに居たんだ! 今は隣近所の男子はみんな軍に志願して、前線へ向かっているんだ。それなのにお前は家にも帰らずに、どこをほっつき歩いてた!」
 カムが前髪をかき上げる。
「だからあまり戻りたくなかったんだ」
 小声で言う。一応これでも両親なのだから、心配して来てみたのだが、やはり嫌な思いをしただけだった。
「ま、元気そうで安心した。俺はこれから、その前線とやらに向かうよ」
 こう言えば、父親も言い返せないだろう。
 実際に、父親は苦い顔をしたまま黙った。
「じゃあな」
 カムが言って、小さな妹に手を振る。
 レスナはさっきの父親の怒鳴り声に驚いたのか、母親の後ろに隠れていたが、自分に向かって手を振っていると気付いて、一生懸命に手を振った。
 カムの家を後にする。
「あれで良かったの?」
 セイが言う。
 自分の家というのは、もっと休める場所のはずだ。
「生きてるか死んでるか確認したかっただけだ。あんだけ元気なら問題ないだろ」
 カムは答えた。

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