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5.竜の洞窟 1

 半妖精[ハーフエルフ]
 辺りから囁き声が聞こえてくる。妖精族[エルフ]は、純粋な妖精族と、他の血が混ざった半妖精族[ハーフエルフ]の見分け方を知っていた。
 半妖精――
 その囁きが、少年には非難の声に聞こえた。彼の存在自体を非難する声。
 囁かれている内はまだいい。やがて、町の中心の方から役人が来て、少年を縛り上げ、ひどい罰を与えるのだから。
 少年の体は、そうやって受けた傷で、すでに傷だらけだった。
「坊や、こんな所に居ると殺されちまうぞ」
 『怪しい』と顔に書いたような妖精族の中年男が、少年に声を掛けた。
「構わない」
 少年は答えた。
 中年男はポカンとした。
 その男に向かって、少年は顔に似合わない大声で言った。
「殺されたって構わない、って言ってんだよ! さっさと失せろ」
 少年は、呆気に取られて自分を見ている男を振り切って駆け出した。
 ――殺されたって構わない。どうして僕は半妖精に生まれたのかな。早く、誰か僕を殺してくれればいいのに。
「姉ちゃん、どこに居るの?」
 少年は、曇った金色をしたナイフを見つめた。焼け跡から見つかった、ただ一つの両親の形見だった。
 それを見ていると、少年は死んではいけない、という気持ちになった。
 仇討ちをすることを、それは少年に囁いていた。
 生きなくちゃいけない。姉ちゃんにも、もう一度会いたい。

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「はあ」
 セイロンが溜息を吐きながら、髪を櫛で梳かしている。
 溜息は朝から何度も聞いた。
「なんで僕も行かなきゃならないのかなぁ」
「そりゃ妹の友達の婚約式だからだろ」
 部屋ですっかりくつろいでいるルカはセイロンに言った。
 あの後、ルカは一度捕まった。だがイーメルの弁護のおかげか、死刑にはならなかった。代わりに、自宅で見張りを付けて半年の軟禁。それが決まってから五ヶ月の月日が過ぎていた。
 今日はサラの婚約式なのだが、ルカはまだ刑期が終わっていないので行くことができない。
 サラは結婚するにはまだ少し早い年齢だが、ルカが捕まったことで、サラの両親が、ルカと一緒に暮らしているセイロンと付き合うのを警戒したらしい。元々、女性の場合早いと十三歳くらいでも相手の家に入って一緒に暮らし始めるのだから、サラが今婚約しても何の不思議もないのだ。
「大体ルカが他人の罪を被ったりするからでしょ」
「やだなー、セイロン」
 家の外には妖精族の見張りが一人居る。
「俺がやったのかもしれないだろ?」
 セイロンがルカを一瞥して、また鏡に向き直った。
 さっきから何が気に入らないのか、前髪ばかり何度も梳かしている。
「ルカが悪人なら、この世の中の他の人間は、皆それ以上の悪者だね」
 やっと櫛を置いた。
「はあ。なんでサラちゃん……。なあ、ルカ。相手の男って僕よりハンサムかな?」
「そんなの何か関係あるのか?」
「いや、別に……」
 力なく言って、セイロンは家の扉を開けた。
「じゃ、行ってくるよ。後はよろしく」
 最初の言葉はルカに、後の『よろしく』は外に居た妖精族に言う。留守を頼むのにルカよりも頼りになるということだろう。
「気をつけて行って来いよ」
 セイロンの背中に向かってルカが言うが、セイロンから返事は無かった。
 セイロンが歩いて行って少し経ってから、外に居たエルフ男性が言った。
「大変なんだな、人族も。家とか何とか」
 名前は……何だったろう。自分を見張る男の名前なんか知る必要はない。とにかくこの男は、見張りが暇なのか、何かにつけてルカに話しかけてくる。
「ええ、そうですね。結婚ってのは妖精族でも人族でも、家ごとの行事ですから」
 暖かな部屋の中と違い、外は寒そうだ。
 だが見張りの男はそれが仕事なのだから仕方ないだろう。
「今日は雨が降りそうだ」
 男が空を見て言う。
「はあ。そうですねー」
 セイロンは雨具を持って行っただろうか。多分持っていかなかっただろう。好きな女の他人との婚約式に参列し、帰りには雨に濡れて帰ってくる。最悪な状況だ。
 もう少しセイロンが年を重ねていれば、サラの両親の言うことは気にせずに、サラを妻として迎え入れることができたかもしれない。けれどまだ十五歳では、さすがに無理だ。普通なら両親の元で安穏と暮らしている年齢なのだから。
「こんにちは。ルカは居るかね?」
 外で声がした。
「勿論です。どうぞ中へ」
 ここは俺とセイロンの家だ。お前に勝手に扉を開ける権利は無い。
 と思うが仕方が無い。長いこと居るから、彼はこの家の門番のようになってしまっていた。
 扉が開いて、ソルバーユが入ってきた。
「あれ、今日は回診の日だっけ」
 何がどういうことなのかは分からないのだが、一週間に一度、ソルバーユがルカの診察に来る。診察と言っても何もしないわけだが、一応手のひらの傷の手当てと、右目の具合を診るということで来ているのだそうだ。外には妖精族の見張りが居るのだ。滅多なことは聞けなかった。
「全く。働かなくなって曜日の感覚もおかしくなったか?」
 ソルバーユが言う。
 扉は門番と化している見張りのエルフが外から閉じた。
「まずは手を見せろ」
 自分で傷つけた左手をソルバーユに出す。もう傷跡さえ残っていない。元々深い傷ではなかったのだ。
 ソルバーユがルカの手のひらに指で文字を書く。
 言葉は外に居る見張りに聞かれる。だから聞かれたくないことはこうやって伝える。
「そう言えば、ネルヴァがラグナダスから帰ってきたぞ」
 ソルバーユが言った。
「へぇ。結構長い間居たな」
「冬を越さずにすんでよかった、と言っていた」
「なるほど。まあ確かに、この辺に住んでると、あの寒さはきついだろうな」
「彼はたった一人の肉親だった母親を失って、やりきれない気持ちだったろう」
 ネルヴァの母親が死んだという話は、ルカが軟禁されてすぐの回診のときにソルバーユから聞いた。
 ネルヴァは母親想いだった。
 その母親が貴族に殺されたのだという話は、ソルバーユがルカの手に書いた文字で知った。
『ネルヴァは仲間を集めている。妖精族はなるべく入れないようにしたいと言っていたがルカの意見も聞きたいそうだ』
 ルカは王を倒したい。ソルバーユも王を恨んでいる。奴隷である多くの人族が、今の制度を変えたいと望んでいる。
 ソルバーユは人族の診療もできる。それを利用して、王を倒すことに賛同する人々を集めた。そこに、ネルヴァも加わったのが二ヶ月前のことになる。まだネルヴァと会って話していないから、なぜ彼が王を倒そうとする人族側に付いたのかは分からない。ただ、母親が殺されたことと関係があるのだということは想像が付いた。
「調子はどうだ?」
 ソルバーユが尋ねた。
「俺は妖精族じゃないんで、そんなすぐには良くならないんだ。だからって、変な薬を混ぜないでくれよ」
「わかった。今までどおりにしよう」
 ルカがソルバーユの手に文字を書くわけには行かない。見張りに見られたら面倒だからだ。その為、ルカが返事をしやすいような質問をソルバーユがして、それにルカが答えることで会話を成立させているのだ。
「純度が高い方が効きやすい」
 ソルバーユが呟く。
 雨が降り出した。
「雨具は持ってきたのか?」
 ルカが聞く。
「ああ。大丈夫だ」
 ソルバーユが答えた。
 外に居る見張りはずぶ濡れだろうが、家に入って温まってくれ、とは言えない。
「次は目だ」
 ソルバーユが言う。
 実際には目は見せない。見張りに見られると面倒だから。
 目の診察をするという言葉は、伝えることはこれで終わり、ということだ。
 雨が降り出したために、辺りは昼間だというのに随分と暗くなった。雷も聞こえ始めた。

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