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6 竜の剣(後編)

「ルカ殿」
 ルカと同じ位の齢の青年が、ルカを見つけて手を振った。
「どうしたんです、こんな所で。家で罰を受けてたんじゃないんですか?」
 青年はルカの家の方を指さして言った。
「気にすんなよ。特別だ、特別」
 ルカは言った。
「そっちの方は?」
 青年が聞いた。
 やばい。
 そう思ってイーメルを見ると、いつのまにかショールを頭から被って、顔を隠していた。
「あ、俺の知り合い。さっき、そこで会ったんだ」
 ルカはごまかした。
「そう」
 青年は疑わしそうにイーメルを見て、それでもやっと諦めたようで、ルカに手を振ると去って行った。
「そなた、これからどうするつもりじゃ」
 イーメルが聞いた。
「そうだな。お姫さんはどっかに隠れていた方がいいかもしれない。余分な被害が及ぶかもしれないから」
 ルカはそう答えた。
「俺は行くぜ。この計画がもう何か月も前から立てられていただなんて、妖精たちが気づく訳もねえもんな」
 ルカはイーメルをその場に残し、ダイゴラス・ソードを手に持って、城へ向かった。
 すでに城の周りには人族が輪をなしていた。
「今こそ、我らの時代をつくるとき!!」
「ルカ殿が伝説の剣を持ち帰った。勝利は我らの手にある」
 人々は意気投合していた。
 奴隷としての生活に終止符を打つために妖精を倒すのが、民衆の考えだった。
 それは多少、ルカの考えとは違っていたが、妖精の王を倒すという点では利害が一致していた。
「攻撃、開始!!」
 その声で、何千人もの人が、城へ攻め込んで行った。ルカもその中に混ざった。
「妖精族は一人も逃がすな。王家の者は皆殺しだ」
「おお!」
 掛け声があがったりした。
 ルカの剣は役に立った。伝説と違うことなく、一振りで何人もの妖精を灰に変えることができた。だが、ルカの目的はこんな下の妖精を倒すことではなく、王を倒すことだった。
(イレイヤ公はどこだ。早めにあいつを倒せば、余計な被害を出さずに済む)
 ルカは、少し身分の高そうな妖精が逃げたしたのを見て、後をつけることにした。
(うまくいけば王と会えるってわけだ)
 ほとんど期待はしていなかったが、可能性はなくはない。
「もう駄目です。降伏しましょう」
 城の一室に逃げ込んだ男は言った。
「奴隷共に屈せよと言うのか」
「しかしヴォルテス王、この状況では皆殺しにされてしまいます」
「泣き言をいうでない!」
「ぐわぁっ!」
 男の悲鳴が聞こえた。
(ラッキー。もろイレイヤ公のところじゃん)
 ルカは剣を構えながら部屋に入った。
 ルカの足元に、さっきルカが後をつけた男の死体が転がっていた。
 ルカを見ると、王の護衛の兵士たちが、ルカ目がけて攻撃してきた。剣を振り上げたり、力を使ったりして。
 ルカはそれを、ダイゴラス・ソードを使って一気に灰にした。
 残るのは、ルカとイレイヤ公のみになった。
「伝説の聖剣、ダイゴラス・ソードの封印を解きおったか」
「ああ。試練とかあったけど、あんたを倒すために全部クリアしてきたぜ」
「あの時殺しておくべきだったか」
「甘さだって、言ったろ? 覚悟しな! あんたを倒さない限り、俺は町の仲間に許してもらえそうもないからな」
 ルカは剣を持ってヴォルテスに走り寄った。
 ヴォルテスは、ルカに掌を向けた。それから、目を閉じる。
 ヴォルテスの掌から、波動がルカに向かって来た。
 ルカの体が宙に浮く。一瞬だ。その後、そのまま入り口の方へ向かってルカは吹き飛んだ。
 妖精の使う力は、やっかいだった。剣で切れるものではないし、盾で防御できるものでもないのだから。
(我慢するか、避けるか、だ)
 ルカは思った。
 立ち上がろうとすると、体がバキバキ音を立てた。関節がどうかしたらしい。それでも、なんとか動く。
(避ける。どっちへ向いて避ければいい?)
 ルカは自分に聞いた。
 妖精の使う力には、色や形があるわけではない。避けようにも、どこまでその波動が来るのかわからないのだ。人族ならば。
 ルカは半妖精だ。妖精の力には、確かに色も形もないが、ルカには空気の歪みが見える。空気が歪むのは、力が及んでいる範囲だけだ。
「見切ったぜ」
 ルカは言った。
「もう一度、力を使ってみろよ」
 挑発だ。ヴォルテスが挑発に乗ってくれるか、それはわからない。しかし、ルカが攻撃を仕掛けてから力を使われたら、ルカに勝ち目はなかった。
 ヴォルテスが、ルカに向かって歩いて来る。
 ある程度まで近くに来ると、不意に王は掌を向けずに、力を使った。
(やばい!)
 忘れていた。
 別に掌を向けなくても、体から波動を出せば、力を使えるのだ。
 また、ルカは吹き飛んだ。今度はすぐ後ろに壁があったから、壁にぶつかった。
 掌を向ける、という予告があれば避ける準備もできるが、予告がなければ、いつ攻撃に移ればいいのかわからない。
 ヴォルテスがルカの近くに来なくては、ダイゴラス・ソードも使えない。
 ルカは、ダイゴラス・ソードを石の床に叩き付けた。
 キーン
 剣の刃が床に当たって、音が廊下に響いた。
 何年もの間ダイゴラス・トーチスに眠っていた剣は、刃がもろくなっていたのだろう。床に当たった部分が欠けた。
「剣に頼るのはやめたのか?」
 ヴォルテスは余裕のある声で言った。
 ルカは立っているのがやっとの状態だ。
 ヴォルテスは、壁に入り口の近くの壁に掛けてあった、宝剣を手にとった。宝剣は、魔よけのために入り口に飾るもので、あまり剣としての役割を果たすことはない。しかし、ダイゴラス・ソードをルカから遠い所に持って行くのには役立った。
 ヴォルテスとて、剣に触ることは避けたい。だから、宝剣を鞘に入ったまま廊下のダイゴラス・ソードに向けて滑らせ、剣同士で弾いて遠くへやったのだ。
「どどめをさしてやろう。ルカ、とか言ったか。おまえが居なくなれば、こちらの被害も少ないうちに反乱は収まるだろう」
 ヴォルテスはルカの首を締めた。
「う……」
 敵を褒めている場合ではないが、それにしても、すごい力だ。息を止めさせて殺すのではなく、女であれば首をへし折ることさえできそうだ。
 ルカはバランスを崩して、床へ倒れ込んだ。
 一瞬、ヴォルテスの、ルカの首を締めている手が緩んだ。
 しかし、すぐに元のように強い力を込めた。
「お……わり…だ」
 ルカが途切れ途切れに言う。
「まだ喋れるのか。ふん、生意気な。だが、確かに、おまえももう終わりだな」
 ヴォルテスのその言葉に、ルカは唇の端を上げた。
「何がおかしい」
 そう言ったヴォルテスの腕に、赤い筋が浮き上がっていた。
「何!?」
 赤い筋は、切り傷だった。小さく、浅い傷だが、確かに剣の傷。
 血が灰に変わる。
 傷口から徐々に、灰が流れてきた。
 王の片腕が全て灰になると、それから先は早かった。一瞬で、全てが灰になった。
 ルカは立ち上がって、体に付いた灰をはらった。
 ルカの手の中には、ダイゴラス・ソードの刃のかけらがあった。
「ルカ殿」
 妖精が入って来て、ルカを呼んだ。
「おお、ネルヴァ殿、無事でしたか」
 ネルヴァは人族に味方した妖精の一人だった。
「ヴォルテスを倒しましたか。さすがです、ルカ殿。しかしこっちは、それどころではありません」
「こちらへ」
 セイロンが妖精の女官を連れて、ルカの所へ来た。
「何だ?」
「この人はイーメル殿の侍女なんだ。イーメル殿が危険だから、隠れ家を用意していたそうなんだけど、イーメル殿をそこへ連れて行く前に、人々に見つかった、って」
「ルカ殿、この方の言った通りでございます。それを知らせにこちらへ参る途中、このお二人にお会いした次第で……」
 女が言った。
「それで、お姫さ……、イーメルはどうなったんだ?」
 ルカは、女の肩を掴んで尋ねた。
「処刑場へ連れて行かれました。火あぶりにするなどと、衆がわめいておりました」
「冗談じゃない。お姫さんは俺たちの仲間だ」
「情報がうまく伝わらなかったようだな」
 ネルヴァが言った。
 すぐに、ルカは行こうとした。
「あ、ルカ殿、人の足だと今からではとても間に合いません!」
「わかってます。けど、ほってはおけません」
「だから、ネルヴァ殿は馬を使えって言ってんだよ」
 セイロンがそう言って指さした。
(馬の声)
 そちらの方から馬の嘶きが聞こえてきた。
「行けっ」
 ルカは馬の背にまたがると、馬を走らせた。
(お姫さん、まだ死ぬなよ)
 処刑場までは遠かった。
「はっ」
 ルカは馬を叩いて、速く進ませた。
 やっと処刑場が見えてきた。人々の声が聞こえ始め、一本立てられた丸太に、イーメルが縛り付けられているのが見えた。
「火を点けろ」
 人々は口々に言った。狂っていた。
 ルカは人々の間を、なんとか馬に乗ったまま、なるべく近くまで行った。
「やめろ! やめるんだ」
 石つぶてをイーメルに向かって投げる群衆に向かって、ルカは叫んだ。
 だが他の声に紛れて、ルカの声はかき消された。
「火を点けろ」
 誰かの声を最後に、本当に火が点けられた。
「やめろ! 聞こえないのか!!」
 ルカは馬から降りた。
 歩いて、火の側まで行った。そこまで行って、やっと何人かの人がルカに気づいた。
「やめてくれ」
 ルカは言った。
「……もう遅い。火は点けられている」
「妖精は皆敵だ」
 ルカの近くに居た人が言った。
「やめてくれ。彼女は俺の大切なひとなんだ――」
 ルカの頬を涙がつたった。
 全てに見放されたかと思った瞬間、奇跡は起こった。
 雨が降り出したのだ。
 バケツをひっくりかえしたような土砂降りの雨は、イーメルの下に燃え盛っていた火を消した。
 我を忘れて怒鳴っていた人々の心も、雨は洗った。
 馬に乗って、ネルヴァとセイロンが来た。二人はイーメルを丸太から下ろした。
「お姫さん」
 ルカはイーメルを呼んだ。
「ルカ……ルカ? なぜここに。来てくれたのか?」
 イーメルは喜びに瞳を輝かせて、ルカにしがみついた。
「良かった。生きようとして良かった。そなたが来ることを待っておったのじゃ」
 雨と一緒に、ルカの涙は流れていった。
「終わったんだ。もう、町の人たちに縛られることもない」
 ルカは言った。
「そうじゃな」
 イーメルが、最高の笑顔をルカに見せた。
「ルカ様万歳!!」
 人々から声が上がった。
「イーメル様万歳!!」
 何かと思えば、それはネルヴァが言わせたものだった。
「全く、陽気な奴じゃ」
 イーメルが呆れ顔で言った。
 雨が降っていても、人々の心は陽気に晴れていた。

 ルカは竜の剣、ダイゴラス・ソードを封印した。もう一度同じ場所に。けれど、入り口にあったクレイシステレスの碑は書き直させて貰った。
「おっさんじゃ心もとないや」
 ルカが言うと、声は笑っただけで、文句は言わなかった。

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