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竜の剣の最後の物語

 厚手の外套にターバン、目を隠す大きめのゴーグル。熱い気候に合わせたその服装は、旅人のものだ。そのような服装の男が一人、迷いの町と呼ばれる砂に囲まれた町に居た。
 男の名はリードラ。リードラは気ままな一人旅で、持ち物も必要最低限。迷いの町へは、目的があって来たのだ。
 ま、そんなことより、まずは飯。
 リードラは腹が減っていた。必要最低限の食糧は持ち歩いていたが、今手元には非常食が残るだけになっていた。貴重な非常食を、わざわざ町の中で食べるのも忍びない。
 とは言え……。
 リードラは辺りを見回した。行けども行けども、周りは民家と思しき、土壁の小さな家が並んでいるだけで、店だとかは見当たらないのだ。この調子では、夜になっても宿も見つかりそうにない。
 町に居るのに野宿なんて。
 せっかく重い現金を持ち歩いているのに、これでは無駄ではないか、などと思いながら歩いているとき、後ろから小さな足音がした。
 この町に入ってから、まだ人を見かけていない。
 気になって振り返ってみると、白に見える程に明るい金髪の子どもが歩いているのだった。
 ゆったりとした頭巾を深めに被っているので顔はよく見えないが、前に垂らしている髪は胸の上くらいの長さだったので、女の子だと思った。
 なんだ。町の人じゃないのか。
 後ろから来る子どもの服装は、やはり旅人の服だった。
 ちらっとしか見ていないが、全身をすっぽり覆う外套は、リードラの物と形が少し違うだけで、やはり熱い地方を旅する人がよく着ているものと同じだ。
 後ろの足音はリードラの後を追うようについて来る。
 リードラがゆっくり歩くと足音もゆっくりに。走ると足音も早くなる。
 リードラはいきなり立ち止まって振り向いた。
「用があるなら言え」
 後をついて来ていた子どもは驚いたようだったが、リードラを見上げると、
「申し訳ありませんでした」
 か細い声で謝った。
「その、道に迷ってしまって」
 視線を地面の方へ動かしながら言う。
「迷子か。親とはぐれたんなら、一緒に探してやらんこともないが?」
 リードラが言う。
「わたし、子どもじゃありません」
 大きな瞳をリードラに向けて、少女は言った。
 少女は頭巾を後ろへやると、リードラを見た。
 癖のある金髪は肩より少し長いくらいで、瞳は昼の空の色をしている。年齢は、十五、六歳くらいに思えた。
「俺の故郷では、成人してない奴はみんな子どもなの。とにかく、仲間が居るなら、そいつら探した方が良い」
 リードラが想像していたより少女は可愛らしかったが、だからと言って対応が変わるわけではない。
 迷いの町と呼ばれているのには、相応の理由があるからなのであって、あまり長い時間子どもの相手をしている気にはなれない。
「わたし、子どもじゃありません。二十四歳です」
 リードラはまず、自分の耳を疑った。それから、目を疑ってみたが、別に間違ってはいないようだ。
「二十四歳?」
 少女を指差して、確認してしまう。
 少女は力強く頷いた。
「俺より年上?」
 少女がもう一度頷く。
「俺、十八なんだけどな……」
「子どもなんですね」
 少女――いや、女は勝ったと言わんばかりの笑顔で言った。
「それで、話を戻しますけど、道に迷ったんです」
 真顔に戻すと、女は言った。
 リードラは腕を組んで、考え込む仕種をした。
「そうか。俺も迷っているところだ」
「なんだ、そうなんですか」
 女は言って笑った。
 リードラも釣られて笑う。
「って、笑い事じゃねぇ!」
 リードラの大声に、女はピタリと笑うのをやめた。
「とにかくあんた、……何て名前だ?」
「ファーシィです」
「ファーシィ、目的地はどこなんだ? 俺は竜の山を目指してるんだ」
 リードラは言って、町の向こうに見える山を指差した。
「まあ、わたしもそこに行くんです。一緒に行っても良いかしら?」
 ファーシィが瞳を輝かせて言った。
 目的地は竜の山と呼ばれる小さな山だった。この町は竜の山を囲むようにできていて、普通に山を目指してまっすぐ行けば着きそうな物なのに、町の道がなぜか山へ向かって走っていない。道を歩いているといつの間にか、目指していた山が自分の背後にあったりするのだ。
 巨大な迷路。
 この町が迷いの町と呼ばれる所以だ。
 竜の山を目指して無事に辿り着いた者は居ないと言われている。だから、竜の山へ好き好んで行こうとする人は少ないはずだった。もっとも、冒険者と呼ばれる分類の者達なら、竜の山に興味があるかもしれない。
 人を迷わせる道の造りは、竜の山にある何かを守る為だと言われていたからだ。そこには国宝級の財宝があるのだと噂される程に。

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