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夕食も終わってユメは自室に戻った。ユメの部屋は旅立つ前から大して変わっておらず、以前生活していた時のままだった。ただ、まだ旅から帰ったばかりで、荷物は全部整頓し切れていない。
セイから、ナティが出発するという話を聞いてから随分時間が経ったが、ナティには会っていない。今日の夕食の時間も、わざとかと思うくらい見事にずれた。
会うつもりもないのか。
苛立つ。カムには伝えたのに、自分には聞かされていないのが苛立ちの原因だった。自分からナティに会いに行こうと思ったこともあったが、何を話せば良いのか分からず、結局今に至っている。
荷物の整頓も、やらなければと思ってはいるのだが、手付かずになっている。
そんなことを考えているうちに、部屋の前に誰か来たようだ。
部屋の扉が叩かれる。
「誰だ?」
聞かなくても、足音と気配で、扉を叩いたのがナティだということは分かっていた。
「ナティだ」
「入ればいいだろ」
ナティが扉を開けて、部屋に入ってきた。
ナティの後ろで、静かに扉が閉じる。
ナティは寝る時の服装ではなく、旅の為の服を着ていた。
「もう行くんだろ」
ユメは言った。
「ああ。一所に長居しない方が良いからな。ここの人たちに迷惑を掛けたくない。もちろん、ユメにもだ」
ナティが言う。
ユメは部屋の壁際にある机の前の椅子に座った。
一人で行くつもりか。俺も一緒に行っては駄目か。
質問が頭を過ぎるが、言葉にはしなかった。断られてしまったら、その後どうやって説き伏せればいいのか、分からない。
ナティから別れの言葉を聞くのは望んでいない。しかし、「何故?」などと聞かれると、答えに困るだろう。まだ一緒に居たいというだけでは、自分の気持ちを表すのに足りないと思うのだ。
短い沈黙の時間が過ぎる。
このまま黙っていても仕方ない。
そう思って、ユメが息を吸い込んだ時だ。
「それで、ユメ」
ナティがユメの近くへ来て言った。
椅子に座っているユメの手を取って、軽く引いた。つられるように、ユメは立ち上がる。
カムから言われたことは、ナティにはまだ言えそうにはなかった。
「俺と一緒に来てくれないか」
ナティは言った。
ユメがナティを見上げている。
「もちろんだ」
ユメは頷いた。ユメが聞きたかったのは、その言葉だったのだ。
ナティがユメの手をさらに引いたので、ユメはナティに倒れこむようになって、抱き留められた。
「ウィケッドは、今危険な状況だ。もしユメが望まないなら、俺は無理にとは言わない」
暖かく包まれて、耳元で囁かれる。
ユメは一気に緊張してしまった。ナティが言ったことに答えなければと思って言葉を考えるが、なかなかまとまらない。
「一緒に行きたいんだ。これは俺の望みだ」
なんとか落ち着いて、言葉を搾り出す。
言葉はまだ足りない気がする。一緒に行くだけではなくて、もっと長い時間を、共に過ごしたい。
言葉には、結局することができなかった。
荷造りは簡単に済ませて、ユメとナティは出発した。ウィケッドまではまだ遠い。
道場の裏門を出たところで、二人は呼び止められた。
振り返ると、セイとトライ、カムの三人が居た。
「俺も一緒に行くぜ。家にも寄りたいしな」
カムが言う。
カムはエクシビシュンの出身だから、ウィケッドに行く途中に通りかかることになるだろう。
「わたしも行くわ」
セイが言った。
カムが行くからなのだが、理由は言わなかった。
「わたしは……」
トライが、控えめに口を開く。
「留守番してるよ。皆と一緒に行けなくて残念だけど」
「トライ、ごめんね」
セイがトライに言って、ユメたちの方を見た。
「わたしが、トライに残ってって頼んだの。だって、わたしもユメも行っちゃったら、お母様たちを守る人が居なくなるから」
セイの言葉を聞いて、ユメは頷いた。ユメは、あまり育ての親のことを気に留めていないが、セイはあの二人を大切に思っているのだ。
「じゃあ、またいつか」
トライが声を掛けて手を振る。
ウィケッドに行くということは、デイよりも戦火の激しいエクシビションも通らなければならない。ウィケッドの状態は伝わって来ないが、きっと酷いものだろう。
しかし、デイもいつまでも安全というわけにもいかない。
徴兵が始まるという噂も聞く。
トライは、沢山居る国民の一人に過ぎない。だから、今起こっている戦争が何のためなのか、誰のためなのか分からない。戦争の大義名分はあるだろうが、そんなことよりも、トライは身近な人たちを守りたかった。それが、姉妹のように育ってきたセイの願いでもあるのだから。
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