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2.魔族来襲

 強大な軍隊が少年の村を襲った。目的は食料と衣料。奴隷は必要なかった。
 特有の力で触れることなく攻撃できる妖精族は、圧倒的な強さで町を征服して行った。
 人々は見付かるとその場で老若男女関係なく殺された。
 逃げ惑う人々。
 それまで戦争など知らなかったこの町の人民は、戸惑い、皆が狂ったように騒いでいた。その状況にさらに油を注ぐように、村の一角から火の手が上がった。
 強い風と乾燥した空気が手伝って、火はどんどん燃え広がっていった。
 必要な物を取り尽すと残った余分な物は全て燃やしてしまうのが、あのエルフのやり方だった。
 一緒に逃げていた村の人々の人数が次第に減ってゆく。火から逃げ切れなかった者が多く居た。また、妖精族に殺された者も居た。
 そんな中で、なぜか少年とその姉だけは、運よく火からも敵からも逃れる事ができた。
「母さん、いやだ。母さん、父さん!」

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 翌日、ルカはセイロンに案内されて馬屋に行った。セイロンが言うには、昨日ルカが戻ってくる少し前に別の役人が来て、この馬屋が仕事場になると告げて行ったそうだ。
「この馬屋はネルヴァ様が担当していたんだ。でも今日から別のエルフが担当するみたい」
 馬屋の手前で、セイロンが言った。
「ふーん」
「『ふーん』じゃないよ。ルカの居住許可出したのがネルヴァ様だったろ。そのルカが問題を起こしたから、ネルヴァ様はここの仕事を降ろされたんだよ?」
「あっ、そうか。そこまで気が回らなかったよ」
 昨日はパロスを懲らしめることしか考えていなかった。ネルヴァにしてみればとんだとばっちりだったろう。
「次に会ったら謝らなきゃな。でも会ってくれるかな……」
 謝る前に殺されるかもしれないが。
 言いながら、どちらかと言えばその可能性の方が高いと思う。この馬屋の担当というのがどれ程価値のある仕事だったのかは分からないが、仕事を剥奪されることは恥に違いないのだ。
 突然、隣を歩いていたセイロンが走り出した。
 何事かと思ってセイロンが走る先を見ると、そこにネルヴァが立っていた。
「ネルヴァ様、昨日はルカが、申し訳ありませんでした」
 ルカよりも前に、セイロンが謝る。
「おはよう、セイロン。それにルカも」
 ネルヴァが笑顔でルカを見る。
「迷惑をかけてすまない」
 ルカもネルヴァに向かって頭を下げた。
「いいよいいよ。昨日のあれを見てスカっとしたのは私だけじゃないだろうし。ここだけの話、パロスの態度にはうんざりしてたんだ。私がやると、私の家族まで処刑されかねないから、ルカがやってくれて良かったよ」
 笑いながら、ネルヴァが言う。
 言っていることは冗談かもしれないが、特に怒っていないということは分かった。
「今日は引き継ぎに来たんだ。だから私はもう帰るよ。ルカ、君の気持ちは分かる。けれどあれでも総督だし、これ以上の反抗は君の命を縮めることになるだろう。お姉さんを探しているんだろ。死んだらもう会えなくなるぞ。妙なことはせず、この国で暫くは大人しく暮らすんだ。いいな」
「分かってる」
 大人しく暮らせる人間なら、各地を転々としてはいないだろう。
 そうは思うが、返事だけはしておく。
 セイロンが言うように、ネルヴァは悪いエルフではない。
 『暫くは』大人しくしていよう。
 ルカは思った。
 馬屋に着くと、その入り口近くの小屋の中までセイロンに案内され、それからセイロンは先に帰ってしまった。ここで仕事内容の説明を聞いてから、実際に働き始めるのだそうだ。
 足音が二つ近付いて来た。
 すぐに小屋の扉が開いて、人族と妖精族が一人ずつ入ってきた。
「なんだ、おまえか」
 妖精族の男が言う。
 こっちの台詞だ。
 ネルヴァの代わりにこの馬屋の担当になったのは、パロスだった。
 パロスはルカを見てその一言を発し、すぐに後ろに立っている人族の男を振り返った。
「わしは来たばかりで疲れておる。後はおまえがやれ」
 人族の返事があったのかなかったのか、ルカからはわからなかったが、パロスはそのままルカを見ることなく、小屋から出て行った。
「俺はここでかれこれ三十年働いてる、サルムってんだ。あんたは俺と組んで馬の世話をするわけさ」
 男はサルムと名乗り、ルカが自分の名を教えると、「ついてきな」と外を顎で指して言って、歩き出した。
「二、三人ずつで組んで、午前と午後交代で馬の世話と番をするのさ。馬の世話ってのは餌をやること。番ってのは、盗人や魔族に馬をやられないように見張ることさ。ここでは軍馬も預かってるから、居なくなったらおおごとさ」
 外を歩きながら、サルムが言う。
 馬屋に居るのだから、馬の排泄物の臭いがするのは当たり前だとは思うのだが、前を歩くサルム自身からも酷い臭いがした。
 周りの馬小屋からは馬の嘶きが時折聞こえてきた。
「預かってた軍馬を引き渡す時は、キレーに洗わなきゃならねえ。妖精族ってのは鼻が利くからな」
 サルムはそこまで言ってから、急に声を潜めた。
「俺が前に組んでた男はな、真面目で良い奴だったよ。でもその真面目さが命取りさ。前回の引き渡しの時に、奴は馬も自分も、キレーにして渡しに行ったのさ。しかし妖精族がな、馬が臭いって言って、奴の首を刎ねた。もう一度洗えと言われたから、俺が引き取りに行って、翌日何もせずに同じ妖精族に渡した。だが俺は死ななかった。なぜだか分かるか?」
 神妙な面持ちで話しかける。
「俺が臭かったからさ」
 言って、サルムは笑い声を上げた。
「馬が臭いって言われてもな、『臭いのは俺だ』って繰り返したんだよ」
 それからまた、神妙な面持ちに戻って続けた。
「あんた真面目そうな顔してるが、前の相棒の二の舞にはなるなよ。この国で必要なのは心じゃない。ここさ」
 自分の頭を指差す。
 襤褸を着ていてあまり褒められた外見ではないが、これも計算の内ということらしい。
「あんたのことは聞いてる。パロス総督に手を上げたそうじゃないか」
「ネルヴァが言ったのか?」
「妖精族を呼び捨てかい? 聞いたまんまだな、あんた」
 馬小屋に入って、床を洗うブラシをルカに手渡しながら、サルムが笑って言う。
「ネルヴァ様は良いひとさ。でも階級は妖精族の中でも下っ端で、上の者に何か言われても俺達を庇うことはできない。あんたもやり過ぎないことだ」
 妖精族の中にも階級があるということは、朧げながら知っている。イーメルのような王族。パロスのような貴族。貴族はさらに細かく分かれているという話だが、自分のことではないからよく分からない。ネルヴァは平民で、階級が貴族より上になることはない。
「床掃除は適当でいいからな。どうせまたすぐ汚れるんだし」
 床を流す為に三度目の水汲みから帰ってきたルカに、サルムが言った。
「それからその水、こっそり取っておけ。飲み水になるからな」
 言われて、床に撒こうとしていたのを止める。
「水を自由に使えないのか?」
 前に住んでいた国では、そんなことを言われたことがなかった。水は限度を超えなければ好きなだけ使えたし、普通に生活する上で限度を超えるようなことはまず無かったからだ。
「あんた外から来たんだろうが。見ての通りこの周りは全部砂漠さ。水が少ないのは当然だと思わないか?」
「なるほど」
 町の中には熱帯の植物が繁っている場所も、田畑もあり、そのことはすっかり忘れていた。おそらく雨は滅多に降らないのだろう。
 古い飼葉をどけて新しい飼葉をやり、馬にも水をやる。
 他の馬小屋へ入ってそこでも同じように餌と水をやり、それで半日の仕事は終わりだった。
 ルカが着いたのが昼前だった為、今日やったのは午後の仕事分だけということになる。明日は午前中に、今日と同じように餌やりをし、午後は今度は馬屋を巡回して見張りをするということだった。

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