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青い瞳の唄

10

 漆黒が言っていた隠し扉に三人で向かった。
 地下室に至る道にある扉には鍵が掛かっていたはずなのだが、それらは全て漆黒が解除したそうだ。
 隠し扉を開くと、そこは天然の鍾乳洞だった。所々に明かりが灯っていて、真っ暗にならないようになっている。地下室の電灯を点けるとこっちの明かりも点くと漆黒が言っていた。長年ほったらかしだったのに、よく使えるものだと思っていたら、エウルニーズがそれについて漆黒に聞いてくれた。やはり最初は何も使える状態ではなく、漆黒が使える状態にまで調整したということだった。
 この鍾乳洞にも色々な罠があったそうなのだが、それらも漆黒が解除したそうだ。ただ、どれも大した仕掛けではなく、軽い脅し程度のものだったそうだ。
 滑りそうな場所や地下水が流れていて飛び越えなければならない場所では、エウルニーズが静かに手を差し伸べてくれる。
 狭い場所では肩や腕が漆黒と触れることもあって、最初はその度に自分でも驚く程緊張した。それも何度か続くと慣れたようで平気になった。小さい頃、男も女も関係なく、大勢で遊んだ時のことを思い出す。親戚や近所の人達で集まった時だったろうか、やはり子ども達だけでこうやって遊んだことがあった。
 一時間以上も歩いて泉のように地下水が溜まった場所に着いた。地下水に囲まれた岩の上に、一抱えもある箱があった。その箱を囲むように、鳥の形の石像が3つ置かれている。
「ブローチはこの箱の鍵のはずなんだが、箱にはめても開かない」
「やってみて良いの?」
「別に失敗しても、入口に戻されるだけみたいだから。面倒だけど。元々自分の子孫に渡すつもりだったものに、命に関わる仕掛けはしないだろう」
「まあ、確かにそうよね」
 入口からここまでまた歩く時間を考えると、適当に試すのはどうかと思う。
 正面の鳥の像は目に青いガラス玉が入っている。右の鳥の像は黒いガラス玉、左の鳥の像は緑のガラス玉。その他の違いは、正面の鳥だけはばたこうとするかのように羽根を広げている。
 あとは箱本体だが、ブローチがそのまま嵌るような場所は一箇所しかない。ちょうど、普通の宝箱なら鍵穴でもありそうな場所だ。しかしこれは漆黒が試して駄目だったということだ。
「『青い瞳を見るな』」
 リルスが呟く。鳥の像を見て思い出した歌の一節だった。
「何のことですか?」
 エウルニーズが聞く。
「うん、子守唄なんだけど。なんか怖い歌詞だったから、あんまり好きじゃなくて。
『青い瞳を見るな
  光を遮られ、何も見えなくなってしまう
  青い瞳に背を向けるな
  影を取られて、戻れなくなってしまう
  青い瞳を愛するな
  他の美しいものを見逃さないように
  ただ幸せを望むがゆえに
  ただ幸せを探すがゆえに』」
 声に出して歌う。好きではなかったが、何度も聞いているので曲は覚えていた。歌詞はたった今思い出した物だから、リルスの創作も入っているかもしれない。
「この鳥の像のことでしょうか」
 青いガラス玉が入った中央の鳥の像を指してエウルニーズが言う。
「ブローチのことじゃねえの?」
 青い瞳というのは、このブローチの名前だ。
「青い瞳を見るなってことは、あの像とこのブローチを向かい合わせにしちゃ駄目ってことかしら。それから、青い瞳に背を向けるなっていうのは、あの鳥に背を向けないでってことよね。それって、反してない? 向かい合わせちゃいけないのに背を向けちゃいけないって」
「横だったら良いんじゃね? 青い瞳を愛するなって言ってるんだし、緑や黒なら……。エウル、どうした?」
 腕組みをして考え込んでいるエウルニーズに、漆黒が声を掛ける。
「いや、別に。あの左右の鳥のどちらかに、鍵穴があるのではないでしょうか」
 エウルニーズに言われて、左右の鳥を調べる。台座にブローチが入る部分があった。
「でもこれなら、俺もとっくに見つけて試してみたけど、駄目だったぞ」
「青い瞳を見てはいけないから、裏向きに入れるのではないでしょうか」
「え。そんな単純な仕掛けなのか? 黒と緑はどっちでもいいのか?」
「その歌に続きはないのでしょうか?」
 聞かれて、リルスは考える。幼いころに聞いた歌なので、はっきりそうだとは言えないが、続きはないはずだった。
 エウルニーズは先ほどから淡々と会話しているが、どうも上の空と言った印象を受ける。リルスはこの宝箱を開けるのが楽しみでしようがないのだが。
 エウルニーズがリルスを見つめる。
「緑です」
 リルスの瞳の色だ。
「え、ああ。やってみる」
 リルスは緑のガラス玉が入った鳥の像の台座に、裏向きにブローチをはめた。
 カチッと小気味良い音がする。
 特に何も起こらなかった。失敗すると入口まで戻されるということだから、成功なのかもしれない。
 漆黒が箱の蓋を持ち上げた。本当に何か仕掛けがあったのか疑いたくなるほど、あっさりと蓋は開いた。
「開いたわ」
 素直にリルスは喜んだ。何か成し遂げるというのは嬉しいものだ。
 箱を覗き込むと、中には青色の透明な石がたくさん入っていた。
 漆黒がその中から一個取り出して、懐中電灯を点けて確認している。
「手紙」
 リルスは箱の蓋の内側に貼り付けられた手紙を剥がした。
 そこには、リルスの曾祖母ソフィアのことが綴られていた。書いたのは祖父、つまりソフィアの息子だ。

『母ソフィアは、父と結婚し私が生まれてからも、いつも死んだ婚約者のことばかりを考えていた。
 母の妄想癖は父が亡くなってからは一層酷くなり、わたしの娘、つまり孫に渡したブローチを取り戻そうと、とうとう娘に怪我を負わせてしまった。
 娘は遠くへ逃がしたが、青く透明な石を見るとブローチを思い出すらしく、騒ぎ始める。どうしようもないので、わたしは母に見えるところにある青い石を全て買い集め、ここに隠すことにした。
 全てが本物ではないが、価値のあるものもあると思う。
 これを集めるため、またここに大掛かりな仕掛けを作るため、家の財産の多くを使ってしまったわたしを許して欲しい。またこの宝石類は母のためではなく、娘やその子孫たちのために残して行きたい。』

「それで、青い石ばかりこんなに……」
 箱いっぱいに、青く透明な石が詰められている。本物の宝石も、ガラスや質の悪いものも混ざってはいるが、確かにかなりの財産になりそうだった。
 青い色は、曾祖母の婚約者だった王子の瞳の色。
 エウルニーズの瞳の色。
「子守唄は、あなたのお爺さまが、子孫に、青い瞳に縛られないようにと残したものなのでしょう」
 エウルニーズが言う。
 王子の幻影に惑わされずに、自分で愛する相手を見つけなさい、と。
「わたしは、あなたのお爺さまの、あなたたちへのご厚意を無駄にしてしまった」
 三羽の鳥の像を見てからこのことに気付いて、リルスの祖父の手紙で、それは確信に変わった。
「なあ、エウル。この宝石、俺がもらっていいか?」
 雰囲気を壊すがごとく、漆黒が言う。
「わたしに聞かれても困る。それはリルスが相続した物で、」
「どうせお前ら結婚するんだろ。そしたらリルスの財産もお前の物だろう」
 漆黒が笑った。
「これだけ、もらっていく」
 さっきから眺めていた宝石を一個だけ、漆黒は腰の鞄に入れた。
「俺は泥棒だから、捕まる前にさっさとずらかる。俺はリルスに許してもらえるとは思っていない。ただ最後に、思い出になる物が欲しかった。だから、これ一個で十分だ」
 漆黒はそう言うと、姿を消した。
 そうだ。怪盗漆黒は、いつも盗んだ後忽然と姿を消してしまう。だから捕まえられない。
「自分の周りに壁を作っているのです。わたしが教えました。だから、わたしは彼を捕らえられる」
 エウルニーズが言う。
「リルス、あなたが望むならば、わたしは彼を捕らえてあなたの前に引っ張り出してきます」
 優しく、力強く微笑む。
 リルスは首を横に振った。
「もう大丈夫。わたしも漆黒との思い出が欲しかったのかもしれない」
 恋人としてではなく、友としての思い出を。
「本当に追わなくて良かったのですか。あなたは、漆黒を愛していたのでしょう」
 エウルニーズが言う。
 リルスは否定しなければならなかった。自分が言わなければ、多分エウルニーズはずっと勘違いしたままになる。
「昔はそうだったかもしれないけど、今は違う。わたしは、」
 エウルニーズの青い瞳を見つめる。
 ずっと不安だった。自分が好きになればなるほど、相手に嫌われるのが怖かった。だから、漆黒ならそんなことを思わずに済むと思っていたのだ。
 わたしも勘違いしていた。漆黒への気持ちはエウルへの気持ちとは違うって、今まで気付かなかった。
「エウルが好き」
 大切な言葉を言い間違えないように、ゆっくりと声にする。
 リルスが見つめるエウルニーズの瞳から、涙が溢れ出た。
「どうしたの?」
 驚いて、リルスは言った。
「ごめん。嬉しくて」
 そう言って、エウルニーズが微笑む。
「わたしも、あなたが好きです」
 リルスの手を取り、その手の甲に口付けする。いつもの光景に、いつもとは違う言葉が添えられていて、リルスも嬉しかった。

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