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明日の行先

「どうした、ガルイグ」
 ナティセルが言った。
「それは、こっちの台詞ですよ。何を見ていたのですか?」
 逆に、ガルイグに聞かれた。
「ああ、これは」
 ナティセルは咄嗟に、自分が見ていた物をガルイグの目から遠ざけようとした。
 安っぽい、ペンダントだ。
 このあたりの土地を収めている領主のナティセルが持つような、高価なものではない。
 もっとも、領主といわれても、知らない者にはピンと来ないだろう。ナティセルは、まだ十五歳だから。
 少し長めの金髪を、軽く束ねている。いかにも、利発そうな顔をしている。ただ、十五歳の少年にしては背も低い方だし、髪を伸ばしているせいか、ぱっと目は、全くの少女だった。
「なんなんです? ひとに見せたからといって、減るものでもないでしょう」
 ナティセルの隣に立つ青年、ガルイグは言った。
 ガルイグは、ナティセルの家臣。年はナティセルより幾分上だが、それなりに、良き友だった。
「おまえに見られたら、すごく減るような気がする」
 ナティセルが、冗談めかして言った。
 やれやれ、とガルイグが手を上げて見せる。
「会えると、いいですね」
 話を変えるように、ガルイグが言う。
 なぜ、知っているのだろう。
 ナティセルは少し不信に思ったが、特別ガルイグに対して、隠そうとしていたことでもなかったので、気にしないことにした。
 ナティセルの左耳には、銀製のピアスをしてある。
 願いが叶うまで。
 あまり、男はこういう、まじないめいたことはしないものだが、ナティセルは、何かにすがりたかったのだろう。
 緑の瞳のひと。
 未来とは、なんだろう。
 決まっていることなのだろうか。
 破滅……?
 消してしまった記憶。少し、後悔。もう一度会ったとしても、緑の瞳のひとには、ナティセルのことがわからない。いや、どちらにしろ、こんなにも時間がたったのだから、記憶を消していなくても、忘れられているかもしれない。
「見るだけだぞ」
 そう言って、ナティセルは、ガルイグの目の前に、ペンダントを差し出した。
 明らかに金鍍金[きんめっき]の、重さも軽い、ペンダント。トップには、四角くカットした緑の宝石が入っている。
「触るんじゃない。大事な貰い物だから」
 手を出したガルイグに向かって、ナティセルは言った。
「ああ、わかりましたよ」
 ガルイグは、宝石を見つめている。
 彼から見たら、ただの、おもちゃだ。
 しかし、精霊が宝石を見ている。もとの持ち主が、ガルイグ達と同じ精霊魔法使いだったのか、宝石自体が、精霊に近いものなのだろう。
「いいものですね」
「当然だ」
 ナティセルは、ペンダントを手元の小物入れに戻した。

「未来はもう見たくないから」
 緑の瞳のひとは、ナティセルにそう言った。
 ニ年前。
「怖いから」
 怖い、未来。
 ナティセルには、そんな未来は見えない。この、緑の瞳のひとのほうが、強い力を持っているのだろうか。それとも、このひとの、ただの思い込み?
 嘘とは思えなかった。
 破壊……、だれが? 自分。自分の、せいで。
 だから、怖い。
 こんなにも、強い、可憐なひとが、そう言っている。嘘ではない。
「それでは、記憶を消します。それで、未来を見る力のことも、忘れられます」
 ナティセルは言った。
 緑の瞳の人は、頷いた。
 それから、不安そうな目で、ナティセルを見た。
「なに?」
「全部、忘れるのか?」
「いや、忘れるのは、未来を見る力のことだけ」
「そう。なら、いい。でも、」
 緑の瞳のひとは、ナティセルに、ペンダントを渡した。
 親の形見だそうだ。いや、このひとの父親というひとには会ったから、母親の、だろうか。
「お前は、」
 ナティセルが、記憶を消そうとしたとき、緑の瞳のひとが言った。
「おんなみたいだな」

 強く、なって。
 誰にも、負けないように。
 生き残れるように。
 未来を 変えてくれ

「ちが――」
 否定しようとして、言葉につまる。
 なんだろう。
 何を見たんだろう。
 自分の、未来は、決まっているから。
 わからない。
 生き残るのは、自分?
 違うはずだ。
 未来を変えることは簡単そうだ。でも、それが、それこそが――。

 緑の瞳のひとは、静かな寝息を立てて眠っていた。
「大丈夫。君が怖がる未来には、しない」

 自分は、もう数年もしないうちに、死んでしまうのだろ
うか?
 未来と引き換えに。
 でも、会いたい。もう一度。

「ガルイグ」
 ガルイグに声を掛ける。
 今、ナティセルは、十五歳。あと、運命の日まで、少し。
 具体的な日付は分からないし、具体的に何が起こるのか
も知らないけれど、それが、未来というものだ。
「天寿をまっとうすることだけが、正しい生き方でもない
よな」
「え?」
 ガルイグが何か不服な顔をした。
 一瞬、天寿をまっとうできないのが、ナティセルのことのように思えたのだ。
 が、ナティセルが言ったのは、多分、彼の母の事だと思いなおし、
「ああ、そうですね。そもそも、生き方に、正しいもなにもないですよ。満足しながら生きましょう!」
 ガルイグは、そう言って、軽く帽子をかぶり直した。
「さあ、もう帰りましょう。セラ姫も、もう来ている時間です」
「ああ、そうだな。また、明日だな」
 ナティセルは、歩き出した。何も見つからなかった遺跡を背にして。









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「なぁ、ナティ、もし俺がこんな惑星じゃなくて生命の星
に生まれてたら、もっと普通の生活ができたんだろうな。
――今見えている星の中にあるのか?」
「見えはしないけど、多分あるさ。――ユメ、この闘いが
終わったら、二人で生命の星に行こう」



タタカイ ガ オワッタラ
 フタリ デ イノチ ノ ホシ ニ ――

<END>

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