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2.魔族来襲

 昼が過ぎて、マギーとサラは帰って行った。
 いつもマギーがこちらへ来るが、ルカやセイロンがマギーが寝泊りしている集落に入ったことはない。
 マギーが寝泊りしているのはマギーの仕事場である羊飼いの村の中の宿泊所だそうだ。マギー以外にも、親の居ない子が何人か暮らしているという。
 その話をセイロンから聞いた時、やっぱりセイロン達には親が居ないのか、とルカは思った。
 そこに住むほとんどの子どもは、親を魔族に殺されているとも言っていた。ということは、セイロンの親も魔族に殺されたのかもしれないが、本人に直接聞くのは躊躇われた。自分も、他人に両親が死んだ理由を聞かれるのが嫌いだ。だからルカの場合は、機会があれば聞かれる前に自分から言ってしまうが。
 夕方になってからだった。
「セイロン、居るか!」
 聞き慣れない声が、窓の下から聞こえてきた。切羽詰った声に、ルカは窓から下を見下ろす。
 セイロンもすぐに来た。
「慌ててどうしたんだ、ジャン」
 セイロンが、窓の下の赤毛の少年に向かって言った。
「大変なんだ! 魔族がっ」
 自分が今来た道の方を指差す。
「魔族が、羊飼いの村に!」
「なんだって?」
 セイロンが聞き返した。あれ程の大声だから、聞き取れなかった訳ではない。
「もう皆非難してる。セイロンもルカも、早く逃げるんだ!」
 ジャンは言って、また走り出した。
「なあ、セイロン、羊飼いの村って」
 マギーやサラが働いている場所だ。
「うん。でも、村まで魔族が来るなんて滅多に無いのに」
 セイロンが呟くように言う。
「マギー達は大丈夫なのか?」
「どうやって確認するんだよ!」
 窓枠に置いたセイロンの手が震えている。
「きっと、マギーもサラちゃんも、皆と一緒に避難してるよ」
 言葉とは裏腹に、セイロンの顔色は悪い。
 羊飼いの村は歩いてもそれほど時間は掛からない距離にある。走ればすぐだ。
 人々が、ジャンと同じように息を切らしながら走ってくる。まだここでも危険だから、妖精族が住む城下町まで走るのだろう。
「こんなところに居たの? 大丈夫?」
「早く走れ!」
「わたしは大丈夫。でも、サラが友達とはぐれたって、」
「危ないから立ち止まるな!」
「お母さん、どこ?」
 人々の喧騒の中から、知った名前が聞こえてきた。他の音と声で、その後の話はわからない。
「セイロン、お前は避難しろ」
 ルカは言って、窓から下へ飛び降りた。
 人々の流れに逆らって走る。羊飼いの村へ行った事は無いが、この人波と逆に行けば辿りつくだろう。
「ルカ! 危ないよ」
 セイロンがルカに声を掛ける。しかしルカは振り返りもせずに走って行ってしまった。
 セイロンは窓から人波を見下ろした。目を凝らして、その中に妹とその友達が居ないか探す。しかし背が高い大人ばかりが見えて、マギーくらいの身長の子どもは、居るのか居ないのか分からなかった。
 セイロンは緊急時の為の荷物を抱えて、家から出た。
 避難した方が良い。僕が行っても何もできない。
 分かってはいても、足は人波に逆らって羊飼いの村を目指していた。

 
 次第に人がまばらになる。
 向こうからサラが走ってきた。
「おじさん! わたしマギーと一緒に逃げてたんだけど、途中でマギーとはぐれて」
 サラが叫ぶように言う。
 さっきの女性達の話から結構な時間が経っているのにまだこんな所に居るということは、はぐれた後、マギーを探していたのだろう。
「魔族がすぐ近くまで来てて、だから絶対に一緒に逃げようって言ったのに」
 サラがマギーを心配しているのは分かる。しかしここに居ては危険だ。
「ルカ」
 後ろから声がして、ルカは振り返った。セイロンだ。
「セイロン! ごめんなさい。マギーが、マギーが」
 サラがセイロンの前まで行って、泣き出してしまった。
「良いとこに来てくれた。セイロン、サラを連れて避難するんだ。俺はマギーを探してみるから」
 一人で放っておくと、サラはマギーを探すためにこの辺りに残ろうとするだろう。セイロンに任せれば、ちゃんと安全な場所まで連れて行ってくれるに違いない。
 セイロンが頷く。
 泣いているサラに向かって、セイロンは言った。
「マギーはおじさんが探してくれるから大丈夫だよ。それに、マギーは先に避難してるかもしれないし。だから僕らも早く避難しよう」
 サラを抱きしめる。
 サラは紛争地域から難民としてカザートに来た。セイロン達と違って両親共に健在だが、友達を失う悲しみはよく知っていて、だからマギーが居ないのが不安なのだろう。
「大丈夫だから」
 走っていくルカの後ろ姿を見送る。本当なら、ルカも避難させなければならない。けれど、ルカの行動を止めるのが難しいことはもう分かっていた。
 セイロンはサラと一緒に、他の人族の後を追った。
 ルカは牧草地に入った。見覚えがなんとなくあるのは、ルカがこの町に来て最初に見た風景と同じだからだろう。
 しかし、緑の牧草は至るところで地面ごと削られて、土が露出している。何か大きな物が動いた跡のように、それは蛇行していた。
 その跡にそって、視線を右へ動かす。
「巨蠍」
 ルカの視線の先には、甲殻に覆われた体と尾があった。
 背の部分には人族女性に似た形の物が乗っているが、あれは人族を誘う為の罠だ。つまり、主食は人族。
 巨蠍は普通、住処の近くで罠を張って、じっと餌となる人族が近付くのを待っている。しかし最近は人族が魔族の生息地息を把握し、近寄らなくなった。こんな人里まで来るということは、相当長い間餌が取れなかったのだろう。
 巨蠍の向こうに、人が何人か重なって倒れているのが見えた。他に逃げようとしている人もちらほらと見える。
「マギー、居るか?」
 辺りへ向かって、大声を出す。
「マギー!」
 反応はなかった。
 ここには居ないのか? それとも、もう……?
「おじさんっ」
 声が聞こえて、ルカはそちらを見た。
 巨蠍の足元から、マギーが走って来るのが見えた。
 良かった。
 心底ほっとする。
 しかしルカの元に辿り着く前に、マギーが躓いて転んだ。
 ドジだなあ、などと笑っていられる状況ではない。巨蠍はマギーに背を向けているが、いつ気付くとも知れないのだ。
 ルカはマギーに駆け寄った。
 転んだままのマギーを担ぎ上げる。そのルカの頭上を巨蠍の尾が掠めた。
 気付かれた!
 正面を向いたまま、後ろへ跳んで巨蠍から離れる。背を向けて逃げてしまったら、攻撃を避けることができない。しかし後ろ向きに走っても速度が出ない。ましてやマギーを抱えているのだ。逃げ切れるとは思えなかった。
 首に下げたナイフを右手で鞘から抜く。
 巨蠍が体をこちらへ向けた。その両腕の鋏を見て、自分が持つナイフがどれだけ頼りないかを頭に刻み込む。
 このナイフは父が作った。手入れも欠かしていない。巨蠍の甲殻でも切ることができる。しかし刃は小さく、相手に致命的なダメージを与えることはできない。
 巨蠍が鋏を振り上げた。
 下りてきた鋏を、ナイフで受ける。そのまま鋏で押し潰そうとしているのを、ルカは手首を返してナイフの刃を鋏に突き刺した。
 押し潰そうとする力が少し弱まった。
 ナイフを右へ振り切る。
 巨蠍の鋏に横一線の傷が付いた。鋏の大きさにすれば小さな傷だが、痛みは感じたのか巨蠍が動きを止めた。
 鋏の下から抜けたルカは、鋏の付根の細い部分を狙ってナイフを振り下ろそうとした。
 だが、ナイフが巨蠍に触れるより先に巨蠍が鋏をルカに向かって振り上げた。
 このままでは、マギーにも巨蠍の鋏が当たる。マギーを担いだ左肩ではなく、右肩で受けるように、ルカは左足を軸足にして回転した。
 ルカが思った通りに、右肩に巨蠍の鋏が当たった。
 倒れたらマギーが下になってしまう。だから、倒れるわけにはいかない。
 その思いとは裏腹に、ルカの足は衝撃を支えきることができずにバランスを崩した。
 しかし、ルカもマギーも、地面に触れることはなかった。
「よく頑張った」
 ルカを支えて、声を掛けた者が居る。
「後はわたし達に任せて、君達は避難するんだ」
 ネルヴァだった。
 ルカが倒れそうになった一瞬の間に、十名程の妖精族が巨蠍を包囲していた。
 もう、背を向けて逃げても大丈夫だ。
 ルカはマギーを下ろし、手を引いてその場から離れた。

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