2.魔族来襲
6 離れた所から、妖精族が魔族を退治する様子を眺める。眺めていられるのも、妖精族が魔族を退ける時の手際の良さを知っているからだ。 |
マギーと交代で、ルカが奥の部屋に入った。 ソルバーユの前にある椅子にルカも座る。 「右手を出して」 言われた通りにする。 「なあ、あんたミケシュだよな?」 ソルバーユは作業を続けていたが、ややあって口を開いた。 「よく覚えていたな」 注射針を抜いて血液を別の容器に移す。その容器に別の液体を入れて蓋をした。 それからルカを見た。 「目の調子はどうだ。見た限りではよく馴染んでいるようだが」 手を伸ばし、ルカの左目の下瞼を親指で少し下げた。 「充血もないな。瞳孔も変化していない」 ソルバーユが言う。 彼がミケシュだというなら、最初に診察したときにセイロン達に、ルカの右目について嘘を伝えたのも分かる。 「久しぶりだな、ルカ。改めて自己紹介させてもらうよ。わたしは医師のソルバーユ。君も知っての通り法に触れる行いをしていたからね、名前を偽っていたのは悪かったよ」 確かにミケシュだ。声など忘れてしまっていたが、聞けばそうだと分かる。 「懐かしいな。あんたに会ったのはずいぶん前だった」 「ああ、君の左目と両耳を手術したのは八年も前のことだ」 時折、ソルバーユは血液が入った小さな容器に目をやっている。ルカも見てみるが、特に変わった様子は無かった。そもそも巨蠍に刺されていないので、毒が入っているはずがない。 「後悔はしてないのか?」 「何を」 全てに対して後悔がないのであれば、聞き返す必要は無い。 「『外見を人族にしたことを』だよ。まあ、文句を言ってきたわけでもないし、後悔はしてないみたいだな。良いことだ。あの時は金が無いとかで左だけになったが、どうだ? 今金があるなら、右目も変えてやるぞ」 言われて、ルカは隠した右目を眼帯の上から触った。 「……いや、このままでいい」 少し考えてから言う。 金が無いのも理由のひとつだが、せっかく母親から受け継いだ瞳を両方とも失うのは嫌だった。 「まだ妖精族に拘っているのか。人族にもなれず、妖精族にもなれないなら、君は何も変わらないぞ。死ぬまで魔族の子『ハーフエルフ(半妖精)』のままだ」 ソルバーユが厳しい目でルカを見ている。 「分かってるよ。半妖精の居場所がないことくらい、身を持って知ってる。でも、だからって自分の存在を偽らなきゃ生きられない社会なんて、そっちの方がおかしいだろ」 声は殺している。マギーには聞かれたくないからだ。 自分を生んだ人族の父と妖精族の母のことは恨んでいない。種族の差を越えて愛し合い、自分を生み育ててくれたことをむしろ誇りに思っている。 けれど、自分が半妖精であることは、他の人には知られたくない。知られれば、人族は自分を奇異の目で見るだろう。マギーもセイロンもそうだ。今は同じ種族だと思っているから優しくしてくれるが、半妖精だと知れたら手のひらを返されるだろう。 「前々から思っていたけれど、やはり君は変わってるね。小声で話すのは外に居る人族の娘に聞かれたくないからか。正体を知られることを恐れるなら、整形手術を受けるべきだ。それなのに君はそのままにしたいと言う。それは君を認めなかった妖精族への恨みを忘れないようにするためか?」 ソルバーユが静かに言う。 半妖精は人族と妖精族の両方の血を引く者のこと。しかし妖精族は、人族と妖精族の血が交われば魔族が生まれると言い、生まれた半妖精に人権を与えず奴隷にすらなることを許されず、生きる資格さえ奪おうと、発見次第処刑する法まで作った。 半妖精を匿うとその一家も同様に処刑されるから、人族も妖精族も、半妖精を嫌う。本当に魔族の子だと信じる者も出てくるほどだ。 ルカが生まれた町には、ルカ以外にも半妖精がたくさん居た。それを気にしないひと達が集まって作った町だった。妖精族の軍隊が町を攻めて来た時、もしそこが半妖精が住む町でなければ、皆殺しにしようとはしなかったのではないかと時折考える。 「別に、妖精族全体を憎んでるわけじゃない。良い奴もいっぱい居るしな、あんたも含めて」 「そうか」 ソルバーユが笑ったように見えた。いつも眉間に皺を寄せているため顔全体で笑っているのは見た事がないが、表情が無いわけではない。 「では、君が憎んでいるのは君の存在を認めないこの社会そのものというわけか」 問われて、ルカは少し考えた。 社会という言葉は自分も使いはしたが、実の所はっきりとその内容を理解しているわけではない。しかし、何かに対して悔しいと思っているのは確かで、その対象は個人ではない。となると、社会以外にルカには適当な言葉が思い当たらなかった。 「まあ、そんな感じだろうな」 「そうか」 ソルバーユが頷いた。 |