04年5月の日記。  今の日記へ

【「実名」と「筆名」と「匿名」と。その4】 04/05/23 23:36

前回は「実名」をネット上で使うことの危険について書きましたが、今度は「筆名」を使うことの危険について。

まず一つは、当然のことですが…「筆名」だからといって書いたことの責任が消えるわけではない、ということ。書いたことはその筆名に付加される信頼の蓄積に関わります。あまりに自分勝手なことばかり書いていると、「信頼のおけない人」と判断され、誰からも相手されなくなることも。
そして、内容がさらにひどければ、侮蔑や名誉毀損・風評の流布などで法的な責任を問われることもあります。
法的責任を問うためにはその人の実名や住所が必要となりますが、たとえ実名を名乗っていなくても、面倒な手続きさえ踏めば、IPアドレスからその使用者を割り出すことはできます。匿名Proxyを使っていたとしても、手間が増えるだけでログを追っていけば元のIPアドレスにたどり着きます。(もちろん、それすらごまかす方法はありますが…)
「自由」には「責任」が伴うのは当たり前のことではありますが、ネット上のトラブルを見ていると、ネット歴が浅い人の中にはそれすらわかってなさそうな人がいるのは確か。

もう一つの危険は、ネット上での「筆名」を用いたコミュニケーションに慣れていない人とやりとりが必要な場合、「筆名」のまま対応したことが原因で、些細なことがこじれて重大なトラブルに発展してしまう可能性があること、です。
ネットの筆名文化に慣れていない人にとっては、人名とは思えない名前はまるで「怪人二十面相」であるかのように怪しく見えてしまうのだそうです。そのために、こちらからのメールなどをすべて「悪意に基づくもの」だと解釈され、必要以上に警戒されてしまい、誤解が膨れ上がってしまうことも。
たとえば、自分のサイトの掲示板に、リモートホストがとある企業の迷惑書き込みが多数あったとします。何度注意してもやめてもらえない場合は、その企業に連絡をとって対処してもらうしかありません。そのお願いメールをいかにもな「筆名」で書かれていた場合、受け取った企業の人がそういう対応に慣れていない場合は、「怪しげなメールが来た」「脅迫か?」と勘違いしてしまうことがあるのです。
office氏の事件も、beyond氏の事件も(事件の経緯を述べた記事を読んだ限りでは)もし筆名が普通の名前ぽいものであったなら、もう少し違った展開になっていたのではないか…と個人的には思ったのでした。

こういう筆名による危険をやわらげる方法は、企業に微妙な問い合わせをメールで行う場合には、ハンドル名ではなく実名(もしくは実名に見える名前)を名乗ることではないかと思います。
もっともこれはこちらからアクセスする場合にしか通じません。サイトでの記述が問題で企業からクレームがつけられる場合はその手は使えませんから… 実名ぽい筆名を使用するか、筆名とともに実名ぽい(もう一つの)筆名を併記しておく、という手もありますね。ズルいといわれそうな手段ではありますが。


【「実名」と「筆名」と「匿名」と。その3】 04/05/17 22:03

5/10の日記【「実名」と「筆名」と「匿名」と。その2】の続きの話です。
やっと、ネット上で実名を使うことの危険性について。

ネット上で実名を使う危険度は、その人によって違います。その指標はずばり「同姓同名がどの程度いるか(もしくはそう思われるか)」ということ。
googleで、自分の実名で検索してみてください。何件ヒットして、そのうち自分に関する情報はどの程度でしたか? 同姓同名の数が少ないほど危険は大きくなります。自分以外の人の情報が200件くらいヒットすれば大丈夫ではないかと個人的には思うのですが、どんなものでしょうか。

実名使用の具体的な危険のひとつは、実名から住所などが調べられ、それによって物理的なダメージに繋がる可能性があることです。現在の個人情報ダダ漏れ社会では、お金を出してその筋(?)に調べてもらえば、本名とおよその居住地もしくは誕生日が分れば住所と電話番号くらい容易に判明するのではないでしょうか。危ない人に目をつけられしまうと、そうやって住所を調べられて、物理的に付きまとわれる可能性もあります。
それはもちろん怖い話ですが、よほどのことがない限り、そこまでの事態にはならないのではないかと思います。
でも、もう一つの危険は、ネットで実名を使っている人には誰にでも起こりえること。それは、実名をキーとした検索によって(実名を知ってる相手に)自分のネット上の言動がトレースされてしまうこと、です。

 隣に引越ししてきた人の名前でググってみる。
 友達の名前でググってみる。
 会社の同僚の名前でググってみる。
 自分が知ってる限りの人の名前でググってみる。
…何か気になる事件やできごとがあった場合、キーとなる人物の名前でとりあえずgoogleなどの検索サイトで調べてみることは既に普通の行為です。それが自分の周りの人に対して拡大されても、不自然ではありません。
もちろんこうやって実名でググられることは悪いことばかりではなく、音信不通だった学生時代の友人から連絡があったり、本名で行った仕事の履歴や評価が知られることで自分への信頼が増してプラスになる場合もあります。

ただ。ネット上での書き込みが、個人的な趣味やプライベートに関する告白など、自分を知っているすべての人に見せることができない場合(もしくはそれらの情報と容易に関連付けられる場合*1))には、それらがあまり知られたくない人に知られてしまい、いたたまれなくなる可能性もあります。
*1)実名が掲載されているページから筆名で執筆しているページにリンクしていたり、実名掲載ページのメールアドレスでさらにググれば筆名でのページがヒットする、など。

しかも、実名でのネット上での言動は、一生その人についてまわる可能性があります。なんらかの問題があって実名で運営していた自分のページを削除し、そのページ自体がgoogleから検索できなくなったとしても…そのページを引用してのコメントや、他のページにトラックバックをした場合、自分の名前が残ってしまうことがあります。
それら他のページが削除されてgoogleでは一切検索でひっかからなくなったとしても、恐ろしいことにInternet Archiveに残っている可能性があるのです。
しかもInternet Archiveは昔はURL指定でしか過去のデータを調べることはできませんでしたが、現在はキーワードを指定しての検索ができるようになっています。今のところは検索のキーワードに日本語は使えませんが、これがマルチ言語に対応して、日本語でも検索できるようになったら… 消したはずの過去のページが見つかってしまう可能性も。
幸いなことに、Internet Archiveに収録されているサイトはそれほど多くなく、また取得頻度もそれほど高くはないので、自分にとって消えてほしい過去が残っている可能性はそれほど高いわけではありませんが…
(Internet Archiveも申請すれば削除されるそうですが、ルートにおいたrobots.txtか、英文メールで問い合わせをしなければいけないために、やったことがありません。)

さて、話を本来に戻して、mixiに本名参加する危険について。mixi中のデータは当然googleでは検索できません。かといって、オープンではない場所でのやり取りだからといって安全だとは限らないのです。会員となって一度中にはいってしまえば、ソーシャルネットワークも巨大な個人情報データベースの一つに過ぎません。
ソーシャルネットワーク内であっても、プロフィールや日記でパブリックな情報しか公開していない場合はいいのですが、センシティブ情報が含まれている場合には「自分のリアル知り合いに知られてしまう」というリスクが生まれます。ソーシャルネットワーク内で実名を使わないために信頼されないリスクと、実名を晒すことのリスクを天秤にかけて、私はmixiでは実名を使わないことにしたのでした。

危険だからといって、実名を全くネット上で使わないわけにはいきません。例えば仕事に関連したことは、実名で行うのが当たり前ですし。
ネット上で実名を使わざるをえない場合は、パブリックな部分と結び付けられたくないものは、筆名を用いて別名義で書くというように顔を使い分けるのが一番現実的なのかもしれません。
これらのリスクを分った上でネット上で実名を使うのであればいいのですが、若い子の中には深く考えずに使っているような人がたまにいるので、そういうのを見ると心配になってしまいます。

話の方向性は変わるのですが、1年ほど前の日記【よい名前。】(2003/5/7)に書いた話に。もし、たとえ軽犯罪であっても一度容疑者として実名がネット上に出てしまうと、一生それがついてまわる可能性があります。実際に、罪を償った後に再就職しても、過去の事件のことがネットの検索によって同僚に知られてしまい、いたたまれなくなって仕事をやめてしまった…という形でネット上で実名が検索できたことが、更生の妨げになることもあるそうです。
一般のニュースサイトは一定期間掲載後に過去の記事が削除されるところが多いですが、元のニュースサイトは削除されても、個人サイトに容疑者名を含めた記事が引用されていて、それが検索に引っかかってしまうことがあるそうです。
どうしても容疑者の名前を載せたい理由がないのであれば、自分のサイトで新聞の記事を引用して論じたい場合は容疑者名をイニシャルに変更するように気を使った方がいいのではないのかと個人的には思います。
それより先にマスコミがネットでの検索の怖さも考慮した報道をするのが先なのかもしれませんが。


【「実名」と「筆名」と「匿名」と。その2】 04/05/10 22:31

「ヒカルの碁(補)その44」、アニメ「ヒカルの碁」のスペシャルDVD発売他。

トニセンの舞台「SAY YOU KIDS」を見てきました。→タイトルからして、今回は西遊記モチーフの話かな?と期待していたので、がっかり。前二作も嫌いではないのですが、でもたまにはもっと夢のある話をみたかったのです。話の展開に救いがないのはかまわないのですが、舞台設定が貧乏くさいのがちょっと。前二作と同じようなモチーフの話になってしまいましたが、前二作に比べるとエピソードの作りこみが甘く、ただ不幸が並べられたという感じがしてしまいました。
坂本くんの影の薄いサラリーマンぶりは見事で、最初は「あれ、これ坂本くんだよね?」と思ってしまったほどでした。三部作のラストだそうですが、次にトニセンで舞台をやるなら、もう少し華やかな舞台をしてほしいなあと思います。


4/26の日記【「実名」と「筆名」と「匿名」と。その1】の続きの話です。
森山和道さんのmixiでの4/27の日記(引用許可ありがとうございました)に何気に書かれていた一文を読んで、もやもやした部分がクリアに見えてきました。

「実名ていうか「素性」
が分かるかどうかが大事なんだろうな。

そこが匿名か非・匿名の差だと思う。
実名か実名以外かというのは、ある意味、どうでもいいこと。 」

たしかにポイントは「素性」が判断できるか、ということ。その判断基準は時代や文化によって変わってきましたが、現在は一般的にはその人の属する組織(会社や学校)と実名が身元保証の基本という感じでしょうか。

さて、私の場合。私がネット上での「素性」を判断する基準に「実名」をいれていないのは、経験から「その人の実名(らしきもの)を知っていたとしても、その人を信用できるかどうかは別問題」と感じているからです。
理由のひとつは、単純にその「実名らしきもの」が本当にその人の実名であるのかどうかの判断が容易にできないこと。所属する組織を名乗ってもらって、公開されているその組織の代表番号にかけて、本人に電話を転送してもらい、その人に尋ねれば本人確認ができるかもしれませんが、それはあまりに手間がかかりすぎます。
もうひとつの理由は、実名を知ったところでその人をよく知らない状況では信頼できないということ。あまりにも当たり前の話ですが…

名前はその人を他の人と区別するための記号に過ぎません。信頼できるかどうかはその人をその人たらしめているもの、例えば知識や価値観・判断基準など、その人の人格が感じられるかどうか判断しています。それで「信頼できる」と思えるのであれば、その人を区別する記号が「実名」であっても「筆名」であっても大した違いはありませんから。

でも、私はネット上の活動についてはこう考えていても、もし隣に越してきた人が引越しの挨拶で「いかにも筆名な名前」を名乗ればまず「怪しい!!」と感じてしまいそうです。「近所付き合いが実名でするのが普通」という身に染み付いた「常識」からそう判断して。
もっとも、ネット上と違って近所付き合いの場合は物理的な距離が近いために、トラブルになれば深刻な事態になる可能性が高いので、いざとなれば変更可能な筆名ではなく、一生付いてまわる「実名」を知っていた方が安心だという面はありますが…

ネット上で実名を使用することの危険性についての話は、次回に。


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