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最後の戦士達

第九章

約束

 王都までは馬で移動することになった。馬は近くの町に最初から用意していたそうだ。手際が良くて驚かされる。ナティの知り合いでなければ、罠ではないかと逆に疑ってしまいそうなくらいの手際の良さだ。
 セラは先に王都に向かうと言って、馬車を呼んだ。
「城でお待ちしております」
 セラはそう言って、ナティ達に向かって馬車から手を振った。
 馬に乗って移動する。町の道路は結構広く、街中を馬に乗ったまま歩いても問題が無いようだ。デイの街中を馬に乗って移動しようとしたら、車や通行人の邪魔になると言って怒られることだろう。ウィケッドは他の国と違い、文化と科学の衰退が少ないと聞いているが、この風景はむしろ、それよりも随分と古い時代を手本にしているようだった。
 ユメはナティに言いたいことがあったのだが、思ったよりも街道を歩く馬の足音が大きく、大声で話すしかなかったので、何も言えなかった。
 婚約者が居るというのは初耳だった。王子なのだから、本人達の意思とは無関係にそういうことを決められることもあるのだろう、ということはユメにも分かる。しかし、今朝方のセラの様子を見る限り、本人達の意思もそう離れたところにあるとは思えない。
 一番近くに居ると思っていたのに。
 ユメよりセラの方がナティの近くに居るのかもしれない。
 ユメは一度目を強く瞑って、それから開いた。意識を切り替える。考えていても仕方がないことだ。本人に聞けば良いだけのことだ。
 王都までは馬で普通に行くと三日掛かるそうだ。時刻が遅くなったので、テントを張って休む。街道はずっと森の中を走っている。ウィケッドには森があると聞いていたし、森自体には何度も入ったことがあるので珍しいものでもないが、本当に森ばかりだ。森が終われば町や村に出る。そしてまた森。
 王都へ行くなら、船で直接王都の港に付けるのが普通なのだそうだ。しかし今は戦時下で港は普通の船舶は入れない状態だし、ユメ達は人目を避けて辺鄙な場所の浜辺から入ったので、山道を越えることになったのだ。
 戦争に向けて準備を始めていたエクシビシュンなどと違って、山間の町は静かなものだった。

 何事もなく、予定通りに一行は王都に到着した。王都を囲う壁に取り付けられた門は開け放たれている。戦争中とは言え、陸から攻めてくることは無いと踏んでいるのだろう。
 ガルイグに案内されて、まだ時刻は早かったが、王都の宿に泊まることになった。
 このまま城に行っても、すんなりと入れるとは思えないから、セラやインカムからの連絡を待つということだった。
「ここまで来れば、周りはすべてシドの手の者だと思ってください」
 ガルイグが言う。
 その割りに、声の音量を小さくしていないのは、これくらいのことは言っても大丈夫ということだろう。
「ナティの部屋の鍵はこれです。なるべく良い部屋を頼みましたけど、あんまり期待はしないでくださいね」
「ありがとう。それから、俺が普段は贅沢してるみたいな言い方はやめてくれ」
 宿に入ったというのに帽子を被ったままのガルイグは、その帽子を斜めに被りなおしてから笑った。
「その方が貫禄が出るかと思いまして」
「やめてくれ」
 もう一度繰り返してから、ナティはガルイグから鍵を受け取った。
「申し訳ありませんでした」
 部屋に移動しようとしているナティの後姿に向かって、ガルイグが深深と頭を下げた。そういう所を見るとちゃんと家臣に見えるが、やはり帽子は被ったままだった。
 ガルイグがユメ達にもそれぞれ部屋の鍵を渡す。
「不思議な感じです。ナティに、歳の近い友達が居るなんて」
 セラはナティと同じくらいに見えるが、婚約者だから、友達とは違うのかもしれない。
 ガルイグは随分年上だ。壕で会った他の者も、壮年と言っても良いくらいだった。
「我の強いところもありますが、仲良くしてやってくださいね」
 ガルイグが言う。
 ナティと出会ったのは何も昨日今日ではないのだ。今更仲良くと言われても、逆に困る。
「こちらこそ、よろしく」
 セイが代表して答えてくれた。

 部屋に一旦入ってから、ユメはナティの部屋の場所を聞いていなかったのを後悔した。セイとカムの部屋は、一緒に移動してきたから分かるが、ナティは先に行ってしまったので分からない。もしかすると、ガルイグにユメ達は信用されていないのかもしれない。
 しかし、ユメがナティの部屋を確認する必要はなかった。ナティがユメの部屋に来たからだ。
「色々言いたいことがあると思うが、その前に俺の話を聞いてくれ」
 部屋に入るなり、ナティが言った。
 ユメが指した、小さな机の周りに並べられた椅子にナティが座る。ユメは鏡台の前の椅子に座った。
「セラ達のことを伝えていなかったことを、まず謝る。元々戻ってくることができるとは思っていなかったから、そのままにしてしまった」
 セラのこととは言わなかった。セラ達、つまりガルイグやシドのことも入っているのだろう。
「それから、結果的に、俺の身内の争いに巻き込んだ形になってしまって、すまない。おそらく今日か明日には城の方へ向かうことになるが、ユメ達にそこまで付いて来てくれとは言わない」
「わかった」
 ユメが答える。付いて行っても良いということだろう。付いて来るなと言われたら反対するつもりだったが、その必要はなかったらしい。
「今この国はこんな状態で、何も約束できないんだ。本当なら、」
 ナティが言う。しかし、続きの言葉が出てこなかった。
「なんだ?」
 ナティが言葉に詰まるのは珍しい気がする。
「本当なら、セラとの婚約を解消して、それで……」
 ナティが俯いて考え込む仕種をした。暫く何か悩んでいたようだが、一時して顔を上げた。
「何も約束できないから、今はこのままで。すまない」
「いや、意味がよく分からないんだが」
「分からないままで良いから」
 ナティが微笑む。
「それで、ユメから何か質問は?」
「なぜ婚約していることを教えてくれなかったのかと、聞きたかったんだが、今聞いたからもう良い」
 戻って来られると思っていなかったということ、今は何も約束できないということ。
 セラのことをどう思っているのかということも聞きたかったが、それはさっき、ナティが『セラとの婚約を解消して』と言ったから、多分大丈夫だ。
 ナティが立ち上がって、部屋から出て行く。
 今の話と似たような話を、セイやカムにもするのだろう。ユメだけが特別なわけではない。
 しかしユメにとってナティは特別だった。
 ナティにとっての特別で居たかった。

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