八、サニーメリ
サニーメリについて歩きながら、道順と距離感、周りの景色を頭に叩き込む。景色と言っても、見えるのは土と岩の壁ばかりだが。
十字路に差し掛かって左右を見ると、そちらには明かりも無く先は見えなかった。自分たちが今歩いている通路には等間隔に明かりが灯っているから、明かりの無い通路は普段は使われていないということなのだろう。
五分ほど歩いたところで、サニーメリが立ち止まった。
「この先です」
サニーメリが手に持っていたランプを掲げると、崩れ落ちたと思われる土砂の壁がいびつな影を作った。
確かに、他の場所とは土の感じが違う。最近崩れたというのは本当だろう。
ナティセルは土砂に近付いた。
「それ以上は危険です」
慌ててサニーメリが止める。
ナティセルは立ち止まってサニーメリを振り返った。
「下の通路まで崩れているのです。その地面も崩れるかもしれません」
言われて、ナティセルは四方を見渡した。時折細かな砂が降ってくる。
「わかった」
ナティセルは引き返すことにした。居るとも分からない人間を探すのに自分を危険にさらすのは得策では無い。
サニーメリに腕を取られ、半ば引っ張られるようにして部屋に戻った。
「まだ眠っていてください。今は薬で楽になっているのかもしれませんが、ちゃんと治るまで安静にしてくださいな」
寝台に横になったナティを見下ろして、サニーメリが言う。
「ああ、わかった。少し眠る」
ナティセルが言って目を閉じると、サニーメリは軽く微笑んで部屋を出て行った。
サニーメリの行動は明らかにおかしい。もし彼女が二年前に生贄として連れて来られた女だとすると、竜が死んだ今、すぐにでもここから出たいはずだ。それなのにサニーメリは、ナティセルをここに留めようとしているとしか思えない言動をする。
スターニーが居れば、サニーメリが同じ集落から生贄に出された女かどうか確認することができるのだが、そのスターニーが生きているのかすらわからない。
ここに来てから何日経った?
自分の爪を見る。それ程伸びていないから、三日も経っていないのだろう。
サニーメリは信用できない。おそらく、生贄にされた女ではない。しかしなんらかの暗示が掛かっている可能性も否定できない。信用できないことに変わりはないが。
今また起き出したら、安静にしろなどと言いながら、今度はどこかに閉じ込められてしまうかもしれない。それでは困る。
なんで、俺をここへ留めようとするんだ? まともな人間が背後に居るなら、俺のことを知っていて誘拐しようとしているのかもしれない。いや、それは違う。そうだとすれば、ここへ俺が入った時点で、縛るなりどこかへ閉じ込めるなりするはずだ。サニーメリに監視されているとは言え、これでは自由過ぎる。
ナティセルは目を閉じて考える。眠るとは言ったが、別に眠くはなかった。
先ほど行った、竜を倒したはずの場所。部屋の中から外を見るのと、外から見るのとでは印象が違っていて当然だが、あの部屋から見た通路はあれ程広かっただっただろうか。
それに、下の通路まで崩れていると言っていたが、下に通路があっただろうか。精霊魔法を使った時に、かなり大量の土を利用した。下が通路になっていたのなら、もっと早く崩れていたはずだ。
あそこは、最初の部屋じゃない。だったら、スターニーは別の場所に居るはずだ。
安堵。
勝手にスターニーが来たとは言え、自分の配慮の無さが原因で死なせてしまっては気分が悪い。
二、三時間経った頃、サニーメリが来た。
眠っているふりをする。
「起きているのでしょう?」
サニーメリが言う。
ナティセルは返事をしなかった。
サニーメリが微笑む。
「あなたのおかげで、わたしは自由になれました。本当に、どんなに言葉を尽くしても、感謝の気持ちを表すことができないくらいです」
「自由になったなら、なぜここから出ようとしないんだ」
起き上がって、ナティセルは聞いた。
「それは」
サニーメリが俯く。
「ここに長い間暮らしている内に、太陽の光に弱くなってしまったのです。今外へ出たら、きっと一刻も経たないうちに意識を失ってしまう」
太陽の下で輝いていた緑の瞳の人を思い出す。サニーメリはあの人がそのまま成長したような外見だが、やはりあの人とは全然違う。
「お前、どこの出身だ?」
初めて見たときに感じた違和感。花の香りもそうだが、もう一つあったのだ。サニーメリの肌は、日に当たらない場所で長く暮らしていたにしては、日に焼けたような色をしている。ウィケッドはそれ程暑い国ではないし、日に当たっていないのなら肌の色はナティセルと同じように白に近いはずだ。
「ここで生まれ、育ちました」
サニーメリが答える。
集落の出身ということか。それにしては、外見が全くウィケッド人らしくない。赤い髪もそうだ。
「お前の父親の名前は?」
「忘れました」
あっさりと言われて、ナティセルは眉間に皺を寄せた。
サニーメリの話を、どこまで信用してよいのか。
「忘れた?」
「わたしは、ここで生まれて育ったと、言ったでしょう」
寝台の横に座っていたサニーメリが立ち上がって、ナティセルに背を向ける。
「ずっと昔、ここに連れてこられた女性のお腹の中に、わたしは居た」
小さな声。
サニーメリがここから出ようという気持ちにならないのは、ずっとここに居たからなのだと、ナティセルは理解する。彼女にとってはここが家なのだろう。
ここから出ようとしない理由はわかった。だが、それ以外にも不審な点がまだ多い。 ひとつひとつ質問して理由を聞くこともできるだろうが、それでは自分に都合の良い答えに誘導してしまう可能性もある。
例えば、二年に一度貢ぎ物を要求していたのは、自分たちの食料を確保する為。生贄として呼ばれた女性は、サニーメリを育てる為にここに捕らわれていた。竜はナティセルが倒した。その場所は崩れて今は確認できない。
つまりは、サニーメリに悪意がないこと、嘘を吐いていないこと。それがナティセルにとって都合の良い答えだ。
サニーメリを連れて一旦山を降りる。その後人手を集めてスターニーや他の生きているかもしれない人達を探しに来る。サニーメリに悪意が無いのであれば、それが一番良い。
しかし悪意がある場合。竜はまだ生きているのかもしれない。サニーメリが親玉かもしれない。サニーメリが本当に普通の人間なら、彼女が親玉ということはありえないのだが、ナティセルは竜が人間に変化したのを目の前で見たのだ。サニーメリも竜が変化した姿かもしれない。
「名前をまだ伺っていませんでしたね。教えていただけますか?」
サニーメリがナティセルに向き直って言う。
「ナティセルだ」
ナティセルが答えると、サニーメリは満足げに頷いた。
「ナティセルが来なければ、わたしはここでずっと竜に捕らわれていたことでしょう。何か欲しいものがあれば遠慮なく言ってくださいね。とりあえず、わたしは食事を用意してきます」
サニーメリはナティセルを残して、またどこかへ行ってしまった。
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