9
「御馳走様」
コヒの宮に来てから何週間か経った。ナティも食卓に来ていた。最初に食べ終わったのはセイだ。
一言も喋らずに食事するので、皆よりも早く食べ終わるのだ。毎日、セイかユメかのどちらかが先に食べ終わっていた。食べ始めるのは同じ時間からだったが、食べ終わるのがバラバラだったので、自分の使った食器は自分で洗うのが当たり前になっていた。
セイが席を立つ。
「ねぇ、セイ、ちっとも話さなくなったよ。どうしたんだろう?」
トライが小声で、隣に居るカムに言う。
「『なった』って、昔は話してたのか?」
「うん。ユメはいつも静かだったけど、セイはわたしよりもよく喋ってたよ」
「そうか」
カムはあまりそのことは気にならないようだった。
以前からセイと一緒に暮らしていたトライとは違うのだ。当然のことである。カムでは話しにならない。
「ユメ……」
「御馳走様」
ユメを呼びかけたとき、ユメはそう言って席を立った。
「セイ」
洗い場に立つセイにユメが声を掛ける。
「なに?」
セイは振り向かずに答えた。
「トライが言っていた。何でセイは食事のとき喋らなくなったのかと」
「そうかしら? わたしはただ、シュラインとカムのお喋りの邪魔にならないようにと思っているだけだわ」
言ってセイは後悔する。わざとらし過ぎた、と。
「セイ、俺はセイがシュラインに遠慮することはないと思うぞ?」
「ユメ、そういえばシュラインが、もうかなり前だけど、言ったわ。ユメは怖そうで近寄り難いって」
セイは、不意に、何日も前には分からなかったことを思い出した。
そうだわ。それでナティには言うなって言ったのね。
セイがこんなことをユメに言ったのは、ユメにもシュラインのひどさを知って貰いたかったからだ。セイにとってシュラインは、決して神の使い――神子などではなかった。カムを盗んだ泥棒でしかなかった。
「おい、見ろよ。あれ」
ユメがセイの肩を叩いて言った。見たことのない人物が二人、かなり遠くだが、木々の間を歩いているのだ。
「あんなやつら、ここにいたか?」
「いいえ。わたしも見たことないわ。どこに行くのかしら。確かあっちはスウィートたちの部屋がある方だけど」
夕食の後だった。ナティが部屋に戻ると直ぐに、シュラインが来た。
「ナティ、ナティも知っていると思うのですが、私、カムの事が好きなんです。私はカムと婚約したいと考えています。ナティは……」
シュラインはナティに、二人の婚約に賛成か、反対かを聞きたいらしい。ナティには反対する理由などなかった。あるとすれば……
「カムがいいと言うならいいといいと思う。俺としては反対しないが」
「有り難う、ナティ。……他に何か続けたいことがあるのでしょう? 反対はしないけれど?」
シュラインが寝台に腰掛ける。
「神子は一生純潔を守らなければならないのだろう?」
宮はどこの国にも属さない。神子は宮の頂点に立つ人物であり、その権力は一国の国王と同等とみなされている。しかしその権力は本人だけのものであり、子孫へ受け継がれるものであってはならないというのが国同士で定められた決まりだった。それが、宗教らしく純潔を守れということになったのだろう。
ばかげた決まりだと分かっていても、幼い頃からそう教え込まれたシュラインが、それに反するとは思えなかった。
「婚約しても、実際に結婚することはできないだろう」
「そんなこと、」
シュラインが、前に流れた髪を背中へ払う。
「ナティが無事に戻って来れば問題ありません。そうでしょう?」
青い瞳が、ナティセルを見る。
「なぜ、それを……」
「私も、なぜ神子が自分なのか、不思議に思って色々調べたわ。でもあなたに聞けば、あんなに苦労することもなかったのに。ナティは知っていたんでしょう? お母様から聞いて」
「婚約のことはカムに言ったのか?」
シュラインが微笑む。ナティが話をそらそうとするからだ。
「まだです。でもきっといいと言ってくれると思います」
シュラインが立つ。
「ひどい人ね。私をこんな島に縛っておいて、自分は自由だなんて」
シュラインはそう言いながら、部屋を出て行った。
宮の決まり事なんてどうでも良い。すでにそれを破っているのは自分なのだから。賛同できない理由は、そんなことではない。
セイはどうするんだ。
ナティの心配は、それだった。
第三章 終 (第四章に続く)
|