エッセイと言うか、作文と言うのか、思いついた時に。


2005/03/23(Wed)  トヨさんと 学ちゃん <2>
青春時代の思い出を書くのは 勇気がいる。
そして わたしの場合は 心が重い。
当然の事ながら 【かなりの量の恥】を 晒さねばならないからである。
学ちゃんの思い出にも それがある。

見栄っ張りのわたしは その恥の部分は全て後日に譲り
(デモ書きますからネ!)
【こんなステキな出逢いがありました】の話を続けている。

学ちゃんは 青春の16年間を共に過ごした劇団東京小劇場の後輩俳優。
(ハッキリと特定出来ないが キット恥の部分のわたしの何かのためかと思うが)
学ちゃんとは20年も逢っていない。

お互いに歩く道が違っているとしても どちらも都内に住んでいるのに・・・。
・・・・この距離は いつか必ず取り戻したい。
前置きは ここまでに。

<1>にも書いているように『キューポラのある街』で 学ちゃんとわたしは母子を演じていた。
初めてその母親トミに配役された時は 結婚さえして居らず
母親役が上手く出来る道理もなかったが 先輩方に助けられて
各地の学校での巡業公演の舞台を 形の上では一応 つつがなく勤めていた。

学ちゃんと組み始めた頃には 30歳も越えて結婚もしてはいた。
だが 母親役を演じるための 否 俳優としての想像力が 全く不足していた。
(そのことに 気付かせてくれたのが 学ちゃんである)

学ちゃんは 下の写真のようにかなり体格が良い。
(側に立つ時は一段高い場所を選びたくなる程で どうにも息子のようには思えなかった)
(“学ちゃんの前にタカユキを演じた人の方が 可愛かった”等と考えていたアホ役者には当然の結果!)

そんなある日の
【飼っていた伝書鳩を ネコに殺られちゃった!】と泣いて 母トミに訴えるシーンで
どうにもカワイイ息子には思えなかった タカユキの太い腕に 
否 タカユキを演じている学ちゃんの腕には ビッシリと鳥肌がたっていた。
(その鳥肌の腕を見て わたしも泣きそうになった。 そして 大事に育てているハトの死を嘆く我が子を ぎゅうっと抱きしめてやりたかった)

それ以来わたしは 【演じることは思うコトだ】と 考える俳優に成れた。
上手く表現出来るかどうかの前に 俳優としての最初の仕事が 
【豊かな感性と 心に深く思うコトだ】と 学ちゃんが教えてくれた。  

(先輩だけでなく こんなふうに多くの後輩にも 助けられて生きてました) 

   学ちゃんに沢山沢山の『アリガトウ』を言いたい  LEIKO 
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