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4 竜の洞窟[ダイゴラストーチス]

 半妖精。
 辺りから囁き声が聞こえてくる。妖精は、純粋な妖精と、他の血が混ざった半妖精の見分け方を知っていた。
 半妖精――
 その囁きが、少年には非難の声に聞こえた。彼の存在自体を非難する声。
 囁かれている内はまだいい。やがて、町の中心の方から役人が来て、少年を縛り上げ、ひどい罰を与えるのだから。
 少年の体は、そうやって受けた傷で、すでに傷だらけだった。
「坊や、こんな所に居ると殺されちまうぞ」
 『怪しい』と顔に書いたような妖精の中年男が、少年に声を掛けた。
「構わない」
 少年は答えた。
 中年男はポカンとした。
 その男に向かって、少年は顔に似合わない大声で言った。
「殺されたって構わない、って言ってんだよ! さっさと失せろ」
 少年は、呆気に取られて自分を見ている男を振り切って駆け出した。
 ――殺されたって構わない。どうして僕は半妖精に生まれたのかな。早く、誰か僕を殺してくれればいいのに。
「お姉ちゃん、どこに居るの?」
 少年は、黄金でできた筒を見つめた。焼け跡から見つかった、ただ一つの両親の形見だった。
 それを見ていると、少年は死んではいけない、という気持ちになった。
 復讐をすることを、それは少年に囁いていた。
 生きなくちゃいけない。お姉ちゃんにも、もう一度会いたい。

line

 ルカは自宅に軟禁、――刑法二十八条、特別な場合の措置。
「つらいよなー。なんか滅茶苦茶つらい」
 セイロンが言った。
「全く。こっちが辛いのは慣れちまったけどな」
 ルカが家の外に居る、見張りの妖精を見て言った。
 妖精はルカと目が合うと、笑って頭を下げた。ルカも同じようにした。
「もう半年も経ったもんな。お姫さんに感謝、感謝。自宅に軟禁で済んで良かった」
「ルカ。大体お前のせいだぞ。人の罪被ることないだろ」
「やだよ、セイロン。俺がやったのかもしれないだろ?」
「そんなわけないよ。ルカが人殺しなら、この世の人間みんなそれ以上の悪人だね」
 セイロンは髪を梳きながら言った。
「何で僕も行かなきゃならないのかな」
 溜め息をついて言った。
「素直に喜んでやれよ。その方がいいと思うぜ?」
 ルカが言った。
 辛いとか言いながらしきりに溜め息をつくセイロンは、半年の間に背も伸びて、年相応の少年になっていたが、可哀想に、彼は失恋していた。
「ルカとかもいい雰囲気だとか言うし、結構本気になってたんだぞ!? それなのに、最近姿見せないと思ったら……」
「俺は本当にいい雰囲気だと思ったから、そう言ったんだぞ? からかってたわけじゃない」
「目が笑ってる」
 怒った声でセイロンが言った。セイロンは今にも泣き出しそうだった。
(わぁー、やばいよ、これは……)
 八つ当たりされるのがおち、という状況にルカは居た。しかも、逃げる場所が無いのがこの軟禁というやつだ。
「ルカのせいだ!!」
「違う、違うって。わっ、物を投げるのだけはやめろ」
「逃げるな、ルカ」
「逃げるよ、普通ーっ」
 狭い小屋の中を、二人の足音がドタバタと鳴り響いた。
「いてて…! 髪を引っ張るな」
「僕は、本当にサラちゃんのことが……」
「わかった。わかってるよ。だから、な? もう人に当たるのはよせよ」
 やっと、セイロンはおとなしくなった。
 今日は、サラの婚約披露パーティーがあるのだ。人族の女は、十歳を過ぎる頃から結婚相手を決め、その家に住むのだ。相手は大体、家同士の付き合いとかで選ばれていた。
「あーあ、サラちゃん……。何でだよー」
 まさか、こんなに早くに婚約式があるとは思っていなかった。もう少し待てば、セイロンも立派な大人になって、サラを娶ることができたかもしれない。けれど、ルカが罪の罰を受けたことで、サラの両親が警戒し、早めに婚約させることになったのだった。
「あーもう! いつまでもうだうだ言ってないで、もう時間だよ」
「はあー。なあ、ルカ。相手の男って、僕よりもハンサムかな」
「は? んなことどうだっていいだろ。相手がセイロンよりもいい男なら、きっぱり諦めるってことか?」
「はあー」
 溜め息をつきながら、力無く、セイロンは小屋を出た。
 ルカはセイロンを窓から見送った。
「早く元気になってくれりゃいいが」
「ハハハ」
 見張りの妖精が笑った。
「人族も大変なんだな。家とかなんとか」
「まあ、そうですね」
 見張りも退屈なのだろう。何かにつけてルカに話掛けた。
「おや、雨だ」
 見張りが空を見て言った。
 成る程、一時すると雨がザーザー降ってきた。
「そう言えば、セイロンは雨具を持って行かなかったな」
「そうですね。ついてない奴だ」
「わたしもついてないよ。こんな雨の中、悪さをしそうにもない人間一人を見張ってなきゃならんとはね」
「お疲れ様です」
 雨が降っているせいもあって、えらく早く辺りは暗くなった。
 ルカは暖炉に火を付けた。
「冷えますねぇ」
「そうだな」
 妖精は短く、それだけ言った。
 雨が入って来るので、ルカは木戸を全部閉じた。
(この方が暖かいや)
 外に居る妖精がむごい気もした。
 コン
 扉の付近で音がした。
(ん? 何の音だ)
 そう思ったと同時に、女の声がした。
「すまぬが、開けてくれ」
 ルカは扉を開けて驚いた。
 ルカの見張りの妖精は扉の横にぐったりと座っていて、ずぶ濡れの女が代わりに立っていたのだ。
 暗い中を来たのだろうが、明かりは持っていなかった。寒さを防ぐための外套が雨で濡れていて、これでは逆効果だった。
「びしょ濡れじゃないか。どうしたんだ、お姫さん」
 ルカが言うと、イーメルは微笑んだ。
「今、追われていてな」
 ルカはイーメルを小屋に通した。
「来たのが今日で良かった。俺の同居人は、今丁度居ないし。もしそいつが居たら、大騒ぎしていたぜ、きっと」
 ミルクを沸かしながら、ルカは言った。
「そうか」
「ところで、追われてるって、一体どういう意味だ?」
「深い意味はない」
(おいおい)
 イーメルの返事にどう対処しようか困っていると、イーメルが震えているのに気づいた。
「早くその濡れた外套脱いで、暖炉の前に座れよ」
 ルカはそう言って、暖炉の前に椅子を出した。
 イーメルはその椅子に座った。外套は、ルカが入り口の近くに掛けておいた。
 イーメルは何も言わなかった。奇妙な沈黙が続いた。
(変だな、お姫さんの格好)
 ルカは、イーメルが厚い外套を着ているにもかかわらず、その下は普通の衣服一枚だけという妙な着方をしていることに気づいた。
 髪の毛もびしょびしょだ。外套を着ていたとは言っても、肩や裾の方は雨に濡れていた。
 ミルクが沸いていた。
 ルカは静かに、ポットからカップにミルクを注いだ。
 ルカからはイーメルの後ろ姿が見えた。
(小さな体だ。簡単に抱きすくめられそうだ)
 ルカはイーメルを見て思った。
 イーメルが不意にルカを見た。
「どうしたのじゃ?」
 その途端、ルカは恥ずかしさに赤面した。
「いやー。ミルクが沸いたけど、飲む?」
 頷くイーメルに、ルカはカップを渡した。
(俺、何考えてんだ 相手は妖精で、しかも俺の姉かもしれないんだぞ)
 イーメルが向こうを向いても、ルカは赤面したままだった。
 ルカは軽く自分の頬を叩いてみた。
(それよりも、)
「お姫さん、何に追われてんだ?」
(そうだ、そっちが肝心なんだ)
 自分に言い聞かせつつ、ルカはイーメルに尋ねた。
「正確には、わらわが逃げて来たのじゃ。皆あの事件を起こしたのが誰なのか、ほとんどわかっておるわ。なのにわらわは何の罰を受けることもない。それが嫌で嫌で仕様が無かったのじゃ」
 まるで、お金の使い道に困った金持ちが、貧乏人を羨ましがっているようなものだった。
「あのな、お姫さん。それじゃ俺のしたこと、無意味になっちまうだろ」
 ルカは言った。
「そうかもしれぬ。それでもわらわは、そなた一人に罪を負わせる訳にはいかぬ」
 そう言われて、ルカは黙ってしまった。
「ところでルカ、謹慎処分を受けているにしては、旅の支度が整っているようだが」
 イーメルが言った。
(お姫さん、よく気が付くな)
「ははは……、そうでもないけど」
「では、そなたの後ろに、聞いてくれと言わんばかりに隠してあるリュックはなんじゃ?」
「え、あっ、これは……」
 ルカは、イーメルから見えないように、急いでリュックを押し込んだ。
(あやしい)
 イーメルの目が、疑わしそうにルカを見る。
「どこへ行くつもりじゃ? ……と言っても、答えてはくれぬか。では、これでどうじゃ。このことは黙っている代わりに、どこへ行くのか教える」
「教えなかったら、俺を役人に突き出す訳?」
 ルカが言うと、イーメルは頷いた。
「仕方ないな。……ダイゴラス・トーチス〔竜の洞穴〕だ」
「何をしに。……いや、それは言わずともよい。わらわもその噂なら聞いたことがある。もっとも、新しすぎる伝説だが」
「そこまで知っても、俺を止めたりしないんだな」
 ルカが言った。
「うむ。仕方のないことじゃ。わらわにそなたは止められぬ。竜の剣〔ダイゴラスソード〕――聖剣伝説か。なるほど、そなたにはぴったりじゃ」
 イーメルは、飲み終えたミルクのカップをテーブルに置いて、立ち上がった。
「三百年の昔、妖精族の中で内乱があった。普通の戦いであれば、戦いは魔族や人族に任せて、我らは安全な場所に居るのだが、その戦いでは妖精までもが戦いに出た。
 人の使う鉄や銅では妖精は倒せぬ。そこで一人の賢者が町で一番の鍛冶屋を雇い、自らは原料となる竜の皮、髭とも、鱗とも言われておる、それを取って来て、一振りの剣を作った。それが後の世で竜の剣と言われるものじゃ。
 その剣を使えば、一振りしただけで数十人の妖精が命を落としたという。その剣は、戦いが終わるとそのあまりの破壊力ゆえ、ダイゴラス・トーチスに封印されたと聞く。
 そなた、かの剣を手に入れるつもりだな」
「大正解」
 ルカは小さく拍手した。
「ダイゴラス・トーチスは大自然の迷路じゃ。観光用の広い通路なら地図もあるが、横道に入ったことのある者はほとんどおらぬし、また横道に入って戻って来た者は一人もおらぬ」
 イーメルが言った。
「まあ、迷っちまったら仕方ねえだろ。諦めるしか――」
「そなたの姉君はどうする! 会いたかったのではないのか?」
 突然姉、ユディトのことを言われて、ルカははっとした。
「そうだ。お姫さん、これに見覚えはないか?」
 ルカはそう言って、金の筒を取り出した。
「なんじゃ、これは」
 イーメルはそれを眺めていたが、見覚えがないようだった。
「これは、俺の家が焼けた跡に残っていたものだ。お姫さんが左手にしている指輪、それは俺の姉のものと良く似ている。だから、もしかしたら、お姫さんが俺の姉さんかもしれないと思って……」
 ここで、感動の再会、になるかと思えばそうではなかった。
「無礼者っ!」
 イーメルはそう言って、差し出したルカの手を払いのけたのだ。
「わらわはそなたなぞ知らぬ。そなたがわらわの弟じゃと? わらわはヴォルテスの実の娘、王女じゃ。そなたの姉は半妖精ではないのか」
 酷く腹を立てた様子だった。
(人違いか? おかしいな)
 ルカは思った。それと同時に、ばかにされたような気もした。
 ――半妖精。その言葉が、ルカの身に重くのしかかっていた。
「分かったよ、お姫さん。きっとちょっとしたミスだったんだ。だから、もういいだろ? そろそろダイゴラス・トーチスに行かせてくれよ」
「外は雨じゃ」
 出掛けようとするルカを止めて、イーメルは言った。
「雨が止むまで待ってはどうじゃ」
 そう言われて仕方なく、ルカは雨が止むのを小屋の中で待つことにした。
「さっきの筒、何が入っていたのじゃ?」
 イーメルが唐突に聞いた。
「ああ、見るか? ほら、小麦だ」
 ルカは筒の蓋を開けて、中身を手に出して言った。
「小麦?」
「ああ。いろんな所行くから、その途中で栽培してるのを見たんだ。これなら沢山作れるし、この辺の気候にも合うと思うんだけど」
 ルカが言った。
「この辺の?」
「あ、いや、ちょっと違った。俺が生まれた町辺りの気候にだ。でも、あんまりこっちと変わんねえよ。俺の生まれたとこって」
「そうか」
 イーメルは言った。
 ルカの夢は、自分の生まれた町に戻って、この小麦を育てることだった。きっと、麦畑は人を呼ぶだろう。そして、元通りの楽しげな町になるだろう。
「それでは、なおさら死ねぬな」
 イーメルが、ルカの嬉しそうに話す横顔を見て言った。
「そうだな。……雨も止んだみたいだ。そろそろ行くぜ。お姫さんも早く城に帰んな」
 ルカに言われて、イーメルは首を振った。
「城には戻らぬ。ルカと一緒にダイゴラス・トーチスに行く」
「はあ!?」

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