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最後の戦士達

第九章

約束

 ウィケッドの浜辺に着いたのは翌日の明け方だった。潮流に乗れたので、これでも早い方だということだ。
「そういえば聞いてなかったが、ウィケッドで当てはあるのか?」
 カムがナティに聞いた。
「そういえば言ってなかったな。知り合いに連絡は行ってるはずだ。待ち合わせの場所もこの浜に指定したから、もう来ているかもしれない」
 ナティが浜辺を見渡して言う。
 いつの間に、どうやって連絡したのか不思議だったが、そこまでは聞く必要もないと思って、カムは舟を砂浜に上げる作業を続けた。
 浜から防風林と思われる林が見える。そこから、ひとりの男が現れた。
 こちらに向かって手を振りながら、走って近付いてくる。
 ユメは新しい剣の柄に手を掛けた。
 そのユメを、ナティが制する。
「さっき言った、俺の知り合いだ」
 走りにくい砂浜を必死に走ってきた男は、荒い息を吐きながら、膝に両手を当てて暫く呼吸を整えていた。
 男が顔を上げる。
「お待ちしておりました。ナティ!」
 男の顔が綻んだ。
「さあ、こちらへ。林の中の壕で、皆待っています」
 男に案内されて、四人は林へ入った。
 男が言っていた壕というのは、相当古いもののようだった。自然に出来た穴と言われても違和感がないかもしれない。しかし、少し奥へ進むと、急に明るくなった。人工の光だ。
 光の中から、少女がひとり飛び出して来た。金色の髪には真珠をあしらった飾りをいくつか着けて、裾が広がったドレスを着た、いかにもどこかのお嬢様と言った出で立ちだ。本来ならこんな場所にいるはずのない人だった。
「王子様っ」
 ナティの首にしがみついて、少女が言う。
「ちょっ、セラ姫。もうその呼び方は辞めたんじゃなかったんですか?」
 少女を引き剥がしながら、ナティが困った顔で言った。
「わたしが保証しますわ」
 そう言って、セラ姫と呼ばれた少女は首を少し傾げて微笑んだ。
 後ろから無言の圧力を感じて、ナティは振り返った。
 三人の視線が痛い。何も説明せずに、いきなりこの状況では、三人も意味が分からないことだろう。
「紹介する。最初に迎えに来たこの男が、ガルイグ。俺の家臣だ」
 ガルイグが三人に向かって一礼する。
「それから、この人はセラ。……今この国を支配しているシドの娘だ」
 セラがお辞儀をする。それから、今の紹介が不服だったのか、ナティを見てから頬を膨らませた。
 ナティは困った顔で笑った。
「セラは、セトの婚約者だ」
「王子の?」
 セイが聞く。以前、ウィケッドの王子の名前をナティから教えてもらった。
「お前の、婚約者ということか」
 セイの後ろに居たユメが、声を出した。まだ暗い場所にいるから、表情が見えない。しかし、確かに怒っているようだった。そうでもなければ、ナティが自分からは言っていないことを、わざわざセイ達に分かるように言ったりはしないだろう。
「え? 何? どういうこと?」
 セイが、明らかにうろたえた様子で言った。今ユメが言ったことは、ナティがセト王子であるということだ。それはそれとして、婚約者が居たというのも驚いた。ナティはユメを好きなのだと、セイは思っていたのに。
「奥へどうぞ」
 ガルイグが案内して、壕の奥に設置された席に、全員が座った。
 壕の中には、ガルイグ達二人の他にも、五、六人の男達がうろうろしている。そのひとりひとりに、ナティはいちいち声を掛けていたから、全員ナティの知り合いなのだろう。
「どこから、説明したらいいかな」
 ナティが言う。
 暫く考えてから、ナティは説明を始めた。
「俺はウィケッドの王子セトだ。セトの婚約者が、ここに居るセラ姫。今ウィケッドを支配しているのはセラ姫の父親のシドだ。シドは俺の母の弟で、俺の叔父に当たる。女王が崩御してから、俺が不在だった為に、今はシドが実権を握っている状態だ」
 確認するように、ガルイグに視線をやる。
 ガルイグは頷いた。
「というか、わたしもつい最近まで、ナティがセト王子だとは知りませんでした。セラ姫も教えてくれませんでしたし」
「だって、ナティは自分が王子だと認めてくださらないんですもの。ナティが言いたくないことを、私が言うわけには参りませんわ」
 セラが言う。
 セラの年齢はユメ達よりも一つか二つ下に見える。服装が、デイでは普段見かけない、まるで子どもが何かの発表会にでも着ていくようなフリルがたっぷり付いたものなので、実年齢よりも若く見えているのかもしれないが。
「ガルイグ、セラ、紹介するよ。この人が、ユメルシェル」
 ナティが言う。先ほど、ユメ達にガルイグ達を紹介したところで終わっていたからだ。
「あら」
 セラが声を出した。
「あ、いいえ、何でもありません」
 すぐに否定する。何か思い当たることでもあったのだろうか。
「それから、セイウィヴァエル。カムスティン」
 セイとカムがそれぞれお辞儀する。
 テーブルに、朝食が運ばれてきた。
「当然、朝食はまだですよね。ナティが来たので、ここでの食事はこれが最後です。一応、料理の腕の良い者を呼んできましたが、食材が新鮮なものを用意できなくて。あまりおいしくないかもしれませんが、文句言わずに食べてくださいね」
 ガルイグが言った。自分の主君に対する言葉にしてはぞんざいな気がするが、それくらい気が置けない間柄ということなのかもしれない。
「これからどうしますか。王都へ?」
「ああ。そのつもりだ。準備はできているんだろう」
「ええ。あなたの従兄弟のインカム様にも確認を取りました。王子の帰還の準備は整っているそうです。ただ、」
 ガルイグは言葉を切った。
 セラが続ける。
「実は、城ではセト王子の偽物を立てて政を行っている状態なのです。お父様は、形的には、若い王の摂政ということになっています。それで、本物の帰還を望まない人間が城には結構多くて……」
「偽物? 『人形』のことか」
 ナティが言うと、セラは頷いた。
「人形では、すぐに本物でないとバレてしまうのでは?」
 ガルイグが尋ねる。
「『人形』というのは、王家の人間の影武者のことよ。生まれてからずっと、君主の身代わりになるためだけに生かされている人間。それを、わたしたちの間では『人形』と呼んでるの。彼らは自分の意思をほとんど持っていないわ。生まれてからずっと、身代わりであるということを教え込まれて、決してでしゃばらないように、野望を持たないように」
 セラがグラスの縁をなぞりながら説明した。
 特に、セトはよく命を狙われたから、ほとんど城には帰っていない。その間はずっと『人形』が城でセト王子の代わりに人前に姿を見せていたのだ。
「『人形』がセト本人だと、お父様は言いますわ。人形だと分かっているのに。ですから、わたしはここに来たのです」
 セラが顔を上げて、ナティやユメ達を見た。
「セト王子の婚約者である私が、ナティがセト本人だと保証しますわ」
 意思の強い瞳で、セラは見つめる。
 服装のせいで子どもらしく見えるが、ここに居る誰よりも、全体を見通す力を持っている。そう思わせる瞳だった。

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