三、変装
宴会場に戻ったナティセルは、スターニーの隣に座った。
「ご結婚なさるんですよね。おめでとうございます」
スターニーに声を掛ける。
スターニーに不安げな表情が浮かぶ。
それでも、笑顔で話しかけたナティセルにつられてか、スターニーは引き攣った笑顔を見せた。
「ええ。だから、今日はわたしを送る日だって、皆さん集まって頂いて」
両手で支えるように持った小さなグラスの中の飲み物が小刻みに揺れる。
あまり知らない人から声を掛けられて緊張しているだけならそれで良い。しかし、今の状況はそうではない。
「あまり、嬉しくなさそうですね」
「そんなことは……!」
首を素早く左右に振る。細かな仕種が、子どもらしい。
「ただ、相手の方というのが会ったこともない方で。それにわたし、この町から出たこともないんです。それでちょっと怖いというか、不安というか」
話を聞いていると、自分が竜の生贄にされるところだとまだ思っていないようにも感じる。
それとも、単にこちらの話に合わせているだけか。
半時も経たないうちに、ガルイグがスターニーと話していたナティセルを呼びに来た。ナティセルに準備ができた旨を耳打ちする。準備といっても、ナティセルが着られる大きさの女性服を用意するくらいだから、そんなに時間が掛からなかったのだろう。
「スターニー、明日は早いから、今日はもう寝なさい」
ワークシュナがスターニーに声を掛ける。
スターニーは席を立つと、付近の男達に軽く会釈して部屋を出て行った。
宴の主役が居なくなったので、部屋に居た男達は帰り支度を始めた。中にはそのまま泊まる者も居るようだ。ワークシュナに尋ねると、明日の儀式で酒や女を運ぶ為に、家に帰らずに一泊するのだと言われた。
着替える為に、別の部屋に移動する。
「ナティセル、これを」
ガルイグが、ナティセルに衣装を手渡した。
薄紫に光が反射して見える、上質な布でできた服だった。貴族の女性が着る服のような、襟にはレースをあしらっていて、裾が大きく広がる種類の物だ。
ナティセルが少し嫌そうな顔をしたが、ガルイグは見なかったことにした。元々この方法を思いついたのはナティセルなのだから、今回は文句を言われる筋合いはない。
嵩張る上衣を脱いで、後はそのまま上に衣装を被る。裾が広いスカートが幸いして、下に普通の衣類を着ていても外からは分からない。
「もう準備しているのですか」
ワークシュナが入ってきて、ナティセルに声を掛けた。
「ああ。夜明け前には山に着きたい。スターニーが眠ったら出発しよう。貢物を担ぐ男達には悪いが、寝る暇はないだろうな」
喋るナティセルの後ろで、ガルイグがナティセルの髪に飾りを付けていく。
髪飾りは、スターニーが身に付ける予定だったものだ。
ワークシュナの話では、スターニーは十五歳ということだったが、実年齢より少し子どもらしい趣味らしく、髪飾りは薄い桃色の大きなリボンや、花を模ったガラスの付いた物などが多かった。
花の髪飾りをナティの髪に付けようとするが、髪質の為するすると滑ってしまって、まともに付けられない。仕方がないので、横の髪を後ろでまとめて、そこにリボンを結ぶことにした。鏡がないせいか、ナティセルはなにも言わない。領主として顔が有名になりすぎたナティセルは、町へ情報収集に行く際に時折女装することがあるが、女装が好きなわけではないのだ。
「ナティ、額の飾り輪はどうしますか?」
ガルイグが言う。
ナティセルがいつもしている飾り輪。白金の環に、額の部分には月長石が入っている。
「これはこのままで良い」
ナティセルが答えた。
幼い頃に母親から貰ったものだ。特別大事にしているという程でもないが、長い間使っているので、身に着けていないと違和感がある。
「このピアスは?」
「これもこのままで」
落ちてきた前髪を耳に掛けながらナティセルが答えた。
ナティセルは左の耳朶にピアスをしている。ウィケッドの男性で耳飾をするのは珍しい。耳飾の中でもピアスは願掛けの意味があるから、男性でそれをしているのはさらに珍しい。
リボンを結び終えたらしく髪を引っ張る感じもなくなったので、ナティセルは立ち上がった。
「行くぞ」
「はい」
ナティセルが歩き出して、その後ろにガルイグも続く。
「いやぁ、本当に、ナティが女性だったら良かったのですが」
「何でだ?」
「綺麗だね、とか可愛いよ、とか褒めても問題ないじゃないですか」
ナティセルの歩みが止まって、ガルイグを振り返る。
「そうだな。だが、俺は男だ。そんな妙なことを言ってみろ。二度と俺の前に立たせないからな。俺の姿が見えないように、目も潰してやろう」
冷ややかな視線でガルイグを見て、ナティセルはさらりと言った。
笑っていないところを見ると、冗談のつもりで言ったのではないらしい。
その声に、ガルイグの笑顔が凍りつく。
実際に、ナティセルは領主になってから、自分の従者であった者のほとんどを次々と首にしてきた。気付けば、最初からナティセルに仕えているのはガルイグだけになっていた。
ガルイグは長年ナティセルに仕えてきたが、別にナティセルに気に入られているわけではない。昔、ガルイグがナティセルを殺そうとして失敗した、あの時から、ガルイグはナティセルには決して逆らえない。それをナティセルも承知している。絶対に逆らわないから、手元に置いているのだ。
ガルイグは、部屋を出るナティセルの後姿に向かって、深く頭を下げた。
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