十一、本性
「ナティ、どこですか」
頭上で、声がした。
「ここだ」
上に向かって声を上げる。声の主はガルイグだ。ガルイグが来たということは、既に約束の日付が過ぎていたのだ。
上から、地面を叩く音が聞こえてきた。
「この辺りですか?」
叩きながら、少しずつ近付いてくるのが分かる。
「そこだ」
自分の頭上を通過してから、ナティは答えた。
少し後ろに下がる。
「開きます」
ガルイグの声がして、すぐに天井が崩れ落ちてきた。
天井に開いた穴から、ガルイグが降りてくる。
「無事で何よりです」
ガルイグが笑った。
「何人か、生き残っている女がいるかもしれない。人を集めて来よう」
ナティは言って、ガルイグが持ってきたランプの光から精霊を呼び出し、穴から上へ上げて貰った。
ガルイグも同じようにして上に上がる。精霊魔法でなければ、低いところから高いところへ上がる魔法は無い。
「出口は近いのか?」
「ええ。そんなに遠くないですよ」
話している側から、地面が崩れる。
先ほどの通路にまた落ちて、その拍子にランプが壊れた。
「逃がさない」
女の声がする。サニーメリだ。もう回復したというのか。サニーメリの足元を、数え切れないほどの蛇や百足が、ありえない速度でナティセル達に迫ってきた。
「大地の精霊ラーンよ、我が前の敵を切り刻む礫となれ」
ガルイグが声を上げる。
先の鋭くなった礫が、サニーメリに向かって幾つも飛んだ。
サニーメリの肌に赤い筋が浮かぶ。
「何者ですか?」
ガルイグがナティセルに尋ねる。
「普通、攻撃する前にそれを聞くだろ。山の護り手……かな」
呆れ口調で、ナティセルは返した。
「護り手が、人を攻撃するのですか。物騒ですね」
「大地の精霊グロードよ、我を護る盾となれ」
ナティが言うと、ナティの前に土の壁が現れた。天井まであるから、これで虫や蛇はこちらへは来ないだろう。
光がなくなってしまったので、今度は上へは上がれなくなった。
ガルイグが低級な土精霊を使って、上へ上がる為に階段状に土を積み上げている。
土の壁の向こうで、虫や蛇が肌を擦り合わせている嫌な音がしている。
「百足って、穴掘ったりするんでしたっけ」
ガルイグが言った。
「あー、嫌なこと言うなよ」
土の壁が、崩れ出す。
もっとも、虫の力を借りなくても、先ほど地面を崩したくらいだから、壁を崩すくらい訳もないだろう。
「行って下さい」
ガルイグがナティセルの背を押して、先に階段を昇らせる。
そのすぐ後を、ガルイグも追った。
「炎の精霊フィーレよ、我に仇なす小さき者達を焼き払え」
振り返って、ガルイグが炎精霊を呼び出す。
昔から、虫やらなにやらは燃やすに限る。蝋燭の炎を元にしたものだから威力は無いが、何もしないよりはましだ。
「行かないで。私と共に生きて」
後ろから、声が響いてくる。
「妙なのに好かれましたね」
走りながら、ガルイグがナティセルに声を掛ける。
ナティセルは舌打ちした。
「全くだ。全部崩してしまいたい所だが、まだ残った人が居るかもしれないから、それもできない」
そう言って、後ろを走るガルイグを振り返ると、ガルイグが視界から消えた。
いや、ガルイグが後ろから何かに引っ張られて、倒れたのだ。
ガルイグの腕に、女が噛み付いている。知らぬ顔だ。女の着ているのは、民族衣装のような見かけない服。腰から下は、どこまでも続く長い蛇の尾。
ナティセルが見ている目の前で、女の長く伸びた尾が縮み、二本の人間の足になり、そして女は顔を変化させた。
「サニーメリ」
女の名を呟く。さっきまで見知らぬ顔だった女は、今また、ナティセルの知った顔に変化していた。
サニーメリはガルイグの腕を掴んで、後ろへ引っ張っている。
「新しい、餌。皆にあげるの。お父様、私を苛めてばかり。私が竜で無いから。皆は私を好いてくれるから、お父様にはあげない。皆にあげるの」
紫色の煙が、サニーメリの居る辺りに立ち込めている。それで、ガルイグが目を覚まさないのだ。
あの毒霧を払わなければ、ナティセルも近づけない。
「大地の精霊グロードよ、我が行く先を阻む物を閉じ込めよ」
土の壁が、毒霧を囲んでいく。もちろん、これだけで全てを囲むことはできない。
「内から外へ、崩れろ!」
続けて命令する。
壁が吹き飛ぶ。ナティセルは息を止めた。吸い込んでしまっては意味がない。
壁が吹き飛んだことで風が起こり、毒霧は辺りへ散った。
ガルイグを引っ張るサニーメリの元へ走り出す。
「一緒に来て下さるの?」
サニーメリが瞳を輝かせて、ナティセルに言った。
ナティセルは無言のまま、サニーメリの腹を殴りつける。人間なら、大体これで気絶してくれる。
サニーメリは咳き込んだが、辛そうな顔でナティセルを見上げ、そのままガルイグを引っ張っていこうとしている。
「やめろ」
ナティセルは言った。
サニーメリが、立ち止まってナティセルを見つめる。
「それは俺の物だ。俺から大事な物を奪うのはやめろ」
「私は、貴方の大事な物にはなれないのですか。私が人間ではないから?」
目を見開き、責めるような口調でサニーメリが言う。
「違う。あの人の代わりには、誰もなれない。それだけだ。とにかく、ガルイグを返せ」
サニーメリが、ガルイグの腕を離す。
震えていた。
「なぜ、皆私を除者にするの? 私は皆が大好きなのに。皆と一緒に暮らしたいだけなのに」
「誰も脅迫者を好きになったりしない。お前は方法を間違えたんだ」
「分からない。何がいけないの? 昔は皆、私を大切にしてくれたのに」
言い終えてから、突然サニーメリは叫んだ。
高い音が、洞窟に響く。
地面が揺れ始めた。いや、山全体が揺れているようだ。
ナティセルはガルイグの腕を取ると、無理やり担ぎ上げた。
サニーメリは叫んだ後、ぐったりと地面に伏せている。ナティセルがガルイグを担ぎ上げた時も、微動だにしなかった。
「グロード、手伝ってくれ」
命令では無い。自分の土精霊にナティセルは祈ると、通路を走った。
ガルイグが言ったように、出口はそんなに遠くなかった。
明るい光の中に、ナティセルは飛び出した。
後ろを振り返る。自分達が出てきたのは小さな穴で、ここがあんな地下の洞窟に繋がっているとは思えないくらいだった。
やはり、山全体が揺れていた。
この場所も危険だと判断して、山を降りる。途中でガルイグの頬を叩いてみたが、反応が無かった。
置いて行こうか。
ふと思ったが、それは幾らなんでもまずいと考え直す。
後ろで、耳を劈く大きな音がした。爆発の音とは違う。聞いたことのない音だった。
振り返ると、山の頂上が無くなっていた。埋没したようだ。
「山の神様怒らせたかな」
ナティセルは呟くと、また歩き出した。
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