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最後の戦士達

「遅いわね、ユメルシェル」
 ピンがそう言って、ナティを見る。
 しかし、ナティは何か考え事でもしているようで、ピンに返事をする様子はなかった。
 戸口が、小さな音を立てた。
 ナティが席を立つ。
「どうしたの、ナティセル?」
 ピンは音に気づかなかったのか、不思議そうにナティに尋ねる。しかし、今度も返事はなかった。
 ナティは戸を開けた。これで何度目だろう。外で物音がするたびに、ナティはユメではないかと思って表へ出るのだ。
「ユメ」
 ナティの顔はほころんだ。やっと、ユメが帰って来たのだ。
 ユメはひどく疲れた様子で、服はボロボロになっていた。鎧は着けていなかった。
 ナティの喜びに答えるように、ユメもうっすらと微笑む。しかし、その微笑みはすぐに深い疲労の影に隠れた。
「どうしたんだ、ユメ?」
 ナティは尋ねた。自分の嫌な予感が当たったのではないか、そんな考えが脳裏に浮かぶ。
「分からない……」
 ユメは短く、そう答えた。
「分からないって、一体――」
「分からないものは分からないんだ! ……ナティ、どうなっているんだ? 何が起こったんだ? 俺には何も分からない!」
 取り乱すように叫んだ。叫んだ後、ユメは力を失ったように、その場に倒れ臥した。
 右手に一株の花を持って……。

「ねぇ、ユメどうしたの?」
 ユメの持って帰った花から取れる薬の成分で病気の回復したセイは、ユメが寝込んでいる姿を見て驚いたのだ。
「一人で、薬になる花を採りに森へ行ったんだ。その森で何かあったらしいんだが、帰って来てすぐ熱を出して、この様だ」
 ナティが言う。
「ユメは大丈夫なの? わたしたちみたいな病気じゃない?」
 セイは重ねて質問した。
「大丈夫ですよ。特別な症状が出ている訳でもありませんし、ただ熱が出ているだけのようですから」
 町の医者がセイに言った。まだ若い医者だった。
 この医者の父親は(父親もまた医者だったが)真っ先に例の病気にかかって死んでしまったそうだ。偶然かもしれない。しかし、薬も持っている医者が真っ先に死ぬのはおかしいと言えなくもなかった。
 町の人々の月神信仰はこの事のためにますます広がったようだ。ここまで信じられると、今更神子ではない、などとは言えなくなってしまった。
 ナティは、なぜ自分たちが町に入っただけで殺されそうになったのか、ウェルノウンに尋ねた。
「この町には特殊な結界が張られてましてな、外部の者はここまで入ることができないのです」
 ウェルノウンはこう言った。そして、続けて言う。
「その結界を張られたのはキフリの神子です。ですから、神子の結界を破る邪悪なものと人々は考えたのでしょう」
「キフリの神子が、ですか? 本当に?」
 ナティはずっと気にかかっていたことを尋ねた。
「さあ……、キフリの神子がどのような方か知りませんので、何とも言えませんの」
 ウェルノウンは首をかしげてから、そう言った。
「そうだ。神子にお見せしたい物があります」
 ウェルノウンはそう言って、どこからか鉄の箱を取り出してきた。
 それを開けると、中に木の箱が入っている。かなり大切そうな物だった。
 その木の箱の中にはたった一枚の紙切れが収まっている。
「古代文字だ」
 ナティが呟く。その紙には古代文字が並べてあったのだ。
「やはりそうですか。何しろ読める者が居ないので、どうしたものかと思っておりました」
 ウェルノウンはそう言って、暫くナティと一緒に紙を眺めていたが、居るだけ無駄と思ったらしく、部屋から出ていった。
 ナティはそれを別の紙に写して、分かる部分から訳していった。
 人間、血統、月、それにキフリか。
 ナティは考えた。これが伝説の一部であることは確かそうだ。ナティはもう一度、全文を通して読んだ。
『カズクャ キヤ』
 そう書かれた所で、それを追っていたナティの目が止まる。
 カズクャ キヤか。どこかで聞いた気がするが……。
 ナティは確かにそれを聞いていた。だがそれは一度しか聞いたことがなく、また聞いたことを忘れるように努めていたものだったので、記憶がはっきりしなかったのだ。
「何やってんだ、ナティ?」
 後ろから呼ばれて声の方を向くと、カムだった。
「丁度いいところに来たな。カム、これを見てくれ」
 ナティがそう言って、写した紙切れをカムに見せる。
「訳すのか?」
 カムがそれを見ながらナティに聞く。
「ああ」
 ナティは答えた。カムも古語を操る魔法使いなのだ。自分よりはこういうことに慣れているだろう。
 カムは一時紙を見ていたが、ややあって口を開いた。
「『正しい血を引き継ぐ者、悪、を制して世界を救うことができるのは、その者だけだ。星の瞬きを数えて、天に願い――この場合思い、かな――を広げろ。赤い月が昇るとき、キフリを破壊する者が生まれるだろう。そしてその者は世界も破壊しようとする。そして、神はその者がキフリを破壊した時、それ自身も共に滅びることを決めた。しかし、キフリの破滅は免れない。悪い血を引く者が、今また蘇って、キフリを破滅に導く』と書いてある」
「ここは何と訳した?」
『カズクャ キヤ』と書かれた所を指さして聞く。
「『赤い月』だ。カズクャが赤とか赤い、って意味で、キヤはお前も知っているだろうが、月。……でも変だな、この文。最初は世界を救う人の事を書いてあるのに、途中から丁度その逆の、世界を滅ぼす人の事になっている」
 カムが言う。
「ああ。確かにな。……カム、もういいぞ。ありがとう」
 ナティはそう言って、カムに部屋を出て貰った。
 カムの足音が聞こえなくなってから、ナティも部屋を出た。ユメの所に行くのだ。カムにそれが知れたら、冷やかされるに決まっている。
 ユメは昨日から熱を出して寝込んでいる。
 目を覚ましていたら良いが……。
 ナティはそう思いながら、ユメの居る部屋へ向かった。
 扉を叩く。予想通りだが返事はなかった。
「ユメ」
 枕元で名前を呼ぶ。
 昨日一体何があったんだ。分からないと言ったが、本当か?
 ナティは心の中でユメに尋ねた。
 ユメはまだ眠っているが、初めほど苦しそうではない。しかし、目を覚ます様子はなかった。
 諦めて、ナティは部屋を出ようと戸に手を掛けた。
「待ってくれ、ナティ」
 その声に多少驚いて、ナティはユメを振り返った。
 ユメが起き上がろうとしている。ナティはユメに駆け寄った。
「大丈夫か? まだ無理しない方がいい」
 苦しそうに頭を押さえるユメにナティが言う。
「俺が帰って来てからどのくらい経ったんだ?」
 ユメが聞く。
「まだそんなに経っていない。今は翌日の昼前だ」
 ナティは答えて、それからユメに尋ねた。
「一体いつから起きてたんだ?」
「良く、分からないんだが、ナティが来たときには起きていた」
 ユメが答える。
「……なあ、ナティ、誰が俺をここまで運んだんだ?」
「俺だ。急に倒れた時には驚いたぞ」
「そうか。良かった。ナティに会ったのが夢だったか現実だったか、分からなかったんだ」
 ユメはそう言って、それまで手に持っていたタオルを傍らに置いた。

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