7.竜の剣 5
ルカは王の遺品を集めると、後から来た仲間に渡した。竜の剣で切られると、何も残さずに体は灰になってしまう。王が身に着けていた衣服や装飾品が、王を倒した証だった。 ルカは城から出たところで、別の仲間に呼び止められた。 先に王の死を知らせに回った人が居たらしく、辺りは歓喜に包まれている。 「ルカ様、捕らえた妖精族の処刑をします。ぜひおこしください」 ハンスだ。確か、ジージルドとよく一緒に居る。 「処刑?」 聞き返す。妖精族を仕切っていた王が居なくなれば、人数で勝る人族が妖精族を恐れる必要はないはずだ。こちらに抵抗する場合はできるだけ殺さずに捕らえろと言っておいたが、それは後で処刑する為ではない。 「王家の者達を捕らえたので、今から処刑するのですよ。もう皆勝手に始めてしまってますが、ルカ様がおいでにならないで、どうするんですか」 ハンスが笑顔で言う。 王家の者……。王は倒した。残っているのは王妃と、イーメルくらいのものだ。ハンスの言葉は『者達』と複数形になっていた。 「誰を処刑するんだ!」 ハンスの胸倉を掴んで聞く。 辺りがうるさくて、これくらいしなければ聞こえない。 「へ? そりゃ、王妃と王女を――」 「場所はどこだ」 「前に裏切り者を処罰した丘ですが」 ルカはハンスを離すと、城の門を抜け外に出た。 人族とも妖精族ともつかない死体が転がっている。それも気になったが、それどころではなかった。 イーメルが、殺されてしまう。 ルカが守りたかった物が、ルカのせいでなくなってしまう。 「ルカ!」 ネルヴァが馬に乗って来た。 「大変だ。人族が王女を処刑すると騒いでいる」 「ああ、聞いた。その馬借りるぞ」 ネルヴァと交代で馬に乗り、ルカは馬屋の前の丘を目指して馬を走らせた。 |
イーメルは丸太に縛り付けられて、丘の上に転がされていた。 人族が大勢で、丘に穴を掘っている。丸太を立てるためだ。何かに取り付かれたかのように掘り進め、瞬く間にその場に丸太が立てられた。 丸太の根元に、飼葉が積まれる。 横を見ると、王妃になって間もなかった女性が、イーメルと同じように丸太に縛り付けられていた。 イーメルは抜け道を通って外へ出た瞬間に、待ち伏せていた人族に捕らえられた。味方だと主張するつもりはなかった。 その場で殺すのかと思ったら縄を掛けられ、ここまで連れて来られた。 逃げる機会は何度かあったが、逃げるつもりもなかった。今、イーメルが抵抗すれば、先に逃げた侍女達にも人族からの制裁が加えられるかもしれない。 人族は、捕まえた妖精族を酷い目に合わせようとしているわけではない。 ただイーメルと王妃だけが、彼らにとって特別なのだ。彼らを押さえつけていた王の、直接の関係者だから。 自分を見上げる人族の目は、狂気に満ちていた。最初は、こんな目はしていなかったと思う。 穴を掘っている辺りからおかしかった。 イーメル達を殺す為にいつの間にか団結したことで、次第に狂ってしまったようだった。 だがイーメルと王妃が死ねば、彼らは元の善良な人間に戻るだろう。 石が飛んできた。 人族の子どもが投げた物のようだった。 他の人達も、それに釣られて石を投げ始める。殆どは当たらなかったが、幾つかはイーメルに当たった。 頬に当たって、血が流れたのが分かる。 力を体全体から放出すれば、この縄も切れる。下に居る人族の何人かを吹き飛ばせば、狂気に満ちている頭も冷えることだろう。 それでも、わらわは、彼らの裁きを受けることを選ぶ。 父が犯した罪。 それによって傷つけられた人々の心が、イーメルを殺して晴れるのならば。 それでも、ルカが王になるところを見たい、と思うのは贅沢だろうか。敵である妖精族の王女のくせに。 ルカは血の繋がりはなくても、イーメルの弟だ。 弟でなくても、イーメルがこの世でただ一人、全てを投げ打ってでもついて行きたいと思ったひとだ。 「火をつけろ!」 誰かが言った。 次々と飛んできていた石の雨がやみ、一瞬静かになった後で、人々が『火をつけろ』と叫び始めた。 「やめろ!」 火をつけろという声に混ざって、それを否定する声が一つ聞こえた。 その声に、イーメルは目を開け、声の主を探した。 足元に集まっている人族の輪の一番外側に、馬に乗ったルカが居た。 だが、ルカの声は人族の喧騒に紛れて、誰にも聞こえていないようだった。 「やめろと言ってるんだ。聞こえないのか!」 ルカは叫んだ。 ルカの目の前に居た人族が、ルカを振り返った。 「もう遅い。火はつけられた」 その男を凝視し、ルカはイーメルの方へ視線を戻した。 赤く炎が燃えているのが僅かに見える。 「くそっ。やめろ!」 ルカは馬から下りた。 人族の輪の間に押し入る。この状況では、誰もルカに気付かないだろう。 人族は、憎い妖精族が死ぬところをなるべく近くで見ようと、前へ前へと押し寄せる。 火がついていてそれ程は近づけないので、逆に外へ押し出されていく人も居る。中央に近付くにつれ、火による熱さが強くなっていった。 「邪魔だ、どけ!」 ルカがなんとか最前列に出たとき、火は相当大きく燃えていた。 足元を見たが、火を消す為の水は用意されていなかった。 それでも、ルカは飛び出そうとした。 後ろから誰かに体をつかまれる。 「何してるんだ。あんたも死ぬぞ」 顔を見たが、見知らぬ男だった。 振りほどこうともがくと、近くに居たほかの人までルカを止めに入った。 「離してくれ。イーメルは、俺の大事なひとなんだ!」 炎の向こうのイーメルに向かって、手を伸ばす。 炎を見ると、嫌でも昔のことを思い出す。炎にまかれて死んでいく町の人々。守りたくても、幼いルカにはどうすることもできなかった。 今やっと、誰かを守れるくらい強くなったはずなのに。 悔しくて、涙が出た。 「イーメル!」 |
雨が降り始めたのは、突然のことだった。 カザートの各地で起こした火事や、今この処刑で発生した煙が、天に昇って雨雲を呼んだのかもしれないが、理屈はどうでもよかった。 何日分もの雨水を溜め込んでいたかのようなどしゃぶりの雨が降って、イーメルの足元に燃えていた炎は消えた。 ルカを押さえ込んでいた人々が、呆気にとられた顔で空を見上げている。ルカを押さえる力が弱まったので、ルカはそこから抜け出した。 「お姫さん」 まだ燻っている飼葉の上を歩き、焦げた丸太を上る。 縄を解いていると、煙で気絶していたイーメルが気付いて、ルカを見た。 「そなた……来てくれたのか?」 煤で汚れた顔を涙が伝い、頬に模様を作る。 「すまない、ルカ。わらわは死ぬべきだったのに」 「何言ってるんだ。俺は、あんたが居ない世界なんて考えられない」 縄を切って、二人で下に降りる。 一部始終を見守っていた人族が、イーメルを再度捕らえようと向かってくるかと思ったが、ルカ達を出迎えたのは歓声だった。 「ルカ様、ばんざーい!」 「イーメル様、ばんざーい!」 何事かと思ったら、どうやらネルヴァとセイロンが煽って言わせているらしい。 降り続く雨が、二人の涙と、人々の荒れる心を洗い落とした。 暫くしてやっと雨がやみ、我に返った人々は、ルカとイーメルの周りに集まった。怒っているのではなく、皆笑顔だ。隣で一緒に処刑されようとしていた王妃も、今は下に降ろされ、介抱されている。 ルカは事情説明に追われて気付かなかったが、空には大きな虹がかかっていた。 |