03年06月に読んだ本。   ←03年05月分へ 03年07月分へ→ ↑Indexへ ↓麻弥へのメール
●「マルクドゥック・スクランブル The First Compression―圧縮」冲方丁[ハヤカワ文庫JA]660円(03/06/29) →【bk1】【Amazon】

天国への階段という意味を持つ都市・マルクドゥック。腕利きの賭博師・シェルに飼われていた少女娼婦のバロットは、自分の存在の意味を知ろうとしたために、シェルの手によって事故死に装って殺されようとしていた。バロットは瀕死のところを事件屋のドクターに助けられ、緊急以外には認められてない高度な科学技術…マルドゥックス・スクランブル−09により、体を改造されて、電子攪拌の能力を得て生まれ変わった。バロットは同じくスクランブル-09である、万能兵器である金色の鼠・ウフコックの協力を得て、自分を殺そうとしたシェルの犯罪を追うことになるが…
SFハードボイルド。映画「レオン」に触発されて生まれた話だそうです。有里さん大プッシュ(有里さん作成のこの作品の感想リンク集)なので興味を持って読み出したんですが、固く心を閉ざした少女と、彼女を少しずつ癒していくウフコックの交流のあたりはもう一つのめりこめなくて、なかなか読み進みませんでした。私にはちょっとリリカルすぎるかなあ、って感じで…
でも、終盤の変態殺人鬼集団が出てきてから読む速度に加速がついて、彼らに襲撃されたバロックがウフコックを操って戦うクライマックスからは一気読み。
電子情報を操っての戦闘シーンの描写はドライブ感があって、おもしろかったです。
話はとてもいいところで終わっていて、「続きを!!」となりますが、幸い読み進めるのが遅かったせいでもう2巻がでていますから、次もこれを読むつもり。
シリーズ全3巻だそうで、あと二冊でどんな物語が読めるのか、楽しみにしています。


●「ZOO」乙一[集英社]1500円(03/06/26) →【bk1】【Amazon】

乙一の新刊は「小説すばる」に掲載されていた作品を中心とした短編集。どちらかといえばホラーよりですが、怖いながらも切ない、不思議な物語でした。
ジャンルに縛りがなかったからこそ、「GOTH リストカット事件」のように「あー、また同じネタだ…」にならなくてよかったです。
今回の話の中では、「ミステリ・アンソロジーII 殺人鬼の放課後」に掲載されていた「SEVEN ROOMS」が一番よかったです。少女と10歳の弟が意識を取り戻したときにいたのは、コンクリートに囲まれ閉ざされた部屋。唯一あるのは、汚水を流す溝だけ。やがて二人はこの部屋の「ルール」に気がつくが…
余分なものを徹底的に殺ぎ落とした構造のシンプルさが、怖さを引きたてます。しんしんと迫ってくる恐怖。それに加えて、切なさとやりきれなさのバランスが見事。→お姉ちゃんの決意が切なすぎます。
あとは「神の声」の最後の方のシーンのイメージのすさまじさにもくらくらきました。映像化されたものは絶対に見たくないけれども。
自分と「世界」との間に齟齬を感じながらも、臆病ゆえにそれを取り繕って。植物のようにひっそりと生きたいと願う孤独。その息苦しさの感じ方が、青く透明なガラスのような凛とした冷たい光を放っていて、その部分が「乙一」作品だなあと思いました。


●「しずるさんと偏屈な死者たち」上遠野浩平[富士見ミステリー文庫]540円(03/06/17) →【bk1】【Amazon】

クールな病弱美少女の安楽椅子探偵もののミステリ短編集。
重い病気のせいで、ベットから離れることができないしずるさんのところに、友人のおひさまのような少女・よーちゃんが不思議な事件の話を持ち込んできます。しずるさんはよーちゃんの話といくつかの資料だけで事件を鮮やかに解決するのですが…
雑誌「ファンタジア・バトルロワイヤル」に連載されていた4つの話をまとめたもの。短い話がひと、書き下ろしでついています。
ミステリとしては、「ロジカルな解答」と言えるほどではなく、かといってバカミスというほどでもないんですが、個人的には「海賊島事件」にも通じる、解体された謎の「あまりの実も蓋もなさ」が好みだったりします。
ミステリ部分よりも、しずるさんのミステリアスなところや、よーちゃんのまっすぐで素直な愛らしさ、そのふたりに漂う百合な雰囲気の方を堪能したかも。
それと、この話も他の上遠野作品と世界がつながっているようです。第二話の停電はおそらくアレ、ですし。個人的には、→しずるさんは実はMPLSなんじゃないかなあ、と思ってたりします。で、あの病院は統和機構管轄だったりして。


●「山ん中の獅見朋成雄」舞城王太郎[雑誌「群像」2003年6月号]920円(03/06/13)

「阿修羅ガール」で三島由紀夫賞受賞おめでとう!!の舞城王太郎の新作。雑誌掲載の中篇ですが、メモとして感想を残しておきます。
獅見家の男児には代々、背中に鬣(たてがみ)と見まごうばかりの毛がびっしりと生えそろっていた。中学生の成雄にも立派な鬣が生えてきたが、成雄はそんな自分の中に獣じみたものを感じて、将来のオリンピック出場を期待されるほどの選手だったのに、あっさりと陸上を止めてしまった。成雄は近所にいる奇妙な人物だが有名な書家である、モヒ寛こと杉美圃大寛の元に通って書道を始めた。ある日、モヒ寛の家の近くの山を歩いていた成雄は、西暁町にはいないはずの馬と出会ってしまって…
なんとも不思議な話でした。自分の中ではもうひとつ消化できませんでしたが、原形のままずっと胃の中にとどまっているような奇妙な感じが、じわじわときいてきます。
舞城作品ならではのパワーは、今回の作品では少し物足りないものの、自分の内へ内へと沈みこんでゆくような物語と語り口に引き込まれました。
あの村のたたずまい、「ひとぼん」様子、ビジュアルイメージが見事。


●「ガセネッタ&シモネッタ」米原万里[文春文庫]526円(03/06/13) →【bk1】【Amazon】

日露同時通訳者の作者による、抱腹絶倒のエッセイ集。雑誌などで発表された、比較的短い文章が多いので、気楽に楽しむことができました。
異文化の橋渡しをしてきた通訳者だからこその「ユーモアのある批判的な視点」から見えてくる「世界」がおもしろかったです。旧ソ連においての言語研究が豊かであったという話、Global化と国際化は全然違うものであるという話が特に印象的でした。
作者の他の作品、「不実な美女か 貞淑な醜女か」「魔女の1ダース」「ロシアは今日も荒れ模様」もオススメです。


●「創竜伝13 噴火列島」田中芳樹[講談社ノベルス]800円(03/06/12) →【bk1】【Amazon】

「創竜伝」シリーズ2年10か月ぶりの新作。
前二作が番外編だったこともあって、久しぶりの本編。…何年ぶりになるんでしょうか。
案の定、物語をすっからかんに忘れています。でも、ま、いいか…
今回はまったく予想できなかったとんでもない展開でしたが、それがおもしろいかというと、微妙。
政治談議部分を読むのが色々な意味で辛かったです。作者も、読者である私も年をとったということなんでしょうねぇ…
政治談議部分を除いた、竜堂四兄弟のテンポのよい会話はやはり楽しかったです。おっとりしてるようにみえて、実は結構したたかな余くんがかわいいなあ。萌え。
天野さんがまだカバー絵を描いていたのは意外でした。もうそういう仕事はしないのかなあ、と思っていたので。
次回作がでるのは、果たして何年後になるんでしょうか。


●「[もうひとつのMONSTER] ANOTHER MONSTER」ヴェルナー・ヴェーバー/浦沢直樹/長崎尚志[小学館]1238円(03/06/06) →【bk1】【Amazon】

今更ですが、浦沢直樹の人気サスペンスマンガ「MONSTER」を一気読みしました。
1986年西ドイツ、天才脳外科医テンマは後から運び込まれた要人の手術をしろという命令を断って、脳を銃で撃たれた少年ヨハンの手術を行った。ヨハンは一家で東ドイツから亡命してきたばかり、両親は惨殺され、ひとり無事だった双子の妹のアンナは恐慌状態になっていた。ヨハンはテンマのおかげで一命を取り留めたが、それが恐ろしい物語の始まりだった…
人の心をいとも簡単に操る、天使の顔をした、悪魔のような美しい青年。悪魔を生き返らせてしまった、テンマはヨハンを追いかけた。自らの手で始末をつけるために…

重いテーマを扱っていながら、エンターティメントとして読者をちゃんと楽しませている手腕はさすがベテラン作家さんだけのことはあります。
で、この本は、その「MONSTER」の副読本で、裏設定的な話もでてきます。ユニークなのは「MONSTER」を「実在の事件」として扱った「ノンフィクション」として書かれていること。
あの事件が起こってから2年後、とある奇妙な殺人事件に「ドイツの怪物」が起こした事件との関連を見出したジャーナリストが、「ドイツの怪物」の事件にかかわった人たちとのインタビューを通じて、少しずつ謎の核心に迫ってゆくが…という感じのサスペンス・《ノンフィクション》です。
マンガでは描ききれなかった、政治や民族や歴史のバックホーンの説明が加わることで物語を理解しやすくなりましたし、挿入される現地の写真や記事を通じて、あの物語を「リアル」に感じることができました。
ただ残念だったのが、完全に《ノン・フィクション》の形式に徹しきれなかったこと。執筆者にはわかるはずがない、マンガに描かれていた事情を説明されることで、頭の中の針が《ノン・フィクション》から《フィクション》に戻ってしまうのが残念でした。
この本を読むのであれば、マンガ版の「MONSTER」を読んでから。コミックスは全部で18巻まで出ています。少々長いですが、読み出すと止めることができなくほどおもしろい作品です。


●「ディバイデッド・フロント 1.隔離戦区の空の下」高瀬彼方[角川スニーカー文庫]629円(03/06/01) →【bk1】【Amazon】

20世紀末、突然現れた、人類の敵・憑魔。彼らとの戦いで大きなダメージを受けた人類は、憑魔に一定地区を明け渡すことで脅威をコントロールする「隔離戦区構想」を用いることで、かろうじて危うい生活を保っていた。
憑魔に寄生されたため、「北関東隔離地区」に送り込まれ、特殊治安部隊の一員として憑魔との戦いを続けることを強いられた少年・英次。「イコマ小隊」に配属された英次は気のいい仲間たちと笑いあいながら、絶望的な戦いを続けていたが…

「カラミティナイト」の高瀬彼方さんの待望の新作は、過酷な状況ながら強く生きてゆく少年・少女たちの物語でした。
出先で読んでいたので、泣きたい気持ちをこらえるのが辛かったです。滅びゆく世界、圧倒的に不利な状況で、ぎりぎりの人員で、仲間のため、「どこかの誰かの未来のために」戦い続けながら、必死で生きようとする彼らの気持ちが泣けます。
キャラクターもそれぞれ魅力的。主人公の英次がしなやかな強さのある少年だし、ヒロインの香奈ちゃんもいじらくてかわいいし。一流さんがこれまたカッコいいし。
今後も絶望的な闘いは続くだろうけれども、生き延びてまた笑ってほしいなあ…と思いながらも、「カミティナイト」でヒロインにあれだけ過酷な運命を与えた高瀬さんだから、次の巻はもっと胸が締め付けられるような気持ちを味あわされそう。
ゲーム・「ガンバレード・マーチ」に心を熱くしたことのある人には特にオススメです。


●「おれは非情勤」東野圭吾[集英社文庫]476円(03/06/01) →【bk1】【Amazon】

クールな「おれ」は非常勤講師として各地の小学校を渡り歩く生活をしていた。そんな「オレ」が出会った、6つの事件と、小学生の少年を主人公にした二つの物語が収録された短編集です。
作中の「事件」は、殺人事件から単なる不思議なできごとまで幅が広いですが、事件を通じて「学校」という閉鎖社会の抱える問題が浮かび上がってくる物語の作り方のうまさが、さすが東野圭吾という感じです。非情な「オレ」の言葉が状況を解きほぐす役割も担っていますが、彼の言葉は「理想的」な言葉ではなく、現実を踏まえた、足に地がついたものになっているあたりも、うまい。
このシリーズは「小学五年生」「六年生」に連載されていたそうですが、子供だけでなく大人も大人の目から楽しめる良質な連作短編ミステリでした。


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