エッセイと言うか、作文と言うのか、思いついた時に。


2006/01/10(Tue)  母の口癖『笑っちゃった』
『どんな初笑いで、今年が始まるのだろう?!』
期待を込め、また「今年こそは皆が笑顔で暮らせる平和な年に!』
の意気込みもあって ズ〜ット考えていた。

トコロが【初笑い】ナドと言う前に、身近なトコロに笑いが少ない。
世界平和どころか 【腹を抱えて笑う】ことが、今年になってまだ一度もない。
寒波・大雪も含め、辛く悲しいニュースばかりが続いて居る。

その中で、ひとつだけ好いニュース【誘拐されていた赤ちゃん無事戻る!】
日本中の人が笑顔に。ほっ。
【助産婦だった事を誇りにしていた母】も、天国でホッとしているだろう〜と思った。

母の写真
    
漸く、街で母に似た人の姿を見ても大丈夫になった。
昨年の帝劇出演の楽屋には、真っ先に↑の母の写真を飾った。
永久の別れをして5度目のお正月に、母の口癖だった言葉を想う。
          
母は、何かにつけて『笑っちゃった』と言っていた。          
そして他愛も無い失敗談を、笑える話にアレンジして、周囲の笑顔を誘う。
かなり意識して、口癖にしていたんだろうと、現在にして気付く。    

     ☆   ☆   ☆
            
若い日<笑っていないと、貧乏に負けそう>な気がして
頑張って笑っていた日々が、沢山ある。
9歳で主婦代理を始めた頃も、演劇少女時代も、わたしは笑っていた。

(だが、懐かしく思い出すのは、頑張っての笑いだけでなく<貧しくても、屈託なくアハハ・アハハと笑うことが出来た>若い時の笑いだ。それと、母の笑い話〜わたしが母のために探した笑い話〜。・・・ドップリ想い出に浸った。あはは。お正月って、自分の年齢を確認するために、来るのォ〜?! ふふん。)

     ☆   ☆   ☆

晩年に病を得て話す事も出来ない、寝たきり生活になった母の許に
3日に1度は!と決めて、通っていた3年半の間、
わたしは、 母に聞かせるための【笑っちゃった話】を
毎日の暮らしの中で、意識してセッセと探しては、母に聞かせていた。

マヒで反応も鈍った、口の利けない母だったが、笑い話には応えてくれていた。
聞かせる相手・母が亡くなったと同時に、それらをスッカリ忘れていた。
たった一人の家族のためにも、ムロン、そんな努力はしていない。

    
   ソロソロ母の口癖を真似る努力を始めてみたら?と想う  LEIKO


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