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竜の剣の最後の物語

 二人は並んで歩き始めた。
「あの、」
 ファーシィが言う。
「リードラさんは、冒険者の方ですか?」
「いや、そんな大層なもんじゃないさ。卒業旅行ってやつかな」
 リードラは先月上級学校を卒業したばかりだ。
 ファーシィが不安げな表情を作ってリードラを見上げた。
「そんな、楽しい旅行気分で来るようなところではありません」
 ファーシィの言葉に、リードラは一瞬答えに詰まる。
「……ん、ああ、知ってるさ。俺のご先祖様が、あの山に縁のある人だとかで、勉強ついでに来てみたんだよ。そう言うあんたはどうなんだ。冒険者って感じじゃねえし、他に仲間も居ないんだろ?」
 今度は、ファーシィが言葉に詰まった。
「その……、言わないと、駄目ですか?」
「そりゃあな。財宝見つけて、横取りとかされたら俺も嫌だし」
 もっともらしい理由を付けて説明する。
 リードラには、急に現れたファーシィを信用することはできなかった。一人旅が危険だということは十分承知しているつもりだ。自分の目的の物を他人に取られては元も子もない。この女も、一人だと言いながら実は夜盗の仲間で、自分を殺して荷物を奪う気かもしれないのだ。
「そんなことしませんよ。ちょっと見てみたいだけなんです。伝説のディガーソードを」
「ディガーソード?」
 リードラに尋ねられて、ファーシィはハッとしたように口を手で押さえた。
「えっと、あの……、その……」
 ファーシィは困った顔をして言った。
「言わなきゃ、駄目ですか?」
 リードラは問答無用で頷いた。
 辺りが暗くなって大分経っていたので、理由を聞く前に寝る準備をすることになった。宿は未だに見つからないし、人に聞こうと近くの家の戸を叩いても誰も出て来ないので、野宿だ。
 リードラは背負っていた大きなリュックから一人用のテントを取り出したが、ファーシィはそんな物は持っていないようだ。聞くと、いつも外套に包まって寝ているのだそうだ。
「案外、安全なんですよ。これにすっぽり入っちゃって丸まってる方が」
 外套を地面に広げてファーシィが言った。
「テントとか重いですし、ここに人が居ますって言ってるようなもんじゃないですか。こうやって包まっちゃえば、外からは汚い、って自分で言うのもなんですが、布が転がってるようにしか見えないでしょ」
 そう言って、器用に外套の中に収まった。
 入る所を見たリードラからは、中に人が入っているようにしか見えないが、知らなければ確かに分かりにくいかもしれない。
「木陰でこれやって寝てたら、朝になって起きてみたら周りが生ゴミだらけでびっくりしたことがあるわ。ゴミと間違えられたのね」
 そういって、外套から頭だけだして笑う。
 リードラはテントを広げると、もう暗いからと、色の入ったゴーグルを外してテントの中に置いた。
 ファーシィを見ていても、盗賊の仲間には到底思えない。いやしかし、油断させておいてこっちがぐっすり眠ったところで財産を持って逃げることも考えられる。
「おい、ファーシィ、あんたテントで寝ろよ。俺、外で寝るから」
 女性を気遣うふりをしつつ、外で自分が見張る。なんて良い案だろうとリードラは思った。
「そんな。悪いです」
 両手で結構ですの動作をしながら、ついでに首も左右に振る。
「でも、風も強いし、砂だらけになるぞ?」
「ああ、そうかも……、でもそんなお手数お掛けできませんし」
「その布団代わりの外套じゃ、体も痛いだろうし」
「う、まあそれは……。でも駄目です。リードラさんにご迷惑お掛けしたくないですし」
「俺は迷惑だとは思ってないよ。むしろ断られる方が迷惑って言うか」
 ついうっかり、本音が出てしまう。
「あ……。ご、ごめんなさい」
 ファーシィが謝る。
「その、リードラさんが親切で言ってくれてるのに、わたし、なんだかリードラさんを信用してないみたいな言い方しちゃって。本当に悪気はないんです。その、親切にしていただけたの、凄く久しぶりで。もう、わたしったら。本当すいません」
 リードラの真意はばれていないようだ。と言うより、ファーシィは相当、天然が入っているようだ。
「いや、良いんだ。じゃ、ファーシィがテントで、俺は外で良いかな?」
 ファーシィは頷いた。
 ファーシィは起き上がって、布団代わりにしていた外套を叩く。外套の下は、熱い気候に合った袖なしの薄手の服だ。

Illustration: 蟻河歩

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ファーシィ
リードラ

 月が出て、ファーシィの輪郭が浮かび上がる。
 その姿にリードラは見惚れてしまった。
「ん? 何ですか?」
 リードラの視線に気付いたファーシィが問う。
「いや、あんた、おばさんのくせに、良い体付きしてるな……と」
 ファーシィの顔が赤くなった。
「だ、誰がおばさんですかっ!」
 怒っているようだ。
「これでも、見た目は十代の時から変わってないんですからね!」
 自慢しているつもりだろうか?
「まあ、確かに見た目はガキっぽいよな」
「フォローになってません」
 ファーシィは怒った顔のまま、テントに入って行った。
 ガキっぽいとは言ったが、身長が低いだけで、後は大人の女性そのものだ。
 よく一人で旅してられるな。
 女性の一人旅が危険なのは、どこの地方へ行っても同じはずだ。町の中でさえ、女性が一人で出歩いていると危険だと言われるくらいなのだから。
 やっぱり、夜盗かな。可愛いのに、もったいないな。
 テントの中から、がさごそと音がする。
 貴重品は全部自分の手元に置いてある。テントは空っぽだ。何も盗まれる心配は無い。
「灯り消しますよ?」
 テントの中から、ファーシィの声がする。
「ああ」
 リードラが返事すると、テントの中に点いていたランプの明かりが消えて、月明かりだけになった。
「あ、ゴーグル」
 暫く経ってから、リードラはゴーグルをテントの中に置きっぱなしにしていることを思い出した。さっきから、強風のせいでバチバチと砂粒が当たっている。外に居るのなら、砂避けにゴーグルが欲しい。
 テントの中からは物音一つしない。ファーシィは眠っているようだ。
「ゴーグル、ゴーグル」
 言い訳のように呟きながら、リードラはテントに入った。
 テントの中は暗くてよく見えないが、いつもゴーグルを置く場所は決まっている。
 だが、いつもの場所には無かった。ファーシィが別の場所にやってしまったのだろう。
 さすがに、そうなると暗闇の中では探しようがないので、リードラはランプを暗めに調節して点けた。
 ゴーグルはすぐに見つかった。ファーシィの向こう側に置いてある。
 テントの中ということでか、ファーシィは外套にすっぽり包まっているのではなく、肩から上が灯りの下に出ていて、橙色の灯りが、ファーシィの白い肌に反射している。
 これから、ファーシィの向こう側にあるゴーグルを取るわけだが、そうするには、ファーシィの上に覆い被さるようになることが明らかだ。
 少しの間迷ったが、まあ触らなければ起こす事もないだろうし大丈夫と思い、リードラはファーシィの向こう側に手を付いた。
 その時だ。
 ファーシィが両腕をリードラの首に向かって伸ばした。
 実はファーシィは起きていて、今まさに、リードラの首を絞めて殺そうとしているのかもしれない。
 が、そうではなかった。ファーシィは伸ばした腕をリードラの背後に回して、そのまま抱きしめたのだ。
「大好き」
 身動きが取れなくなったリードラの耳元で、ファーシィが囁く。
「起きてるのか?」
 緊張の余り掠れた声でリードラは尋ねたが、ファーシィから返事は無かった。代わりに、規則正しい寝息が聞こえる。
 なんだ、寝言か。
 リードラは安心した。
 いや、安心するのはまだ早かった。未だに、ファーシィの腕に抱かれたままなのだ。頬の下には、ファーシィの柔らかな胸がある。
「ん……?」
 どうしようかとリードラが思案していると、ファーシィが目を覚ました。
 リードラの重みで苦しくなったからだったが、自分で何をしたか分かっていないファーシィは、目の前にリードラが居ることに酷く驚いたようだ。
 今にも叫び声を上げそうな雰囲気だったので、リードラはその唇を自分の唇で塞いだ。
「んーー?」
 ファーシィが鼻で息をしながら何か訴えかけているが、こんな夜中に大声を出されても困るのだ。
 リードラは唇を離すと、今度はすぐに、手でファーシィの口を押さえて声を出せないようにした。
「キスぐらいで騒ぐなよ。あんたが、大好きって言ったんだぜ?」
 リードラがそう言うと、ファーシィは顔を真っ赤にして黙った。自分が見た夢のことは覚えていたのだろう。
 ファーシィの視線が、ぼんやりとリードラを捉えている。
 ランプの薄明かりの下で、ファーシィの頬は橙に染まっていた。涙なのかどうか、瞳が潤んで見えて、余計いとおしい。
 リードラがファーシィに顔を寄せると、ファーシィは目を閉じた。
 深い口付けをする。
 ファーシィは何も言わなかったし、抵抗もしなかった。
 なぜ抵抗しないのか聞こうと思ったが、せっかくの雰囲気を壊すような気がして聞けなかった。リードラとしては、今だけ恋人気分に浸れれば十分だった。
 首筋に口付けすると、ファーシィはくすぐったそうに身を縮めた。
 ファーシィが大好きと言った相手は、リードラではない。
 そんな事は分かりきっているが、それが急に腹立たしくなった。
 リードラはゴーグルを掴むと、荒っぽくテントの扉を開けて外に出た。
 ファーシィがテントから顔を出した。リードラはファーシィに背を向けている。
「その、わたし、こんな事久しぶりで、あの、何かおかしかったりしませんでしたか?」
 ファーシィは、リードラが全く喋らないので不安になったのか、そう聞いてきた。
 ファーシィは、なおも黙ったままのリードラを見て、意を決したように言った。
「あの、実はわたし、結婚してたんです」
 さすがに、リードラも驚いた。
「は? 何それ。じゃあ、俺はあんたの旦那の代わりって訳か?」
 酷くバカにされた気がした。
「いえ、その、夫とは随分長い間一緒に暮らしていましたが、もう数年前に死別して、今はわたし一人で。わたし、彼が居なくなってから、こんなに親切にしてくれる人初めて会って、それに、その、必要とされてる感じが、嬉しくて」
 顔を真っ赤に染めて、ファーシィは俯いた。
「ああ、でも、別に、こんなことになったからって、これ以上のお付き合いを迫ったりはしませんから。その、安心してください」
 ファーシィの態度は先程からずっとおどおどしていて、後で責められたら開き直ろうと考えていたリードラは、その態度に対してどう接すれば良いのか検討がつかない。
「えっと、あの、正直言うと、若い男の子に迫られて、ちょっと嬉しかったりとか。あはは」
 ファーシィは困ったような笑顔で笑った。
 さっきから何も喋らないリードラに、どう対応すれば良いのか、ファーシィも分からないのだ。
「……じゃあ、『大好き』ってのは、死んだ旦那の事か」
 ファーシィの笑顔が曇る。
 ファーシィは頷いた。
「夢を見たの。彼が生きてる頃の夢。すごく幸せで永遠に続くと思っていたのに……」
 ファーシィの瞳から涙が溢れ出す。
 そうやって泣く人間をリードラは知っている。『あなたに会えて幸せだった』そう言いながらリードラに別れを告げた昔の恋人に似ている。
「幸せな時を思い出して泣くなんておかしいよ」
 リードラが言った。
 昔の恋人には言えず終いだった。言えたとしても、恋人が笑うことは無かっただろう。単に綺麗な別れを演出したかっただけだという事を、リードラは分かっていたから。
「幸せだったんだろ? だったら、笑わなきゃおかしいよ」
 ファーシィが、リードラを見つめた。
「そんなこと言う人、初めて会った。みんな、そんな悲しい思い出は忘れてしまえって言うのに」
 目を丸くして、ファーシィが言う。
「ちょっと嬉しい」
 ファーシィが微笑んだ。

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